届かない手紙
昼休みの調理準備室。
普段、昼休みの調理準備室は、料理部の部室(溜まり場)として使われているのだが、今日は料理部とは関係ないことで、数人の生徒が集まっている。
探偵同好会の活動である。
料理部の2年生の一部は、探偵同好会(非公認)を兼任していて、活動の場として調理準備室が使われているのだ。
探偵同好会と言っても、推理小説を読む会ではない。学校内外の事件に首を突っ込み解決する探偵同好会だ。そして、料理部に入ったはずの私、千堂茜も、いつの間にやらそのメンバーに含まれていた。
「ラブレター以外は盗まれていないんでしょ。そんなのまた書けばいいじゃないの。それに、どうせなら直接告白すれば。もう一度書く手間も省けるし」
髪の毛がボサボサな女子高生、宮下五月は、私を見上げ、不思議そうに呟いた。
そして、再び弁当を食べ始めた。
宮下は女性の私から見ても、小さくて可愛らしい女の子だった。髪型はミディアムのふんわりとしたボブ。瞳は丸くて大きく、少したれ目。顔の作りは小学生に間違えられる程の童顔。黙っていれば、本当に愛らしい女性だった。
でも、可愛いのは外見だけ。言動も行動もガサツで、自分のお洒落や色恋沙汰には無関心。好きなものは推理小説で、憧れの人物はコロンボに金田一幸助と明らかにファッションに問題がある人物だ。
そのため、「見た目は美少女、中身はオッサン」という残念な女の子だった。もっとも、私も「見た目は男、性別女」なので人のことをとやかく言える立場にないのだが。
「それで済んだら、五月に相談しないわよ。それにあなたのその態度は、なに?」
宮下五月は探偵に憧れていて、本来事件の調査は大好きなのだが、今の宮下は見るからに、あまり乗り気ではなかった。
理由は、単純にもう一回書けば良いと思っているからだろう。
「あなたは恋愛に無関心かもしれないけど、普通の乙女は恋に命を懸けているのよ」と私の隣に居る鈴木さんが、普段からは考えられない凄い剣幕でまくしたてた。鈴木さんは、メガネに三つ編みでクラス委員で文学部と真面目を絵に描いた少女だった。そして、恋愛小説好きで恋愛原理主義者的な面があった。
「ふ~ん」と宮下は気のない返事だ。
命を懸けるのならばもっと有意義なものに・・・そんな言葉が喉元まで出ているような表情を宮下はしていた。
反論したい気持ちはあったが、これ以上言うと何を言われるか判らないので止めたといったところか。触らぬ神に祟りなしということなのだろう。
彼女としては賢明な判断だ。私の日ごろの教育の賜物だろう。
「それにね、人が話をしているときは、弁当なんか食べないで、ちゃんと話を聞くのよ」と鈴木さんの剣幕は続く。
もっとも、いくらすごい剣幕でも、怖いというより可愛いと感じてしまう。
標準よりかなり大柄な私、千堂茜には出来ない芸当だ。
自分では、そうは思わないのだが、私の場合は何でも和田○子並みに恐ろしいらしい。確かに、ショートヘアーだし、細身だ。しかも、身長は和田○子よりも大きい、180センチだ。○子と呼ばれないためにも、ここは大人しく見ていよう。
「頼りにしているんだから、きっちり、協力してもらうわよ。これは委員長命令よ」と鈴木さんは、私でも無茶苦茶なことを言っているなと思うような言葉で、宮下に協力を依頼した。
◇ ◇ ◇ ◇
隣の調理室で待たせていた、依頼人を準備室に呼び、事件の概要を宮下に説明した。
事件の概要は簡単だ。
昨日の三時限目の体育の授業の間に、机の中に置いておいたラブレターが盗まれたのだ。
ラブレターを書いたのは、隣クラスで宮下の知り合いの西村智子。
目立たないが、ロングヘアーの小さい可愛い女の子だ。男たちの間でも、可愛いほうの部類に入るほうらしい(噂)。そして、ラブレターの宛先は、大沢健二というクラスメートだ。
取り立てかっこいいということはないが、テニス部所属のスポーツ好きの好青年といったところだ。スポーツ青年らしく爽やかさがあり、何よりも2年生の中ではレギュラーだ。
好意を示している女性は何人か居るが、特定の恋人は居ないようだ。
その日、告白を決心した西村さんは、ラブレターを放課後に手渡すか、机、ロッカーに入れるつもりで、机の中に置いておいた。しかし、三時限が終わった後に、机の中を調べたら、無くなっていたのだ。
小説とかに出てくる殺人事件に比べれば、格段に深刻度は落ちるが、盗まれた本人にしてみれば,小説の中の殺人事件よりもよっぽど深刻だろう。
事実、少しは落ち着いて来たとは言え、隣に居る西村さんは、今も多少自失気味である。
そんな彼女を見るに見かねたのが、西村さんの友人で、私とも友達である鈴木さんだ。そして、鈴木さんは、私に相談を持ちかけて来た。
