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第一幕3『もうひとつの昔話』




「俺が最後だってことは、他の連中からもう訊いているだろうが、グリフィスは俺の、いわゆる幼馴染ってやつだ」


 開口一番、エイブリーはそう言った。

 主である彼の性格が粗雑なように感じられることとは対照的に、整頓されている部屋。そこに入室し、探偵一行が椅子に腰かけたのと、ほぼ同時のことである。


「だいたい、もう二十数年くらいの仲になる……のか? 五歳頃に知り合って、そのときからのつき合いだ」

「……ってことは、かなり長く親交があったんだな」

「そういうわけで、しばらくアイツの話をさせてもらう。ハーシーやチェイスの目線でのグリフィスっていう人間とは、若い頃のあいつはすごく違っていたからな。あのふたりの話だけだと偏っちまうだろう」

「ああ、それは助かる、けど。なんか、やけに協力的だな……?」

「当然だろう? グリフィスは俺にとって、幼馴染であると同時に親友でもあるんだよ。そんなやつが亡くなった──それも殺されたっていうんだ。協力しないわけがないだろうさ」

「それもそうだな」


 グリフィスの様子には、特にやるかたのない憤懣を抱えているといったところはないけれど、それでも憤っているというのは事実だった。ただし、その怒りはだいぶ抑えられているようだ。おそらくは、遺品整理をしながら感情にも整理をつけていたのだろう。


「さて、というわけでグリフィスの話だが──」


 言いながら彼は、右手を上げてハーシーの部屋を示す。


「ある意味では、あいつとハーシーは似たような子供時代を過ごしていた。ハーシーから、その辺りの話は聞いてるのか?」

「まあな」

「なら話は早い──ってこともないか。ただひとつ言えるのは、あいつとハーシーの過去は確かに似ているが、実際は全くといえるほどに異なっていたってことだ」

「それは──」


 確認するかのように、スバルが口を挟んだ。


「──グリフィスも虐められていた、ってことだよな?」

「ああ。そして、理由も同じだった」

「つまり、グリフィスにも加護がある、否──あったってことか」

「そうだ。そしてその加護は、ハーシーのそれとは違って、とても強力だった──らしい」


 どっちも詳しくは知らないけどな、とエイブリーは言う。


「あいつは俺にその加護のことを話そうとはしなかった」

「親友なのに……否、親友だからこそ、ってことなのか」

「だろうな。それがそれほど隠したいと思うような力なのかは、今となってはもうわからないが」

「ふむ……虐めの程度はどんなものだったんだ?」

「それも、詳しくは知らねぇよ……。あいつは、俺に心配をかけたくないと思っていたのかは知らないが、虐められているってことについての話題には乗ろうとしなかった──ただ」

「……ただ?」

「おそらく、ハーシーに対するものよりは酷かっただろうとは思う」


 わからないと言っていながら、断定するようなエイブリーの言葉だった。


「流石に末期のそれとは比べられないだろうが、少なくとも無視だとかそういう段階にはなかったはずだ」

「身体に傷でもあったのか?」

「男同士でそんなことを確認できるわけないだろうが。見える部分にはなかったから、単なる想像だよ。ハーシーの加護よりも強い加護らしいからっていうこともあるが、なにせあの見た目だから、な」

「確かに、厨二病まっしぐらだもんな」

「厨二病? ってなんだよ」

「あ、いやなんでもない。しかし、まさか実際に黒髪紅眼なんて存在を見られるとはな……」


 世界は広いぜ、と遠い目でスバルは呟く。相変わらず、ときどきよくわからないことを喋る少年である。


「ともかく、グリフィスが過ごしていたのはそういう子供時代だった。ちなみに当時、俺たちが住んでいたのはこの街じゃなかった。進んで思い出したくはないことだから、どんなところだったかを言うつもりはないけどな」

「ところで、あんたはどんな子供だったんだ?」

「俺は普通のガキだったよ。特に語るようなことはなかった。それはどうでもいいからさておいて──転機は十歳ぐらいの頃に訪れた」


 俺はこの街を出る、とグリフィスは宣言したらしい。


「そういう発想自体は長く持っていたんだろうな。どうやって街を出て、どこに向かって、最終的にどこに定住して、なにで生計を立てるのか。そういった計画がしっかりと固められていたよ」

