聖女様の乙女心 ②
久々の我が部屋は片付けも出来てない、かなりに散らかったまま、召喚前と何も変わっていない。
目の前には、あの失恋した日に拾った白猫が座っている。
「お腹でも空いてる?ネコ缶でも買って来ようか?」
『いや~ね~。女神である私がお腹を空かせて、エサを強請る訳無いじゃない~』
「…エヴァ?――私…」
『送還の儀式は、成功したのね~』
「!!」
『あの大神官もシーリィの前では、冷静さの欠片も無いのね~』
元の世界に戻りたいと。
全てが夢で、早く目が覚めればいいのにと。
あれほど、願っていた事が現実になったというのに。
私の思考回路は止まったまま。
何も考える事が出来なくなってしまって「もう、召喚って、無いよね?」と白猫に、尋ねてしまっている。
『聖女の役目は、終わってるもの~。私の場合、次の聖女召喚って、新たな国王を決める時ぐらいかな~』
「――っ!!」
次の王位継承者を決める時って、一体いつになるのよ~!!
そんなに長く待っていたら、おばあちゃんになっちゃうじゃない!!
「ほ、他にないの?聖女の仕事って!!」
『う~ん、どうだったかしら~』
「エヴァ!!」
『何かあれば、聖女としての召喚対象はシーリィにしておくから~。それまでは待機ね~』
「ちょ、ちょっと!エヴァ!!」
『じゃあ、私はこれで。また、何かあれば再契約しましょうね~』
う、嘘でしょう!!
こんな簡単に終わっちゃうものなの?
「――っ、バ、バカーー!!」
よく自分の姿を見れば、ドレス姿のまま。
「わ、私の全財産が入ったリュック、置いて来たじゃないのーっ!!」
財布に携帯電話、定期券に近所のスーパーやドラッグストアのポイントカード類。
何より、ここのアパートの鍵も。
例え、ドレスを着替えても、戸締りが!!
「ここから出られん!!」
一刻も早く、取りに戻りたい!!
あのリュックが無いと、生活出来ん!!
『あー!ちょうど、いい人、見ーつけた!!』
頭の中に直接響く声に、私は『エヴァ!?』と、答える。
でも、目の前には何故か黒猫。
『あれ~、姉さまの知り合い~?』
慣れた、とまでは言わないけど、違和感なく黒猫と会話が出来る。
「あの、どちら様?」
『ふふ、私、ヴィルヘルミーナ。“ヴィー”って呼んでね』
「はぁ…」
『凄いわ!あなた!シンクロ率99%!』
その数値、前にも聞いたような…。
『こういう凄い人材、探しても、なかなか見つからないのにー!!ラッキー!!』
ラッキーって、言われても…。
『一度、姉さまの聖女をした事あるでしょう?だから、説明は省いちゃう!』
いやいや、説明は必要でしょう。
省いたりしないで、ちゃんと仕事はしなさいな。
『う~ん、でも一応簡単に言っておくね~』
嫌な予感しかしないが、聞くしかない。
『何でも、いきなり大神官の職を辞めたいって言う人が居て、新たな大神官を決めるのに至急力を貸して欲しいのよね~』
次は、大神官ですか?
…は?……大神官って、まさか!?
『ほんと、困っちゃう~。せっかく2年前に決めたばかりなのに、こんなに早く辞められちゃうなんて~』
「はぁ」
『こっちの世界の事を思うと、大変なのに~!!就活とか、収入とか、消費税だって――』
「あ、あの…」
『ヤダー!私ったら!兎に角、急いでるの!先にグローバーに行っちゃっててー!!』
黒猫は人の姿になり、それは女神エヴァンジェリンと似ている。
まさに白と黒。黒髪に濃紺色の瞳の女神。
『後で、合流しましょうね~』
軽い口調で言われて、私はまた異世界グローバーへと召喚されてしまった。
そして、落ちた先は――ちゃんと聖女の間。
「ぎゃっ!!」
「…っ!!??」
前回はイシュタルのベッドの上でだったから落ちた時の痛みは無かったけど、今回も全く痛みは無く…。
つまり、落ちた先は――イシュタルの腕の中。
ナイスチャッチ!!
