終幕
「……なるほど」
静かに呟いたシャルガフは沈黙を保っていた。その背後を、シャルガフと似た服装の人々が通りすぎていく。
飾り気のない鎧を纏う彼らは衛兵だった。手には担架。昨日今日で亡くなった人たちを乗せるため、それを持ちこんできているのだ。
その合間を縫うように、スバルは自身の推理をシャルガフに話していた。
チェイスの屍体を下ろしていたことが幸いし、一階に安置されていた遺体はすぐに運ばれていく。スバルの話を聞きながらのシャルガフの指示により、彼らは統率されていた。
しかし、二階に寝かされている残りの遺体はそうもいかず。衛兵の正装である鎧の重みも影響して、作業の後半は滞っている。頼みの綱のシャルガフは黙りこくったままだった。
「…………」
衛兵たちによる喧噪の中で、シャルガフの静寂が逆説的に騒がしさをもっているように感じられた。エミリアもまた、先刻のスバルの一言が後を引いており黙っている。他のふたりが喋らないために、スバルもなにも言わなかった。
「……シャルガフさん」
と衛兵のひとりが話しかける。今朝スバルに伝言を運んできた人物であった。その今朝のちょっとした騒ぎも、だいぶ昔のように思われて。
「……ええと、はい、なんでしょう」
「そろそろ運び出しが──、いや、まあ仕事が終わります」
「わかりました。ではすいませんが、詰所の安置室に寝かせておいていただけますか。かなり遠いですが」
「諒解いたしました」
文句ひとつ言うことなく敬礼が返される。そのまま彼は階段の下へ向かった。グリフィスの遺体を運ぶ衛兵とすれ違い、床にいったん置かれた担架の傍へ寄る。そうしてそれを持ち上げると、今度はふたりで歩み去っていく。
ハーシーの屍体だった。
「…………」
痛いほどの沈黙が立ち返る。
シャルガフはなにも言わず、エミリアは考えこみ、ふたりのためにスバルは話せなくて。
長い時間が流れたような錯覚ののちに、
「……ナツキさん」
「ああ」
「……ありがとうございました」
シャルガフの呼びかけが静寂を切り裂き、彼の礼がこだまする。対するスバルは目を白黒させていた。
「ナツキさんの協力がなければ、おそらく事件の解決にはもっとたくさんの時間がかかっていたと思います」
「えっと、それは……」
「はい。──完璧でした」
その言葉は、スバルという探偵にとって最大級の賛辞となるものだっただろう。その確信が当人ではない者にも通じるほどに。
「単に関係者がいなくなったという意味ではなく、真実がすべて明らかになり、犯人も動機も白日の下に晒されたという意味での、これは解決でしょう」
「……なんか、そこまで言われると照れるな」
「……いえ」
それを初めて経験する私にとってはそれほどのことなのです、と。
シャルガフの台詞が静かに響く。
「それで、ナツキさん。この後はどうなされますか?」
「どう、って……事件の関係で書類を書くことになったりするんじゃないのか?」
「ええ。ですが、ナツキさんやエミリアさんの話を聞くまでにはそれなりに時間があると思いますので。それまではどこかで時間を潰していただけると」
「そうか……じゃあ、いったん宿のほうに戻るか。ラムにも顛末を話さないといけないし。エミリアもそれでいいか?」
「うん」
あっさりと今後の予定が決定され、スバルとエミリアは席を立った。シャルガフもまた立ち上がる。
「改めてナツキさん──この度は本当にありがとうございました」
その言葉を背に受けて、エミリアたちはグリフィス邸を去った。
書類を書く際に再びやってくることになるかもしれないけれど、それを除いて、もうこの地を訪れることはないだろう。
そして、
◆◆◆
「悪いけど、エミリア……。俺はしないといけないことがあるから、先に宿に入っていてくれ」
◆◆◆
宿の目の前でエミリアと別れたスバルは、その足を進めていた。
陽は少しずつ沈み始めており。空もゆっくりと橙に染まっていくなかで、多くの住民が、やれ夕飯だ、やれ今日の仕事納めだと、通りを歩んでいく。
その雑踏に紛れるようにして、ナツキ・スバルは歩いている。
黒髪や服装は、ひとりであれば確かに目立つものなのだが、人混みに潜ればそう目を惹くものでもなく。声をかけられるようなこともなく、彼は進めていた。
『しないといけないこと』。
そのために移動しているのだろう彼は、しかしさほど歩みを速めるわけでもない。ゆったりとした歩調で、宿を離れていく。
あたりはすぐに暗くなり始めた。
シャルガフの口振りからすると、探偵と助手の証言が要るにはどれほど時間がかかるだろう。おそらく呼びにくると思われるが、今日中には伝令もこないと推測される。
ナツキ・スバルの歩みは変わらずに、
「しかし今回も、大変な事件だった」
そこで突然にスバルはひとりごちる。
同時、歩む向きがわずかに変化し。
「なにせ魔術なんて初めてだからな。一応の法則があるとはいえ、慣れるのも難しい」
二言目。
それがこぼれ落ちるとすぐに、歩く方向は明確に変わり。
「これからもまた遭遇するだろうから、魔術のことも学ばないといけないけど、それはさておき」
三言目。
その足はまっすぐに道の端を目指しており。
「例のごとく密室だっていうのもな……。使い古されたものではあるけど、だからといって暴くのが簡単ってわけでもないし」
四言目。
その言葉を放りながらも、スバルの身体は路地裏へと入りこんでいて。
「なにより、エミリアたちに隠さないといけないことがあったのが一番大変だったかな──」
五言目。
そして、ナツキ・スバルは振り返ると、
「そう、思わないか──?」
◇◇◇
ワタシを見て、言った。
「──ペテルギウス・ロマネコンティ」