大神官様の恋心
国王がご逝去されて、約1ヶ月が過ぎた。
そろそろ、女神エヴァンジェリンが選んだ聖女が召喚されても良い頃だ。
「大神官様、交代致します」
「いや、まだ」
「連日の召喚の儀式でお疲れのはずです」
「…すまない、カイル」
確か、前回の聖女召喚は半年以上掛かったという話だ。
さすがに魔法は体力を必要とする。
長丁場になるなら、休む時間を取るのも大事だろう。
仮眠を取る為、寝室で休む事にする。
目を閉じた瞬間、上から何かが落ちてきた。
まさか、この私が異変に気が付かせないものとは!!
痛みに耐えながら、その落ちたものを確認する。
闇の中でも、はっきりと分かる。細く、すらりした手足を隠す事もせず、胸元の広く開いた服を着、大きな黒い瞳を持った幼さが残る女性。
黒に、吸い込まれそうだ。
それが、シオリとの初めての出会いだった。
小柄で愛らしい容姿の聖女という噂は瞬く間に広がり、神殿内は否が応でも浮き足立つ。
神官や巫者までもが、一目でもと聖女の部屋にやってくる。
聖女がその中の誰かを気に入ったりしたら、と思うといてもたっていられない。
聖女の部屋は、私の自室の隣に用意した。
昔から召喚されは聖女は王族または聖職者の伴侶として、このグローバーに残るのが常である。
誰かのものになる前に、私のものにしなくては。
何故、そう思うのか。
不思議な感覚と、制御出来ない焦燥感。
この晴れない気持ちを一体何だと言うのだ。
「大神官様は、シーリィ様の事が気になって仕方ないのですね」
神官になったばかりのカイルは、人好きする笑顔を見せて言った。
「大神官様はシーリィ様の事を想って、ご忠告されているのでしょう」
「………」
「不慣れな異世界で、シーリィ様をお守りしたいのでしょう」
「………」
「大神官様のお気持ちがシーリィ様に伝わる事を願ってます」
「………」
そ、そういう事なのか。
私はシーリィを想っている。
あの日、シーリィが私の上に落ちた瞬間、私はシーリィに堕ちたのだ。
あの黒い瞳に私だけを映してくれれば、それだけで私は――。
しかし、シーリィに対する気持ちは、ままならない。
想いに反して、冷たい態度を取り、厳しい言葉を投げつけてしまう。
そして、最後には「聖女らしく」と口にしてしまう。
シーリィに対して“聖女”など求めていないというのに。
私とシーリィの仲が、険悪なものになっていくのを何も出来ずにいた。
「――シオリ」
何度も練習して、ようやく発音出来るようになった名前。
しかし、既に、シオリは聖女としての役目を昨日終え、今日にも送還の儀式で元の世界に帰ると言っている。
次期国王を決める際にも「私は、これが済んだら、ささっと元の世界に戻るんだから!!」と、唐突に宣言していた。
さすがの、私も落ち込んだ。
しかし、このまま何もせず、シオリを見送る事など出来やしない。
シオリに少しでも私の想いが伝われば――「元の世界に帰さない」と。
「シオリは、私の妻として迎える事にした」
そのままの気持ちを言葉にして、シオリに告げた。
その後、カイルに窘められた。
10歳も年下の若者に「大神官様は、もう少し女性への言葉など、配慮が必要です」と言われてしまう。
つまり、求婚するならするで、もっと雰囲気作りをするとか、プレゼントを用意するとか、色々あるではないですか?と言われる始末。
「送還魔法は、私にしか扱えないという事にしました。しかも、わざと間違えて失敗し、シーリィ様は私の実家で預かる事にしました」
カイルには感謝の言葉もない。
情けないが、聖職者としては魔力はあるが、男としてはこの程度だ。
恥も外聞も無い。
私は神殿に居る全ての者に協力を仰ぐ事にした。
それから、1ヶ月。
私にとって、シオリに会えない日々は、今までに経験した修行以上に辛い日々だった。
だが、神殿の総力を上げて、短期間で結婚の準備が完了した。
そして、シオリを迎えに行く。
深夜にも関らず、巫女や巫者、神官達までもが祝福してくれる中、盛大な婚儀を終え、今、こうして私は大神官と聖女の為にと用意してくれた部屋に入室する。
後先、逆になってしまったが、ちゃんと求婚の言葉も練習した。
一通り、シオリに似合うドレスも宝飾品も多く用意した。
だが――。
「エヴァー!!シンクロ率、上げていいから、後はよろしくーー!!」
結局、用意したシオリへの言葉は無駄なものになってしまった。
「――女神、エヴァンジェリン?」
「――は~い」
「シオリは?」
「…居るには~、居るけど~、かなり、現実逃避してる~」
「………」
「もう、いっそ、ヤっちゃう?中身は私だけど、身体はシーリィだし~」
「………」
「ま~、既成事実、しちゃう~?」
「……、否、止めておこう」
シオリの顔で「え~、いいの~?」と言う。
いいも悪いも、たった今、結婚したと言っても同意が無ければ犯罪だろう。
「私も、シンクロ率99%の人材を~、簡単に手放すなんて、勿体無い事出来ないしね~」
「シーリィみたいなタイプは、外堀をこれからもどんどん埋めていけばいいのよ~。私も協力するよ~!任せなさ~い!」と、女神は微笑む。
そして――。
「私に作戦があるの」
と、言った。
『大神官様の恋心』 END