「イシュタル!!」
「シ、シオリ!?」
2度目の私の登場で、この聖女の間に居る巫女も巫者も神官も、ざわめき驚いている。
「お、降ろして、下さい…」
「………」
そ、そんな怖い顔して睨まないで欲しい。
元の世界に帰して貰いながら、たった数時間で戻ってくる私ってどうなのよ!!って、感じですよね。
「あの、私のリュックが無いと、困るって言うか…」
「………」
「えーっと、イシュタル?」
「………」
少し首を傾げると、何故か、ぎゅーっと抱き締められて。
「きゃー」とか「わー」とか、悲鳴というか、歓喜に満ちた声が響く。
「シーリィ様!!」
あ、カイル!久し振り!って、あー、間違えた。数時間振り!!
『貴女、シーリィって言うのね?』
『えーっと、ヴィー?』
頭の中に届く声に答えると『もう!!先に決めちゃったの~?』と言われ、『何を?』と訊き返す。
『次期大神官』
『は?』
『だーかーらー!!奥さん逃げられて、仕事が手に付かなくなって、やる気の無くなった男が大神官を辞めるって言うから――』
「はぁーー!!??」
抱き留められたままの私はイシュタルの胸倉を掴み、ぐっと締め上げる。
「奥さんに逃げられたって、どういう事!!私以外に奥さんなんて、許さんっ!!」
ここで、ようやくイシュタルが言葉を紡ぐ。
「妻は一人だ」
「当たり前でしょう!!」
「妻はシオリだ」
「そうよ!!私がイシュタルの――」
「シオリしか、」
んっ?どういう事!?
この展開って…、つまり…。
イシュタル?
わわっ!!笑ってる!?
綺麗な男が笑うと、凶器だ。
目が!眩しくて、直視出来ない!
『んもう!仕方ないな~。一応、形式だけやってくわ~』
『な、何を?』
『シンクロ率、上げま~す』
『え?ちょっと、ヴィー!?』
エヴァの時と同じだ。
私の身体なのに、私の意識は小さな片隅に追いやられてしまう。
でも、無理強いでは無くて、少しの間、ここで待っててね、という感じだ。
「次期大神官は、貴方に決めます。神を敬い、命を尊い、尽力する者に、女神ヴィルヘルミーナの祝福を与えよう」
イシュタルに抱きかかえられたままの私が、イシュタルに向かい宣言する。
「お受け致します」と答えると、私をそっと降ろしてくれる。
『全く、前回と同じ者を選ぶなんて、何て無駄なの。手間掛けさないでよね~』
……それって、私のせいだって言いたいんでしょう。
「シーリィ様は、真の聖女です」
カイルが興奮気味に言うと、この聖女の間に居る人達は一斉に大きく頷き、口々に「シーリィ様こそ聖女の中の聖女だ!」とか「2度も召喚されるなんて!」とか、無垢な瞳をキラキラさせて、私を見ないでー!
私は普通に腹黒い人間なんですよ~。
「盛り上がってる所、申し訳ないんですけど、リュックを取りに戻って…」
最後まで、言えなかった。
言わせてくれなかった。
だって、勝手にヴィルヘルミーナが――。
「――女神ヴィルヘルミーナの名の下に約束しよう」
え?ちょっと!?
『ヴィー!?な、何を!?』
「聖女シーリィは、常に愛する大神官の傍で、女神エヴァンジェリンと妹神ヴィルヘルミーナと共にこの世界グローバーを守る事を約束させよう」
え?えっ、えーっ!?
ヴィー!
勝手に、私の人生、決めないでよーー!!
『ま、これで丸く収まっていいじゃな~い』
『収まるか!!』
『ふふ、仲良くね~。お幸せに~!』
女神って、こんな軽い感じでいいの!?
もう、どいつもこいつも、私の事、振り回して!!
「私はいつも幸せよ!!これからも幸せよ!!――だって」
そうよ!残念な女にだって、運命の糸があるなら、絡めて絡めて、解けないように堅結びにしてやるーー!!
「好きな人と結婚出来たんだからーー!!」
私は異世界グローバーで、愛を叫んだ。
『聖女様の乙女心』 END