第二十二話:接触と対峙
桐生隼斗視点
ーー榛名たちが察知する数分前。
「はぁっ……はあっ……」
息切れが凄い。
「まさか、分断されるとは思わなかったな」
「けど、どうする。今の俺たちの戦力なんて分かりきってるだろ」
鷹槻の言う通りだ。
しかも、今の俺たちは剣はともかく、攻撃力の高い魔法はまともに使えない。
そんな状態で、ララさんやクリスさんとバラバラになったのは痛い。
「……何とか切り抜けながら、鷺坂か向島を捜すか?」
「鷺坂さんたちを?」
確かに、勇者である向島や俺たちよりは魔法を使える鷺坂さんなら、いろいろ足りない分を補ってくれるだろうが。
「栗山なら、ウィルさんたちも一緒だろうから、大丈夫だろ」
「一応、そっちと合流するっていう手もあるがな」
つまり、俺が決定しないといけないわけか。
その瞬間、大きな音を鳴らしながら、雷が落ちる。
「っ、近くに雷が落ちたのか」
びっくりした。
「稲光も凄かったな」
「……」
「……」
「……もしかして」
「鷺坂か?」
彼女は雷属性を使えたはずだから、その可能性はあるわけで。
「ララさんたちだったりして」
「確認のために行ってみるか?」
誰が雷を放ち、相手が誰なのかも分からないが、何もしないよりはマシだろう。
「とにかく、行ってみよう」
そのまま外に出る。
それにしても、目的地に近付く度にドクンドクン、と心臓の音がうるさくなる。
そして、そこに居たのはーー
「何だ。誰が来たのかと思えば、お前たちの方が幾分早かったか」
周囲に倒れている騎士や魔導師と、その近くで蠢いたりしている魔物たちに、俺たちを見下ろすーー黒髪赤眼の男。
「お前は何者だ」
ある程度の予想は出来ているが、俺がそう問えば、男は笑みを浮かべる。
「相手に問う前に、自ら名乗るってことを知らないのか?」
「っ、」
「だがまあ、いいさ。初めまして、サーリアンの勇者様。俺の名前はラクライール。魔王直属の部下にして、四天王の一人だ。そしてーー」
黒髪赤眼の男は、その目に冷たい光を宿しながら告げる。
「貴様らを葬り去る者だ」
葬り去る、か。
ああ、心臓の音がうるさい。
「やっぱり、魔族かっ……!」
「俺はちゃんと宣戦布告したぞ? だが、足りない。戦力が! 圧倒的に!」
無詠唱による魔法の行使。
その魔法が、俺たちに降り注ぐ。
「ーーッツ!!」
「がぁっ!」
「っつ、!!」
痛い。全身が痛い。
避ければ良かったんだろうけど、避けれなかった。
「その程度か? サーリアンの勇者」
強い。こいつは強い。
「ノーウィストの勇者も、イースティアの勇者も、召喚から数週間後にお前たちと同様に接触したが、魔法一つで諦めたりはしなかったぞ?」
「っ、」
他国の勇者と比べられても困る。
俺たちは、戦い慣れていない世界から来たのに。
「ああ、そうか。何かが足りないと思っていたが、お前たちをやる気にさせるほどの人質がいなかったな」
そこでハッとする。
このままじゃ、誰か人質にされたまま、戦わないといけなくなる。
「人、質……」
「そうだな……お前たちの召喚者やこの国の王女でも良いか」
召喚者と王女と聞いて、エルが浮かぶ。
ーーそれだけは駄目だ。
この国の勇者なのに、この国の王女を危険に晒すなど、出来るわけがない。
無意識だったのか、気付けば立ち上がっており、目は奴を捉えていた。
「良い目だ。サーリアンの勇者」
あいつには今の俺がどんな風に見えているのだろうか。
『魔力量と使える属性は把握できてるんだから、後は全魔力を一つに集中させないようにするだけだね』
そう言われて、魔法の使い方も覚え始めたわけだけど、ぶっつけ本番で試すしかないのか。
『魔法は、基本的にイメージだからね。使いたい魔法をイメージして、自分の中にある魔力の一部を使うつもりで発動する』
剣が届かないなら、魔法を使えばいい。でも、どんな魔法なら、あいつとの地上戦に持ち込める?
