【3】
だかが靴擦れ如きに、包帯でぐるぐる巻きにされてしまった私の足。
なんと、意地の悪い!!これじゃあ、歩けない!!歩かす気、無しって事か!!
「手当てをしますから」とソファに降ろされ、イシュタルの手で薬を塗られる。
足を捉えたら、立つ事すら出来ず、ソファの背に仰け反るようにして座り、顔を背ける。
「一体、いつから怪我をされていたんです」
「………」
「シーリィ殿」
「………」
無視を決め込めば、イシュタルは大きな溜め息を付いて、何も言わなくなる。
これ以上、嫌味を言われるのは我慢出来ないので、相手にしないのが一番だ。
「シーリィ様」
この部屋の空気の重さを一切感じない人物、カイルがにっこり笑って入ってきた。
「シーリィ様、新しい靴をお持ちしました」
そう言って、カイルは私の足を取り優しく靴を履かせてくれる。
「どうですか?」
「うん、サイズもぴったり!!カイル、ありがとう」
カイルも、やれば出来るじゃん!!
私の為に靴を用意してくれるとは、しかも、傷口に触れないようにサンダルを持ってきてくれるなんて、気が利くじゃない。
そして、イシュタルは「カイル、後を頼む」と言っていつもの無表情で出て行った。
カイルは靴以外にも、私にお菓子をお茶を用意してくれていた。
それをいい事にお茶を飲みながら、私は中庭で有った出来事からこの部屋でイシュタルに治療を受けざるを得ない状況に至るまでをグチグチと語り始める。
「カイルと一緒に中庭に行けると思っていたのに!!」
「申し訳ありません。実は父が朝からギックリ腰になってしまって…」
「え?」
「お店の方が母だけでは…。嫁いだ姉が応援に来るまで、仕方なく私がお店を手伝いに…」
「お店?」
「はい。定食屋をしています」
じーっと、カイルの顔を見る。
そう言われると、多くの色んな客を相手にしてきましたって感じで人当たりはすごくいい。
私の暴言に近い愚痴も、嫌な顔を一つせず、聞いてくれる。
「カイルって、聞き上手って言われる?」
「はい。よく話を聞いて欲しいと言われます」
私が「カイルって、良い聖職者になれるよ、きっと」と言うと、本当に嬉しそうに頬を上気させ「ありがとうございます」とお礼を言う。
「あ、シーリィ様!大事なお話をするのを忘れる所でした」
次期国王継承者を決める儀式は1週間後に行う事になりました、とカイルは教えてくれた。
ごってごてのドレスは鎧でしょう!って、言いたくなるぐらい重い。
頭上に載るティアラも拷問か!って、いうぐらい重い。
総量何㎏あるのよ!!って、叫びたい。
さすがに靴はピンヒールじゃなくなったけど、転んだりしたら最後、一人で立ち上がれる自信無いわ。
神殿には聖女の間という部屋があるという。
そこで、聖女関連の行事を行う。
ただ、そこに行くだけで私はヘトヘト。
「シーリィ様、手をお貸しましょうか?」
後ろからカイルが心配して言葉を掛けてくれる。
「大丈夫よ。でも、後ろに倒れたら支えなさい」
と、ちょっと聖女っぽく言ってみる。
どんな事が有っても、前にだけは倒れるまい。
私の歩幅を考えて、先導しているのは大神官イシュタル。
有り難いけど、もう少しスピードを上げても大丈夫なんだけど…。
いっその事、その長いマントの裾を踏んでもいいですか?
踏みたい。踏みたい!踏みたい!!
ああっ!とか。
うわっ!とか。
あのいつも澄ました顔が慌てふためくのが見たい。
…いや、今は止めておこう。
次期国王を決めちゃったら、私は帰れる。
帰る寸前で、何かガツンとイシュタルに置き土産を投げつけてやろう。
何がいいかな?