「そして、あんたはついていったわけだな」

「当たり前だろう? 俺はあいつの親友で、あいつは俺の親友だ。あの頃からずっと俺はそう思っているし、そうでなくともついていっただろうさ」


 そしてなにしろあいつは本気だった、とエイブリーはとても嬉しそうに口にする。


「旅の途中で自分たちの身を守れるように──そして加護持ちだってことがバレないように、他の連中から隠れて魔術を練習してもいたらしい。嬉々とした様子であいつが氷を作り出すのを見たら、ついていくしかなかったよ」

「でも、街を出たところで、他のところなら人々の対応が変わるとは限らないだろう?」

「だが、変わらないとも限らないだろう。少なくともあいつは、そう信じていた」


 チェイスと出会ったのは偶然だったそうだ。


「目的地への通過点で知り合って、偶然にも──というか結果的に、グリフィスがあいつを助ける形になった。それをすごく恩に着て、なんやかんやでチェイスのやつもついてくることになった」


 それからもいろいろなことがあった、という。


「目的地──これは王都ルグニカじゃないが──に着くと、あいつはなんでも屋みたいなことを始めた。これが意外と受けたんだよ。魔術が使えるっていうやつは、街中には全然いないとはいえそれなりにはいる……っていうとなんだか矛盾してるみたいだけど」

「そういうやつは大抵誰かの護衛とかをしている、ってことか?」

「それか騎士とかの役職についている、ってことだな。なんでもやります、なんてことを売り文句にする輩は珍しかったんだろう。そういうわけで、俺とチェイスも手伝って、文字どおりなんでもやったよ。汚れ仕事はあまり受けないようにしよう、とグリフィスは思っていたらしいがな」


 なんでもやります、なんて言っているやつがそういうわけにもいかなくってさ、とどこかもの悲しくエイブリーは呟く。


「とうとう断りきれなくなって人を殺してしまってからは、際限がなくなっていった。かなり遠くまで遣わされるようなことも多くなってきて──」

「それでハーシーを助けることになったのか」

「正確にはその過程で、だけどな。通りすがりであんな事態に巻き込まれるとは思ってもみなかったし、それで仲間が増えるなんて思いもしなかった。まあ、ハーシーの身寄りをなくしたのは俺たちの責任でもあるわけだし、彼女はグリフィスに懐いちまったし、しかたないのかもしれなかったけどさ」


 そういった調子で、多くの経験をしたのだろう。昔を語るエイブリーの顔つきは、穏やかというのは相応しくないかもしれないけれど、悪くはなかった。


「それからもすったもんだがあって、最終的にグリフィスはなんでも屋を畳むことになった。だいぶ繁盛していたおかげで金は結構余っていたんだが、人殺しとかの後ろ暗いところもあって、けっきょくはこの家──王都ルグニカの貧民街という、微妙な立地の建物に住み着くことになった」


 今では、働いているのはグリフィスだけだったのだとか。


「結構金が余っているっていっても、豪遊しなければ普通に暮らせるくらいの金はある。というわけでグリフィス曰く、『お前らが働く必要はない』、と。おかげで俺たちは、毎日のんびりグダグダと生活していた。そんなときに今回の事件が起きた、ってわけだ」

「ちなみに、グリフィスはどんな仕事をしているんだ?」

「詳しいことは知らないけど、なんでも貧民街の盗品元締めとかいう大層な肩書きを持っている人の下で仕事をしているらしいな。盗品蔵ってところらしい」


 と、その場所を教えてくれる。


「ふむふむ。ちなみに他のふたりの話だと、今日は朝からグリフィスは家にいたらしいな。オフの日なのか?」

「オフ? っていうのがなにかは知らないが、今日は仕事がなかったよ」

「今日は、ってことは昨日はあったのか?」

「そのはずだ」

「ということは、グリフィスが足を挫いたのはそのときか」

「いや、そんなことはないと思うぜ? 少なくとも昨日の夕食の時点では普通だったからな。それに起きてから階段を降りるときに転びそうになった、と言っていたし」

「ふむ……」


 まあいい、とスバルは首を振った。


「とにかく、グリフィスについての昔話はそんなところでいいだろう。今朝の話を訊かせてもらおうか」

「今朝、っていったってたいしたことはなかったはずだ。揃って朝飯を食べて、今日の昼は久々に外に出て食べようか、って話になったくらいで」

「なら、その昼までは何をしていたんだ?」

「なにを、っていうほどのことでもないけどな。使った食器を洗ったり、昨夜の洗濯物を乾かしたり、ぼーっとしたりしてただけだぜ」

「それで、昼頃にここを出た、と」

「ああ。どこの食堂に行ったかっていうのは、もう聞いているだろう? それでまあ、グリフィスの休日っていうことでのんびり飯を食っていたんだよ」

「一時間くらいかけてご飯を食べて、そこを後にしたんだよな?」

「だからその一時間ってのはなんなんだよ……まあ、そうだろうさ」

「で、ここに帰ろうとした」

「ああ」

「そのときの並びかたは?」


 流れるような問答である。しばらく事件に携わっていなかったというスバルも、ようやく勘を取り戻してきたのか。それとも、エイブリーとスバルの馬が合っているだけなのか。どちらにせよ、事情聴取が滑らかに進むのは幸いだった。


