第十七話:お茶会にて、お菓子と疑問
桐生隼斗視点
さて、お茶会の時間だ。
「凄いな。あっという間に、お茶会会場だな」
「飾り付けは全て、私がしたんですよ」
エレンシア殿下ーーエルが嬉しそうに言ってくる。
「そうなんだ」
「私が連絡係、装飾は殿下で、お菓子は鷺坂さんの担当だったんだ」
あ。やっぱり、その分け方だったんだ。
「それにしても、鷺坂さん遅いなぁ」
「あ、それ多分、俺のせい。食べたい物リクエストしちゃったから」
「ええ~っ。吾妻君、リクエストしたの!? 私もしたかったのに!」
栗山さん。怒るの、そこですか。
「それでも、鷺坂は来るだろ」
鷹槻も来たってことは、本格的に来てないのは鷺坂さんだけになったわけか。
「……普通に考えたら一人で六人分、作ってるんだよね? 少しでも、取りに行った方が良いかなぁ」
「その必要は無いみたいだぞ。もう見えてるし」
心配そうな栗山さんに返した鷹槻が目を向けていた方を見てみれば、確かに鷺坂さんが居た。
「とりあえず、持って来られる物を先に持ってきたから、先に食べてて」
「ちょっと待て。先に持ってきた、って事は……」
「うん、まだあるよ。次で最後だけど」
あるんだ。
「じゃあ、残りを取りに行ってくるんで」
「手伝う! 鷺坂さん、私が手伝うから、一緒に居こう!?」
栗山さんが立候補したことで、そのまま手伝いに行ってしまった。
そして、待つこと数分。
「これで、完了のはず……」
「ご苦労様」
机に俯せになる形で、ぐったりした様子の鷺坂さんに、栗山さんが労う。
「おおっ、マジでチョコ系がある」
「時間的にその二種類しか作れなかった……ガトーショコラとか作りたかったのに」
リクエストしたものがあって嬉しそうな鶫に、鷺坂さんが顔だけ上げて、そう返す。
「いやいや、これだけでも十分だって」
「けど、久しぶりのチョコ系菓子は二種類しかない上に、君たちはよく食べる派でしょ。これで足りるとは思えないんだけど」
「……」
思わず目を逸らす。
よく見てるなぁ。
「今からなら追加できるけど、どうする?」
「いや、しなくていいから」
体を起こして聞いてきた鷺坂さんに、そう返す。
チョコ系が二種類しかないとはいえ、今でもかなりの量がある。
「それにしても、見たことの無いものもありますが、それはそちらの世界のものなんですか?」
エルが不思議そうにして聞いてくる。
「じゃあ、片っ端から説明していこうか」
そう言って、鷺坂さんが説明を始める。
クッキーやビスケットからの焼き菓子から始まり、チーズケーキなどのケーキ系に、フルーツタルトなどのタルト系とチョコレートケーキを筆頭としたチョコ系。
「こんなに作ってたのなら、俺のリクエストを引き受けなくても良かったのに」
「いや、私も食べたかったから、作っただけだし」
あ、そういうことにしたんだ。
「そういえば、食堂の方。あの後……」
「桐生君、それについては後で良いかな?」
大丈夫だった? と言い掛けて、鷺坂さんから暗に「余計なことを言うな」とばかりに睨まれて止める。
「でも、綺麗な断面ですね。こちらでは、断面まで綺麗なものは数少ないですから」
「そうなの?」
「料理などは専門外ですが、これは綺麗だと思いますよ。これを一人で作ったというのは、大変だったのでは?」
「別に時間と材料さえあれば、そんなに問題じゃない」
エルの問いに、鷺坂さんがそう返して、それぞれに配られていたケーキを食べ始めたので、俺たちも食べ始める。
「あ。これ、あんまり甘くない」
「あれ? でも、吾妻君のって、私が食べてるやつとおんなじやつだよね?」
「吾妻君が食べてるのは甘さ控えめのやつで、栗山さんのは普通のやつ。こうやって出した後に、あまり甘いもの食べないだとか苦手だとか言われても困るから」
「なるほどね」
そう返して、ぱくり、という効果音が付きそうに食べる栗山さん。
それにしても……こうして見ていると、栗山さんは美味しそうに食べるなぁ。
