第十九話:襲撃までのカウントダウン
桐生隼斗視点
「休憩終わりなー」
向島が声を掛けてくる。
「さっき、鷺坂さんが来てたみたいだったけど、何だったの?」
「んー? 魔族が魔物の軍勢を連れてくるらしいって話。多分、これから魔導師勢にも同じ話をしに行くんじゃねぇの?」
「魔物の軍勢……」
事実かは分からないけど、もしそんなのが城に来たりしたら……
「まあ、こっちが勝たない限りは無事ではいられないだろうな」
「っ、」
言われなくても分かっている。
きっと、向島は『勇者』として戦い慣れてるから、そんなことが言えるのだろう。
「けど、俺たちがしているのは、そんな奴らに勝つための訓練なんだよな?」
俺たちの会話に、鶫も加わる。
「ああ。戦力の底上げが出来るなら底上げしておきたいし、俺たちが使い物にならなくなったら、お前らが最後の砦なんだからな?」
分かってるか? と言いたげに言われても困るんだが。
「最後の砦は言い過ぎじゃね? まあ、居ない奴よりはマシだろうけど」
「居ない奴って、ノーウィストの勇者、か?」
「それ以外に何があるんだよ」
鶫の言葉の何がおかしかったのか、小さく肩を揺らす向島。
「仲間が来てるんだから、多分、もうこの国に居るんじゃないのか?」
「だったら、早く会いに来りゃ良いじゃねぇか。何で来ないわけ?」
「城内がこんなんだから、警戒されて門前払いされてるとか」
その場合は、ご愁傷様としか言い様がない。
「向島は会ったことがあるのか?」
「あるぞ? 記憶違いで無ければ、今居る勇者の中では、唯一の女勇者だったと思うが」
「え、何。女なの!?」
まさかの女勇者だった。
『勇者』って言っていたから、男のつもりで居たけど。
「あと、俺たちと同い年な」
「そっか。仲良くなれるといいな」
俺がそう言えば、再度肩を小さく揺らす向島。
「向島? さっきから何がおかしいんだ?」
鶫が不機嫌そうに尋ねる。
「いや、何もおかしくない。ただ、互いに会った時のことを想像したら……笑えてきただけだ」
どんな想像をしたんだ。
「でも、そんなに気負う必要は無いと思うぞ。あいつは良い奴だから」
向島が珍しく笑みを浮かべて言うってことは、きっと良い人なんだろう。
「お前がそう言うなら、そうなんだな」
「向島。もしかして、惚れてるのか?」
「そうじゃねぇよ。勇者仲間にして、友人なだけだ」
「友人……?」
鶫が首を傾げる。
「なあ、向島。もしかしてーー」
「“ウォーター・クラッシュ”」
「……」
向島の水魔法が鶫に直撃する。
「訓練再開って、言ったぞ?」
「いや、言ったけども」
いくら何でも不意打ち過ぎるだろ。
「けど、お前が攻撃してきたってことは……つまり、そういうことなんだな」
「吾妻がどんな結論に至ったのかは分からないから、正誤判定は出来んぞ」
どうやら、鶫は何かに気付いたらしいが、向島にはぐらかされる。
だが、話していても訓練の手は止まることなく、剣の訓練は続いていく。
「……そろそろ魔法対策もしておくか」
「基本的に何をするんだ?」
「魔法を使えるようになってもらうのと、対魔法戦についてだな。まあ、これに関しては専門家が居るから任せるけど」
「専門家?」
『専門家』って、どんな人だろうか?
