第二十一話:反撃を開始する
髪を纏めてポニーテールにし、バサリとローブ(というか、マント?)も纏う。最後に帯剣すれば、ずっと不在だった『ノーウィストの勇者』の完成である。
まだ明るいから、あんまり素性がバレるような格好をしたくはないが、城内のあちこちが魔物だらけなら仕方がない。
ちなみに、自室に来るまでは、魔法とそれで模した武器で対処した。
「さて……」
迎撃に向かいますか。
☆★☆
「これじゃ、キリがないなぁ」
次々に湧いてくる魔物を、倒しても倒してもキリがない。
「やっぱり、根源を断たないと意味が無いか」
だが、奴の気配は感じない。私たちも居るからか、この城と距離を取っているのだろう。
「っ、ウザい!」
威力の低い雷属性で麻痺させたり、火属性で火傷させたりしたけど、居る場所が室内となると、氷属性で凍らせるのが精一杯だ。
「フィアーナ殿下たちは無事かな」
戦力面ではララたちが心配だけど、バランスから行けば、フィアーナ殿下たちの方が心配だ。
「すまない。まさか人が居るとは……って君は……」
「げっ」
魔物を倒すために放ったであろう魔法の余波を切り伏せれば、謝罪とともに会いたくない奴と遭遇したし。
「その姿は……って、何で逃げ出してるんですか!?」
そんなの、後々面倒くさい展開になるのが見えてるからだよ!
しかも、魔物たちも邪魔だし。
「前門の虎、後門の狼とか笑えない!」
「そう言って、魔法を放つ貴女も大概だけどね」
追いつかれたし。
「魔導師のくせに体力あるんですね」
「『魔導師のくせに』は余計だし、大きなお世話です。それに、最近では戦場に出たときのことを考えて、体力作りをするように言われているんだよ!」
魔物が風魔法で切り裂かれていく。
「はぁ、そうですか」
「随分、他人事ですね」
「実際に他人事ですから」
そもそも魔導師じゃないし、と内心で思いながら、炎刀を出して、二刀流で魔物たちを焼き切っていく。
「まあ、良いです。今はどこも、この有り様ですからね」
「でしょうね。鬱陶しいこと、この上無いですが」
未だに再生能力持ちとは遭遇してないけど、そいつらが居ないだけでも、ありがたいが。
「それにしても、君には『後少しで分かる』と言われていたわけだけど、それが君の本来の姿ですか」
「追いかけてきた時に指摘されるかと思っていたんですが、今更ですね」
「地味に余裕が無かったものですからね。でも、なるほど。そういうことなら、いろいろと納得できます」
何か勝手に納得されたし。
「自身が勇者であることを、早々に告げれば良かったものを。何故、貴女は黙っているのですか? ノーウィストの勇者殿」
「それについては、こちら側の問題なので、口出ししないでもらえます?」
言うタイミングはこちらで決める。他人に急かされる覚えはない。
暗にそれを示せば、彼は肩を竦める。
「そこで隠れている人もね」
気配は何となくで感じていたから、そう促せば、観念したかのように出てくる。
「いつから気付いていた?」
「一度魔物が来なかったときがありましたから。その時ですね」
「なるほど。やっぱり、それなりの実力はあったわけか」
騎士団長は模擬戦の時にも、隅っこの方とはいえ居たからね。
「こいつらを生み出したのは、やっぱり魔族か?」