考えて考えて考えて。
「ーーぁ、」
「遅い」
「がっ……!」
魔法を使おうとすれば、ラクライールの魔法が放たれる。
「隼斗!」
「チッ!」
鶫が叫び、鷹槻が奴の魔法に対して、舌打ちしながらも剣を振るう。
「っ、まだだ!」
まだ動けるし、魔法も発動していない。
せめて、せめて向島たちが来るまでは、持ちこたえないとーー
「『大地へと叩き落とせ』ーー“グラビティ・ハンマー”!」
『勇者』とは言えないはずだ。
「ぐっ……!」
今の奴には、物凄い重力が掛かってるはずだ。
「これぐらいの魔法でーー」
「無理矢理にでも脱出する気かよ!」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ。追撃するぞ!」
必死に抵抗するラクライールに驚く鶫に、鷹槻が声を掛ける。
「俺たちが居ることも、忘れてもらっちゃ困る!」
鷹槻の魔法による“風の刃”が奴を襲う。
「その程度の実力で、この俺を倒せると思うなよ!」
俺の魔法が、完全に解除されてしまった。
「それに、重力系魔法も“風の刃”もこう使うんだよ!」
「がぁぁぁぁっ!!」
「は、やと……」
「く、そ……」
俺たちも、周囲に居る騎士や魔導師みたいになるのか……?
「そういえば、お前たちは魔法よりも剣の方が得意らしいな」
そう言って、奴が手にしたのは、漆黒の剣。
「せっかくだから、お前らのメインフィールドで相手してやるよ」
そう言って、奴は空中から降りてきて、地面に足を付ける。
こいつは、剣でも俺たちに勝てるつもりで居るんだ。
だとすれば、完全に嘗められている。
「何だ。不機嫌そうだな」
「当たり前だろ」
抜剣し、一気に距離を詰め、奴に向かって一閃。
「お前……いや、お前らさ。やる気あるわけ?」
「今更、何をーー」
「俺を殺す気あるのかって、聞いてんだ。お前らからは、殺気一つすら感じないんだが」
魔王は人類の脅威。
この国のーーこの世界の人たちからは、そう説明されてきた。
けど、城下を見たら、みんな楽しそうで、危険と隣り合わせには見えなくて。
「世界を救うはずの勇者様がこんな様子じゃ、お前を信じる奴らは大変だろうなぁ」
「っ、」
「聞くな、隼斗!」
「相手にダメージを与えるには、精神攻撃は基本だからな」
鶫がラクライールに向かって剣を振り、鷹槻が剣に魔法を付与させ、放つがーー
「甘い」
もちろん、当たるわけもなく。
「甘い。甘過ぎる。お前ら、あいつらと一緒に居ながら、一体何を学んだんだ?」
あいつら、というのはウィルさんたちと向島たちの事だろう。
けどーー
「まるで、見ていたかのような言い方だな」
「見ていても、見ていなくても、今のお前らの実力を見れば、何をしてきたのかは想像出来る」
それが分かってしまう程に、実力の差があるってことか。
「まあ、あの女が干渉しなかった上に過保護だったのは、意外だったがな」
「あの女……?」
俺は首を傾げるが、鶫と鷹槻は心当たりがあるのか、ぴくりと反応する。
「お前らを殺した後の、あいつの顔を見てみたい気もするがーー」
ラクライールがある程度の高度を取る。
「自分が手を抜いた結果を思い知らせるのも、良いとは思わないか?」
奴の持つ漆黒の剣が帯電する。
「なぁ、サーリアンの勇者様」
剣が振り下ろされ、漆黒の雷が放たれる。
「がぁぁぁぁああああ!!」
「隼斗!」
「っ、」
黒い雷を受けた俺に、鶫と鷹槻が焦ったように近寄ろうとするが、ラクライールはそんなことすら許さないらしい。
「まさか、そいつ一人だけとは思ってないよな?」
「っ、」
「や、め……ろ……」
鶫たちにも振り下ろす気だと分かれば、何とか駆け寄って防ぎたいのに、駆け寄ることすら出来ない。
「同じだと面白味がないからな」
「わぁぁぁあああ!!」
「がぁぁぁあああ!!」
風と水の刃が二人を襲う。
「……ぁ……」
今の俺たちが四天王相手に勝つなんて、やっぱり無理なのか?
「立て、勇者。立たなければ、貴様の仲間を魔物たちの餌にしてしまうぞ?」
「っ、」
完全に奴の挑発だというのも、分かっていた。
けどーー
「行け、お前ら」
魔物たちがラクライールの命令で、こちらに向かってくる。
「っ、クソがぁぁぁあああ!!」
鶫と鷹槻が魔物たちに向かっていく。
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。このままじゃーー
「手が無いからって、この場で自棄になるのは、悪手だよ」
「えーー」
ふと聞こえてきた声の方に、振り返ろうとしたときだった。
「『その雷の牙を以て 彼の者を貫き、食らえ』ーー“ライトニング・ファング”!」
「ーーッツ!!」
強力な雷が、魔物たちやラクライールに降り注ぐ。
それは完全に不意打ちだったし、ラクライールも驚いていた。
だが、何が面白いのか、奴は笑みを浮かべる。
「少し、暴れ過ぎたな。ラクライール」
そう言って、そこに現れたのはーー
「さ、ぎ、さか、さん……?」
見慣れぬ姿の彼女だった。