「お前らがよく知ってる奴だよ」
「知ってるって……」
鶫と顔を見合わせる。
「みんな、呼んできたよ」
「ご苦労さん」
いきなり声を掛けられたけど、方向が方向だけに、向島は驚かなかったらしい。
「呼んできたって……何をする気なの?」
「え……説明、まだなの?」
説明しとけよ、と言いたげな目を鷺坂さんが向島に向けるが、肩を竦めるだけだった。
「私たちが、対魔法についての練習相手」
「使える魔法が魔法だけに、榛名もその一人」
クリスさんとララさんがそう説明する。
「魔法は良いんだけど、鷺坂さんは剣の訓練は良いの?」
俺の記憶が正しければ、確か一回も剣の訓練にも来てなかったはずだ。
お陰で早々に騎士団長が「あいつは今日も来ないのか」と言わなくなったけど。
「戦ってみる?」
「いや、止めておくよ」
彼女の実力は、模擬戦とはいえ、向島と引き分けている時点で、ある程度の予想は出来る。
ただ何故、その力を隠そうとしているのかは分からないけど。
「じゃあ、魔法戦ね」
ーー早速、始めましょうか。
クリスさんが満面の笑みで、そう告げた。
☆★☆
「す、スパルタ……」
「だろ? 召喚時の俺に対する魔法担当教師だったんだぜ。あいつ」
向島。同意はするが、それ多分、笑いながら言うことじゃないと思う。
「ちなみに、一番優しいのは鷺坂な」
「使える属性が少ないからか?」
「それもあるが……」
向島が彼女の方に目を向ける。
彼女は今、鷹槻を相手に魔法を使っている。
「まあ、ローテーション方式だから、当たれば分かると思うぞ。ちなみに、栗山はレアたちとともに治癒魔法の練習中だから、怪我したら治してもらえ」
「あ、ああ……」
栗山さんたちの練習方法って、見ていて痛々しいんだよね。
この前なんか、どこで捕まえてきたのか、瀕死の野うさぎ相手に治癒魔法の練習をしていたし(ただ、あの野うさぎがどうなったのかは分からない)。
栗山さん曰く、ちょっとの切り傷とかも今は練習台なんだとか。
「治癒魔法ばかり使うと、怪我した人の基礎治癒力が低下するから、使うのに慣れてきたら、少しずつどれに対して使うのかを見極めるように、って言われたんだけどね」
とは、栗山さん談。
そんなことを思い出していればーー
「余所見、無駄話、考え事! 私相手に良い度胸じゃない!」
クリスさんの魔法が飛んでくる。
「ちょっ……!?」
「おい、待て。クリス! 俺の方には強力な奴、放ってないか!?」
「当たり前でしょ!? あんたの防御力なら、防げること知ってるし」
そう言いながら、クリスさんが俺の方には弱い魔法を、向島の方には強い魔法を放つ。
器用だなぁ、と思っていれば、先程まで向島が居た場所には、クレーターのようなものが出来ていた。
「……容赦ない」
「よね。けど、もう交代だから」
鷺坂がそう声を掛けてくる。
「向島君に魔法を放つのも良いですけど、交代ですよ。クリスさん」
「鷺坂!?」
「……もう?」
彼女の言葉にぎょっとする向島を余所に、微妙に納得できなさそうにしながらもクリスさんが鶫の方へ行くのを見送れば、次に目が合うのは、笑みを向けてくる鷺坂さん。
「私、三属性しか使えないから、その三つをメインにするね」
「分かった」
「ところで、防壁展開の状態はどの程度?」
「どの程度って言われても、展開の仕方は教えてもらったけど……」
鷺坂さんが聞きたいのは、展開出来る時間と強度だろう。
「じゃあ、計ってみようか」
展開してみて、と言われたので、防壁を展開すれば、距離を取った鷺坂さんが“火の玉”などの下級系魔法を放ってくる。
「っ、」
「……」
バチリと音を立てて防ぎきるが、何か思うことがあったのか、首を傾げてる。
「桐生君。もしかして、全魔力を防壁に注いでる?」
「どうなんだろう……?」
「自覚無し、か……。けど、マズいなぁ。そうなると……魔力コントロールの第二段階からかぁ」
頭を悩ませたかと思えば、がっくりと肩を落とす鷺坂さん。
「予定変更。時間の許す限り、使用魔力の調節をしてもらいます」
「え」
「下級防壁に全魔力使ってたら、他の魔法も使えないし、相応の防壁も展開できなくなる」
そう言いながら、がしがしと頭を掻いた後、鷺坂さんは鶫の方に目を向ける。
「まあ、運が良いことに魔力量は分かってるからね。是非、その魔力を有効活用しようか」
そんな彼女の笑顔は、クリスさんとそっくりでした。