「もしくは、魔物を生み出せる魔物でしょうね。魔族の場合は魔力を使いますから、限界もあるみたいですし」
魔物が生み出してる場合は、そいつを倒せば魔物は増えてこない。
「けど、親となる魔物は魔族が守っているだろうから、結局はどっちも倒さないと意味が無いと思います」
うわぁ、と言いたげな顔をする二人。
「まあ、その辺は私たち勇者がどうにかしますよ」
「あ、おい……」
騎士団長が声を掛けてくるが、無視して歩いていく。
さて、どうやって、あいつを誘き出そうか。
☆★☆
「……これでもかってほど、浄化されてるなぁ」
浄化度合いから見て、多分やったのは向島君かなぁ。
今来た道を振り返れば、様子の差が一目瞭然である。
それにしても……
「嫌味か。これは、光属性が使えない私に対する嫌味なのか」
不満ぐらい言っても良いだろう。
どうやら、このまま魔物が現れる兆しも無いし、ここで少し休もうかな。
とりあえず、納刀ならぬ納剣する。
「……まだ、慌ただしいなぁ」
窓の下では魔物と戦っているのか、剣だけではなく、魔法も飛び交っている。
「榛名殿」
「っ、レンか。びっくりしたぁ」
「驚かして悪いが、見掛けたもんで、声を掛けさせてもらいました」
にこにこと笑みを浮かべるレン。
アイリーン同様に、私たちの隠密担当である彼は、飄々としている。
「アイリーンは?」
「あいつは、殿下たちの方に行ったんじゃないんですかね?」
それなら良いんだけど。
「それにしても、ここには魔物がいないんですねぇ」
「向島君が浄化したみたいだからね。だから、魔物たちはこの場所には近づいてこないと思うよ」
「となると、ちょうど良い『避難場所』というわけですか」
避難場所、か。向島君がまだ浄化し続けているのなら、その範囲は広がり続けていることだろう。
「そうだね。ちょうど良い避難場所になるかも」
「え、本気?」
「一つの可能性だよ」
逃げ切れなかったら、ここへ来ればいい。
私も光属性を使えたら、もっとその範囲は広げられたのかもしれないけど。
「私はそろそろ行くけど、レンはどうするの?」
「榛名殿と話していたお陰で、ちょうど良い休憩になったから、俺も行くよ」
「それは良かった。じゃあ、気を付けてね」
「そっちこそ」
そのまま、互いに逆方向に進んでいく。
「さーぎさーかさーん!」
「二度も同じ手を食らうと思うか? イースティアの勇者様」
「あ、やっぱり駄目か。ノーウィストの勇者様」
さっきレンに驚かされたから、あんまり驚かなくなってきたよ。
「けど、無事そうで良かったよ」
「そっちもね。あと、喧嘩はきちんと買ったぞ」
「あ、通って来ちゃったわけね」
自分が浄化した場所を私が通ったと分かり、「あちゃー」とでも言いたげに向島君が浄化した場所を見た後に、こちらを見る。
「前に似たようなことを言ったと思うが、本当、鷺坂はその勇者装束が似合うよな」
「褒めても何も出ないよ?」
「知ってる」
苦笑された。
「でも、合流出来て良かった」
「うん? 私たちの実力なら、一緒に居る必要無くない? 寧ろ個別撃破していった方が良いよね?」
「それについては否定しないが、あれだけのフラグを立てておきながら、その余裕は何なんだ」
「魔物関係でフラグを立てた覚えはないけど?」
というか、向島君の言う『フラグ』とは、どれについてだろうか?