「……鷺坂は、こういうのを向こうで作ってたりしていたのか?」
「向こうでは時々、かな。気まぐれで作ってたから」
鷹槻が珍しく口を開く。
「お菓子系以外は? 作れるの?」
「出来なくはないけど、このレベル求められるとなると……」
難しい、んだ。
「それでも、出来るだけも凄いよ」
「だよなぁ。俺たちなんて、調理実習ぐらいだし」
栗山さんに同調するかのように、鶫が言う。
「調理実習、懐かしいよねぇ。いろいろ作ったなぁ」
「あ。小学校の時、時間別のゆで卵を作ったのを思い出したわ。どれぐらい茹でれば固さが変わるかってやつ」
「ああ、私もやったよ。あと、給食の前後は大変だったよね。どちらか完食していると、残している子も居たっけ」
「ああ、居た居た。そういう奴」
話題が、調理実習の思い出話になる。
「……いつか帰れるかなぁ、私たち」
栗山さんが今までのことを思い出したのか、懐かしそうにする。
「きっと、帰れるよ。ね、姫様」
「え? ええ……」
鷺坂さんから、いきなり振られたエルが、戸惑うように返す。
「そ、それよりもっ! 私、貴方に聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと?」
目を泳がせた後、エルが鷺坂さんに向けて、口を開く。
「貴方は……いえ、貴女は一体何者なんですか?」
それは、おそらく彼女以外の誰もが思っていたことだろう。
「えーっと……?」
「だって、ハヤト様たちと居るよりも、イースティアの勇者様たちやノーウィストのご一行様と一緒に居るではないですか」
「あー……向島君に関しては、ほとんど向こうから来るから、私にはどうしようもないけどね」
あ、そうなんだ。
「元の世界での知り合い、とかじゃないの?」
「そもそも学校が違うから、向こうの時からの知り合いとかではないよ」
そう言って、鷺坂さんが紅茶に口を付ける。
「むぅ、何だか納得できません」
「そう言われても、困るんですけどね。ああ、そうだ。姫様に聞きたかったんですけど、城内のあの様子は何なんですか? 私たちが来たときは、あんなにピリピリしてませんでしたよね」
「ああ、あれですか。どうにも、魔族が宣戦布告してきたらしくて、いつ来るか分からないから、城内の警備を強化したみたいなんですよ」
エルが城内の状況について、溜め息混じりに教えてくれる。
「え……魔族が宣戦布告してきたの?」
「みたいですよ? 私もお父様から聞いて、あまり出歩くなと言われていますし」
これでは軟禁みたいなものです、と不機嫌そうに言う。
「けど、目的は何なんだろう?」
「敵情視察ってところじゃない? ただでさえ厄介な勇者が二人居るって言うのに、そこに一人、新たに追加されたんだから、だったら先に潰しちゃおう、みたいな感じで来るんじゃない?」
「召喚された俺たちが脅威になる前に、ってか」
「でも、もし鷺坂さんの予想が当たってるんだとしたら、私たちが標的ってことだよね?」
「そうなるね」
のんびりとしたお茶会が一転して、不穏な空気が漂い始める。
「ど、どうしよう。鷺坂さん!」
不安そうな表情で、栗山さんが鷺坂さんを揺らしながら声を掛ける。
「いや、向島君たちも居るから、何とかなるでしょ。だから、揺らすのは止めてくれないかな」
「だ、だよな。向島たちも居るし、何とかなるかもしれないな」
鶫もそうは言ってるが、隣だから小さく震えているのは分かった。
きっと、この前のことも思い出したんだろう。
「とりあえず、奴らがいつ来るかは分からないけど、今は出来る限りのことをしよう」
「だな」
「……ああ」
「うん」
「そうだね」
「はいっ」
俺の言葉に、鶫、鷹槻、栗山さん、鷺坂さん、エルの順に返事が返ってくる。
「よし、じゃあお茶会再開だ」
だが今は、この時を楽しもうと思う。
これから先は、戦いに備えないといけなくなるだろうからーー




