第十八話:質疑応答し、齎された知らせに思案する
ぴちょん、と一つの滴が落ちる。
ーーああ、この場所に来るのも、久し振りだ。
この空間は、ラクライールにより、封じられた属性が錠付きの鎖となり、絡まり合うようにして出来上がっている。
つまり、全属性が使えるようになれば、この空間は消滅することになるだろう。
近くにあった鎖に触れてみるが、やはりというべきか、そう簡単には解錠できそうにない。
ーー特に、勇者の証とも言える『光属性』は。
「……結局、“きっかけ”が無いと属性解放までは行かない、というわけか」
目を開けば、使い慣れたーー自室と言っても良い室内が飛び込んでくる。
お茶会をしたあの日。魔族の襲撃があると知り、標的が自分たちかもしれないと思った桐生君たちは、少しでもスキルアップするために、ウィルたちも相手に頑張って訓練している。
ただーー
「あいつらの中に、お前みたいなタイプは居ないんだな」
とは、向島君の言葉である。
どうやら、栗山さん以外は魔法よりも剣の方が得意なのか、私みたいに剣より魔法の方が得意という人は居なかったらしい。
「……」
ごろん、とベッドへと寝転がった後、右腕を視界を遮るように乗っける。
襲撃まで、きっと、もう時間は残っていない。
☆★☆
「……」
「あ、起きちゃったか」
「……人の部屋で何してるの」
閉じていた目を開き、いきなり飛び込んできた人物に問う。
「いや、鷺坂。そこは、もう少し慌てような? 俺はお前に、何もしてないわけだけど」
「ひ・と・の・へ・や・で、な・に・し・て・る・の?」
丁寧に聞いてみれば、目を逸らしながら答えてくれる。
「……少し聞きたいことがあって、来てみたら寝ていたので、休憩がてら待たせてもらっていました」
「……いつ起きるか分からないのに、よく待とうって思ったよね」
溜め息混じりに起き上がり、髪を手櫛で整え、服も軽く直して、ちゃんと横にならなかったからか、凝り固まったらしい首や肩を回して解す。
「いや、近くに居れば、気配を察知して起きるかもしれないって、向島が……」
「ふーん……」
次会ったら締めてやろうか。
「で、聞きたいことって?」
「いくつかあるんだが、いいか?」
「吾妻君の時間が許すなら、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
来訪者である吾妻君のお礼を聞きながら、テーブルと椅子がある方へと移動する。
「その……聞きたいこと、なんだけど」
とりあえず、彼はお客さんなので、紅茶を出す。
「こ、向島とどんな関係なんだ?」
「とりあえず、まずは、それを飲んで落ち着こうか」
そして、何故その疑問を口にしたし。
「あ、ああ……あ、美味しい」
戸惑いながらも、口を付けた後、そんな感想が聞こえてくる。
「それで、向島君との関係、だっけ?」
「ああ」
「本人は何て?」
「詳しいことは本人に聞けって。あと、恋愛関係でも無いって」
「そっか」
向島君も上手く逃げたものだ。
「恋愛関係で無いのは事実だよ。でも、そうだね。私たちの関係を言い表すなら、友人、かな」
「友人……」
「距離感は、君たちよりも近いだろうけどね」
自分の分に口を付ける。
「あと、謝るのが遅くなったが、お茶会があった日の食堂の件だけど……」
「もう過ぎたことだし、気にしなくていいよ」
「けど、料理人たちに対応するの、大変だったんだろ?」
「大変だったのは大変だったけど、吾妻君が気にすることじゃないから」
正直、あの日のことは、あまり触れたくない。
「鷺坂がそう言うのなら、気にしないでおくが……」
「そうしておいてくれると有り難いかな。それで、他に聞きたいことは?」
「いや、今はこれぐらいでいい。聞きたいことがあれば、また聞きに行くから」
「ん、分かったよ」
そして、吾妻君が部屋を出て行くのを見送ればーー
「榛名様」
懐かしい声が聞こえてきたから、扉を閉める。
「アイリーン? 久し振り。私の所に来たってことは、魔族関係か何か?」
「お久し振りです。はい。現在、四天王が一人、ラクライール率いる魔物などの軍勢がこちらに迫ってきております。榛名様なら問題無いかとは思いますが、覚悟はしておいた方が良いかと」
「そっか。アイリーンが今、私の所に来たってことは、ウィルたちも知ってるんだよね?」
「はい。フィアーナ殿下たちには、レンが伝えに言っているはずです」
アイリーンとレンことレンフォードは、ノーウィストにある隠密部隊の隊員で、主に私たちの手の届かない情報収集や斥候、伝言などを行ってくれている。
「……この国の隠密部隊員とは?」
「なるべく避けるようにはしていますが、数人とは接触しています。情報提供は今のところ魔族関係のみですね」
う~ん……。
「結論から言えば、そんなに時間も無いってことだよね」
「そうなりますね」
桐生君たちに関しては、付け焼き刃状態、か。
「情報、ありがとう。奴らが来たら、近くにフィアーナ殿下が居ない限りは、自分たちの身を最優先に、ね」
「もちろん、分かっています。榛名様も、どうかお気を付けください」
そう言うと、「では、失礼します」と軽く頭を下げて去っていくアイリーン。
「……」
それにしても、ラクライールが連れてくるのが『魔物の軍勢』ってことは、奴はかなり本気なのだろう。
「相談案件かな。これは」
☆★☆
「で、どうしよう?」
「どうしようも何も、俺には『魔物を狩れ』としか言えないぞ」
向島君に相談してみたら、こう返されました。
「一斉浄化、任せることになるけど、大丈夫?」
「それは仕方ないだろ。光属性が使えない鷺坂には無理だろうし」
「地味に抉りに来るね」
「事実だろうが」
容赦ないなぁ。
「……」
「……」
暫し、互いに無言になる。
「それにしても、魔物の軍勢、なぁ。俺は、てっきり小手調べ程度のつもりで来るのかと思ってたんだが」
「魔物の軍勢を連れてくることから、多分、本気だよね」
どこまで本気なのかは分からないけど。
「戦力は、俺たちの所と鷺坂の所、桐生たちとこの国の騎士と魔導師たち、か」
「騎士と魔導師たちに関しては、魔物の対処に追われるだろうから、そっちは任せても良いんじゃない?」
「ラクライールを相手にするとなると、俺たちと鷺坂たちしか、まともな戦力が居ないだろ」
「桐生君たちは含めないんだ」
「付け焼き刃程度でどうにかなるような奴じゃないだろ。あいつは」
お前の方が詳しいはずだが? と、目を向けられるけど、私は奴について、詳しくなった覚えはない。
「……私、室内じゃ魔法アウトだ」
「火、雷、氷じゃ、『氷』しか使えないしな」
「『氷』効かなかったら、もうアウトだし」
「魔石は?」
「使えなくは無いけど、威力求めるとなると、決定打に欠けるっていうか」
二人して唸る。
「……まぁ、何らかの手を考えておいてやるよ」
「分かった。頑張って物理で耐えてみるよ」
「剣より魔法派が良く言うよ」
呆れたような目を向けないでほしい。
「けど、無茶するなよ」
「そっちこそ」
「こっちは冗談抜きで心配しているんだが?」
「ちゃんと分かってるよ」
同じ『勇者』なんだから。




