【2】
翌日、カイルの言葉通り、中庭への出入りを許可された私は神殿を出て、晴天の下、綺麗な花々を愛でている。
まるで中世ヨーロッパか、ここは!!
って、ツッコみたくなるような、まるで迷路のような作りになっている。
が、私の気分はどんより黒い雲に覆われ、今にも嵐がやって来そうなほど。
何故故に、隣に立つ者がイシュタルなのだ!!
さすがに、中庭に来て小一時間、ひと言も言葉を発しないイシュタル。
私も一切会話無しと決め込んでいる。
てっきり、カイルが一緒に来てくれるものとばかり思っていたのに「案内は私が」と言われた時、聞き取れなくて「もう一度」と訊き返してしまった。
それが、いけなかったのか――。
「シーリィ殿、私ではご不満ですか?」
はい、不満です。
と、喉元まで出てるのを我慢し「いいえ」と言うしかない。
ここで、反抗して中庭行きが無くなったら、元も子もない。
いかにイシュタルを視界に入れないように、俯いて歩き、人知れず、大きな溜め息を付く。
そもそも、第一印象が最悪だった。
話をよく聞くと、女神が聖女を召喚する訳ではなく、神官が召喚魔法で聖女を呼び寄せるというもの。
定期的に召喚の儀式と行い、女神がチェックを入れた人間が居れば召喚対象となり異世界へ、居なければ誰も来ないという仕組みらしい。
今回、私を召喚したのはカイル。
初めての召喚魔法で、かなりテンパってたようで、私が落ちた先は大神官イシュタルの寝室のベッドの上。
お休み中の所、思い切りダイブしたので、かなり驚かせてしまった。
しかも、結構な高さから。
でも、それって、私の責任じゃない!!
アンタの部下のカイルが、へっぽこだったせいでしょう!!
なのに、イシュタルは私の顔を見る度に不機嫌オーラ全開。
しかも、私の笑顔――愛想笑いだけど――を見て、嫌な顔をするなんて、どうせ私は不細工ですよ。
慣れない異世界の靴は、踵が高く歩き辛い。
もちろん、元の世界のもピンヒールなんていう品物があるが、あれで、走る事が出来るのかと、問いたいくらい。
友人曰く、あれは走る為の靴ではなく、スタイルをよく見せる為の物。本気で走るならランニングシューズがあるでしょう。
納得です。
少しふら付きながらゆっくり中庭を歩くしかない私。
部屋に居る時は、靴を脱いで裸足で生活していたのよね。
ドレスだし、座っていれば、誰にも靴を脱いでるなんて知られないしね。
「――シーリィ殿」
「はい」
「女神エヴァンジェリンとは、交信はされているのですか?」
「交信?――あ、えーっと、話は出来ますし、姿も見えます」
「どのような話を」
「話と言っても、世間話と言うか、井戸端会議並みの…。兎に角、話の内容より、言葉遣いは馴れ馴れしくって、軽いです」
「………」
あ、女神のイメージ崩しちゃ、マズいか!!
「あ、でも、エヴァの姿はそれは正しく女神そのものですよ。最高傑作の芸術品のようです、はい」
イシュタルが、崇拝する女神を褒めとけば問題無いよね。
「女神を“エヴァ”と――」
えっ!?そこ!?
「あ、あの、エヴァンジェリンと名前が長いので短く呼んで欲しいと、はい」
「そうですか」
抑揚の無い声色のイシュタルは相変わらず無表情で、どっちかって言えば、貴方の方が“最高傑作の芸術品”のようだと言いたくなる。
見ている分には、この大神官は綺麗な人だ。
私の世界に来れば、キャーキャー言われてモテますよ。私が保証する。
私の少し先を歩くイシュタルの背を見ながら歩く。
少しずつ私をイシュタルの距離が開き、離れていく。
イシュタルは気付かないようで、私も「待って」とか「もう少しゆっくり」とか、声を掛ける気も無い。
逸れたら逸れたで、いいや。
丁度、いい所に腰を掛けるのに良い大きさの石が有ったので休む事にした。
「はぁ、しかし、この靴、歩けないじゃない」
痛みを感じていたので、脱いで足を見ると、思った通り靴擦れ。
小指の皮が捲れて赤くなっている。
そのまま靴を持って、裸足で歩いて行くと、小川が流れているのを発見。
ドレスの裾を濡らさないように、よいしょっとと持ち上げ、小川の中へ足を入れる。
冷たい水が痛みで熱を持った足を癒してくれる。
「気持ち良いー!」
誰も居ないというのと、水が気持ち良くて、足で水を蹴り上げる。
バシャっと跳ね上がった水が、日の光に当たってキラキラと綺麗。
部屋で過ごす事が多かったせいか、ようやく得た開放感からか、夢中になってサブサブと水の中を歩く。
「シーリィ殿!!」
「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、ゆっくりと顔を上げると、そこに私の靴を持ったイシュタルが立っていた。
鬼も真っ青になるんじゃないのっていうぐらい怖い表情をして「振り向けば、貴女は居ない」と言われ、「探してみれば、ここで水遊び」と呆れられ、「ドレスの裾をたくし上げて、素足を晒して」と叱らる。
せっかく、楽しくて良い気分だったのに、一気に気持ちが沈んでいく。
「お怪我をしているのでは?」
「は?――ぎゃあ!!」
ちょっと、待って!!
この状況、理解出来ないって!!
「暴れられると落とします」
「いや、だから、落とさず、降ろして!!」
いきなり、小川の中に入ってきたイシュタルは私を横抱きにして歩き出し、そのまま軟禁部屋へと連れて行かれてしまった。