何だか、乱立してるっぽいから分からないのだが。
「……自覚が無いなら、もうそのままで居てくれ」
溜め息混じりに、頭を抱えられる。
「あ、お客さん」
「ああ、そうだな」
前方から来た魔物に、二人で目を向ける。
「ごめん、向島君。さっきのフラグ云々、どのフラグか気付いたわ」
どうしよう。『氷属性』が効きそうな奴じゃない。
「ああ、気付いたなら良い。だが、触手持ちとか、冗談抜きで笑えないぞ……!」
その触手が、こちらに向かって伸びてくる。
「ところで、向島君。こいつ、何に見える?」
「何って……イカだろ」
「だよね。海洋生物をよくもまあ、生み出せたなぁ」
さて、どう捌いてやろうか。
「鷺坂。念のために言うが、こいつ魔物の部類に入る奴だから、食えねぇからな? つか、食いたくない」
「食べないよ? 捌きはするけど」
まあ、貴重な材料にはなるだろうから、ギルドや生産職組に売り渡しても良いだろう。
「イカ焼き? イカ焼きにしちゃう?」
「せめて、焼くなら外に出そうな?」
加減を間違えると、火事になっちゃうもんね。
なお、そういう問題じゃない、という突っ込みをしてくれるような人は、この場には居ない。
「食べられはせずとも、匂いぐらいは嗅げるはず!」
「いや、空腹を煽るようなこと、しようとするなよ」
魔物十本の足に対し、人間二人が自身の魔法と剣で対応していく。
「ったく、面倒だな」
「室内っていう制限があるのに、あれだけ動いておきながら、よく絡まらないよね」
そう言って、一つの案が浮かぶのだがーー
「……おい」
「……あ、考えてること。もしかして、一緒?」
『もしかして』じゃない。目が合った時点で分かった。
「全盛期ほどではないにせよ、俺がこいつを外に叩き出してやるから、絶対に仕留めろよ。鷺坂」
「誰に言ってるの?」
言われるまでもない。もう準備は出来ている。
そして、向島君が一瞬だけこちらを向いて、何かを告げたかと思えば、イカに突っ込んでいく。
「……威力、どうなっても知らないから」
ーー俺は、お前を信じてるから。
そんなこと言われたら、期待に応えないわけには行かないじゃないか。
こちらに向かってくる触手を、無言で切り落とす。
「真後ろと左下方から来るよ!」
「っ、と」
声を掛けたからか、襲い掛かろうとしていた触手を向島君が全て切り落とす。
「残り、後三本!」
それならーー
「向島君、伏せて!」
氷の短剣に雷を纏わせ、放つ。
触手が無くなれば、もうこちらのものである。
「鷺坂!」
向島君が廊下の壁を派手に破壊し、イカを外へと放り出す。
「『裁きの鉄槌よ 天より降り注げ』ーー“滅尽神雷”!」
物凄いスピードで雷がイカに当たり、片鱗も残さずに木っ端微塵になる。
「……えげつないっていうか、容赦ないっていうか」
向島君が顔を引きつらせながら、声を掛けてくる。
「ちゃんと止めを刺したんだから、まだ良いでしょ」
我ながら凄いのを選択したとは思うが、きちんと役目は果たしたんだから、文句言われる筋合いは無いと思う。
「あれだけ鷺坂がぶっ放したのに、出て来ないな。あいつ」
「顔か気配は覗かせるかと思ってたんだけどなぁ」
見事に期待外れである。
「……あいつを呼ぶ方法なら、他にもあるぞ」
「そうなの?」
っておい。何故、目を逸らす。
「けど、鷺坂が嫌がりそうだからな」
「え、本当に何する気なの」
「だから、その一歩手前で試してみる」
そして、向島君がしたのは、私と手を繋ぐこと。しかも、恋人繋ぎ。
「……変化なし、か」
「えーっと……?」
説明無しですか?
「これは一番取りたくなかったんだが……悪い、鷺坂」
謝罪とともに繋いでいた方の手を引かれ、とん、と向島君にぶつかる。
「ちょっ……!?」
……何故、私は彼に抱き締められているのだろうか?
「まずは、落ち着けって。とりあえず、そのままラクライールの気配とかを捜せ」
「無理です無理です無理です」
「言葉遣い、おかしくないか?」
「おかしくないから!」
うわぁ、何か思い出したくないことまで、思い出して来ちゃったよ。
しかも、どんどん顔が赤くなってる気がする。
「……もしかして、照れてる?」
「私が照れちゃ悪いか!」
「いや、悪くはないけど……っ、と」
いきなり解放されたかと思ったら、突き飛ばされる。
そんな先程まで私たちが居た場所には、外から魔法が放たれたことにより出来たであろう大きな亀裂。
どうやら、こいつに気付かないほど、余裕が無かったらしい。
「ごめん、私のせいで……大丈夫?」
「何とかな。で、見つけられたか?」
向島君に謝罪しながら手を差し出して、立ってもらう。
「見つけたといえば、見つけたけど……」
「おい、まさかーー」
本当、彼は察しが良い。
「桐生君たちと一緒だ」