「先頭がグリフィスで、その隣を歩いていたのが俺だ。どちらかというと進行方向の右側寄りを歩んでいて、道の真ん中に近いほうがグリフィスだった。で、俺の後ろがチェイス、グリフィスの後ろがハーシー」

「グリフィスが死んでいるのに、どう気がついた?」


 とのスバルの問いには流石に眉を顰めたものの、さして迷うことなくエイブリーは答える。


「俺はグリフィスと話しながらゆっくりと歩いていたんだが、ずっと話し相手のほうを見ているわけにはいかなくてな。基本的には前を向いて、ときどきグリフィスのほうを向くようにしていた。でも、前を向いていたって隣に人がいるか否かってことくらいはわかるだろう? 突然グリフィスのやつが立ち止まった、と──そう思いながら振り返って」


 グリフィスの背中に突き立っているそれを見た──エイブリーは淡々とそう言う。


「どうすりゃあいいのかはわからなかったが、ハーシーが倒れかかっていたのを咄嗟に支えて、なし崩し的に……っていうのは言いわけにしか聞こえないかもしれないな。けど、実際にそうしちまったんだからしかたがない。なにをやったのかは──チェイスが、話しているよな?」

「まあ、な」

「あいつはわりと責任感が強いからな……自虐的、ともいえるが」


 そういうわけで、とエイブリーは改まって、


「事情聴取ってえのはこんなもんでいいのか?」

「ああ。俺は本職──つまりは警察官じゃないから、正確なところは知らないけど」

「だとしても、探偵だって殺人事件を調べる職業には違いないんだろう? 助かってるよ──本当に」

「…………」


 弱々しいエイブリーの口調と、彼のしんみりとした表情を前にして、スバルはなにも言わなかった。あるいは、なにも言えなかった。


「ナツキ・スバル」


 厳かとすら称せるような雰囲気を醸し出して、静かにエイブリーはスバルの名を呼ぶ。


「──あんたがいなかったら、俺たちにはなにをどうすればいいのかわからなかっただろう。もちろん、衛兵だっているんだからグリフィスの供養くらいならできたはずだが。それでも、そんな気がするんだ」

「……ありがとう」


 礼を言って、スバルは立ち上がった。その顔つきは、少し晴れやかになっていたようでもあった。

 ともあれ、これで事情聴取は三人分終了したことになる。と、


「ああ、ひとつ言い忘れていたことがあったな」


 そこでエイブリーが口を開いたために、自然と視線が彼に集中した。それをものともせずに、


「グリフィスは──を憎んでいたよ」

「……え?」


 聞きとれなかったのか、スバルが疑問を発する。しかしそれには答えずエイブリーは、


「といっても、特定のなにかを憎んでいたってわけじゃない。たとえば世界。たとえばマナ、そしてオド。たとえば龍。たとえば剣聖……適切な言葉は浮かばないが、そういう人智を超えたような──人間に加護を与えている存在を、あいつは──」


 言った。


「──憎んでいたよ」



   ◆◆◆



「それで、これからどうするのでしょう?」


 そうシャルガフが口を開いたのは、グリフィスの部屋を出た直後のことだった。例のように椅子を抱えているうえにかさばる鎧を身につけてもいるため、だいぶ見栄えが良くない。


「ああ──とりあえずシャルガフには、グリフィスの屍体を見張っておいてもらいたい。この気候なら心配はいらないかもしれないけど、一応腐敗する可能性もあるから、冷やしておいてくれると助かるかな」

「諒解しました。ですが、ナツキさんは……?」

「俺たちは、行かないといけないところが二箇所ほどあるからな。そこで証言の確認だよ」

「二箇所、というと、例の食堂と、あそこですか」

「ああ」


 答えて、スバルは笑う。


「グリフィスが働いていたっていう、盗品蔵──距離から考えて、先にそっちに行くことになるだろう。場所も訊いておいたし、な」


 そして、確かめてはいないけれど。

 どうやらエミリアも、そこを訪れることになっているらしかった。


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