そんな事を考えていると顔がニヤニヤする。
すると、突然イシュタルが振り向き「聖女らしく」と、いつもの冷ややかな目で注意を受ける。
ムスッと口を尖らせる私の横にイシュタルは並び、私の腕を取る。
「ちょっと!!?」
イシュタルが自分の腕に私の腕を絡ませる。
な、何をするんだ!この人は!!
「転倒防止です」
至極、真面目に言われ、言い返す気力も無い。
重過ぎるドレスで体力も無い。
出来るだけ、身体がくっ付かないように隙間を作ろうと努力する。
私は振り返り、ジロリと睨んでも、カイルは意味も分からずニコニコしてるだけ。
聖女の間は、こじんまりとしたチャペルを思わせるような造りなっている。
本来、カイルの召喚魔法がちゃんと成功していたら、私はここに落ちていたはず。
何をどうすれば、大神官の寝室に落ちるんだ!
大きな窓から差し込む光が満ちて、等身大の女神像をより神々しく輝かせている。
慈愛を浮かべた表情の女神像と私の知る女神エヴァンジェリン。
想像と実物って、こうもかけ離れた物になるのね。
そして、女神像の前に豪華な椅子が一つ。
イシュタルに案内され、私は腰を掛けた。
既に待ち構えていたのだろう、王族達が私に対し一礼して顔を上げる。
次期国王候補が、私の前に3人。
その3人の後ろにも――王族達なんだろうね、もう家族です!って感じです同じ顔が揃っている。
『お待たせ~』
私の頭の中に声が届く。
『エヴァ、来なかったら、どうしようかと思ってたんだから!!』
『いや~ね~、仕事放棄なんてしないわよ~』
『だって、こっちに来てから話なんて碌にしてないでしょう!!』
『女神業も、あれこれ忙しいのよ~』
何を言っても、のんびりした口調は変わらない。
私はもういい加減、諦めて本題に入る事にする。
『それで、誰にするの?』
『う~ん、シーリィは誰がいいと思う~?』
『…わ、私が決めるんじゃなくて、エヴァでしょう!!』
『あら、案外、国王と聖女のカップルって出来ちゃうのよ~』
『なっ!?』
『過去に何組か、カップル誕生してるんだから~』
冗談じゃない!!
聖女って、そういう風に見られていたの!?
「私は、これが済んだら、ささっと元の世界に戻るんだから!!」
ここに居る全ての視線を集めてしまった。
咄嗟の事でエヴァとの会話を口に出してしまっていた。
恥ずかしい!!
でも、今のが本音だ。
これが済んだら、即行だ!!帰ってやる!!
『じゃあ、シーリィの好みで選らばなくていいのね~』
あ、当たり前でしょう!!
エヴァは『シンクロ率、上げるよ~』と言い、意識が消えそうとか、遠退いていくとか、そんな事じゃなくて、まるで部屋の隅っこに追い込まれたような感覚。
身体は私のものだけど、自由が利かないって変な感じ。
立ち上がった私は、ゆっくりと候補者3人の前――を通り過ぎ、一番部屋の最後尾に立つ若い男の前に進む。
そっと頭上にあるティアラを外し、私は「次期国王は、貴方に決めます」と宣言する。
誰もが予想外の出来事に、どよめきが起きる。
「国を思い、民を思い、努力する者に、女神エヴァンジェリンの祝福を与えよう」
誰よりも驚いたのは、その男だ。真っ青な顔をして「自分は王の血を引いているが、母は――!!」と必死になって断ろうとしているのが分かる。
「血筋など関係無い。私が求めるのは、国を繁栄させる力を持っているか否か」
若い男は、諦めたのか、受け入れたのか、女神の決定のを覆す事なんて出来ず、片膝を付いた。
「貴方の国をこれからも守っていく事を約束しましょう。貴方はこの国を今以上に繁栄させるのです。私に名を名乗りなさい」
「――私の名は、ローランドです」
私は、手にしていたティアラをローランドの頭上に載せる。
「今、ここに、新たな王の誕生である。ローランド国王が有る限り、全ての災いを打ち砕こう」