なぜ、私に相談を持ちかけたのかと言うと、私がたびたび事件に首を突っ込んでは、事件を解決していたからだ。
もっとも、事実は少し違っていて、私の手に負えなかった難事件、怪事件は、この一見変り者、事実変り者の宮下五月が解決しているのだ。
そう、この事件は一見簡単そうなのだが、私は行き詰ってしまったのだ。
ともあれ、もしかすると謎を解いてくれるかもしれない、と私たちは昼休み中の宮下を引っ張り込んだのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「無くなったのは、三時限に間違いないと」と宮下は再度確かめた。
宮下の口調は、少し男っぽくなっていた。これは宮下が探偵モードに入っているときの特徴だ。宮下本人は、ホームズ気取りでホームズのマネなんだけど、周囲には全然伝わっていなかった。
「二時限と三時限目の間の休み時間に、一度確かめたら間違いありません。机の中に入れておかないで、カバンの中に入れて持ち歩いておけば良かったんだけど....」と西村さんはさらに自分を責めて落ち込んでしまう。
気がついたのが、三時限目の体育の終了後なので、盗まれたのは、二時限終了後から四時限目の開始前ということだ。
「盗んだ方が悪いんだから気にしなくて良いよ。それよりも、他のものは何も盗まれていないんだよね...」
「はい」と西村さんは答えた。
「物的証拠や目撃証言は期待できそうないかな」と宮下。
休み時間に入って盗むことは可能だが、廊下には生徒が居るため、出入りする人は目撃される可能性が高い。そのため、クラス外の人間が勝手に入り込んで盗むのは意外と難しい。
となると、犯人は出入りしても怪しまれず記憶にも残らないクラスの人間か、目撃者が出ない体育の授業中に入った可能性が高い。
「盗まれたものが特殊なものだから人間関係から考えていくのが一番だと思ったんだけど。行き詰っちゃって」
私は、補足の説明をした。
「当然、人間関係は、既に調べているんだよね」
「もちろんよ」
「じゃあ、だいたい、犯人の目星はついているんでしょ?」
宮下は、私の調査の能力や推理力を信頼している。もっとも、自分が楽したいだけかもしれないけど。
「西村さんと同じ2-Bの大塚さんよ」と宮下が答えた。
「動機は?」
「大塚さんも、大沢君を好きなのよ。それに体育の授業が始める前に、教室に戻っているのよ」
「それはかなり重要な事実だね。茜ちゃんの推理は、西村さんの告白を妨害するために、ラブレターを盗んだってことね」
「そう」
だけど、私の推理は、早々に詰まってしまった。
「でも、あたしに相談しに来るということは、やっていないって証拠もあるわけだ」
「証言者がいるのよ。大塚さんがやっていないという」
私の推理は良い線行っていたと思ったんだけど、たった一つの事実で行き詰まってしまったのだ。
そのため、私は名探偵である宮下五月に助けを求めたのだ。
「誰だい、その証言者は」
「大沢君よ」
「これはこれは」と宮下は、嬉しそうに目を輝かせた。
一方、鈴木さんは宮下のその表情を見て、不満げだ。どうも、宮下が人の不幸を楽しんでいるように見えたのだろう。鈴木さんはあまり宮下五月とは付き合いがなかった。そのため、宮下に話すをあまり好ましく思っていなかった。それを私が説き伏せ、西村さんが承諾して、鈴木さんも折れたのだ。
「大沢君も教室に忘れ物を取りに行っていて、大塚さんが部屋に入った直後に、部屋に入ったらしいのよ」
「ずいぶん、みんな忘れ物をしてるだね」
「そうなのよね。そこが胡散臭いんだけど」
私自身、引っかかっていたのだが、このことがどう事件に関係があるのか、予想がつかなかった。
「大沢君は大塚さんが取ったところを見てないわけだ。」
「見ては、いないわ」
「直後って行っているけど、何秒くらい後」
「5秒くらいかしら」
「大沢が教室に入ったとき、大塚さんは、どこにいたの?」
「大塚さんの席よ」
「西村さんの席の位置関係は」
「西村さんの席は最前列で教壇側。大塚さんは反対で一番後ろ」
「なるほどね。大塚さんには取る時間はないわけだ。大沢君と大塚さんの証言は一致していた?」
「えぇ、一致してたわ」
「大沢君と大塚さんは、一緒に部屋を出て授業に戻ったの」
「そうよ。だから、大塚さんが戻って取りに行くのは無理なのよ」
「教室の出入りはそれで間違いないの?」
「少なくとも休み時間中に、それ以降、部屋に入った人間も出た人間も居ないわ」
「まだ、ラブレターは見つかってないんだね。ゴミ箱とか探した?」
「探したわよ。茜ちゃんと手分けして外や焼却所まで探したんだから。ねぇ」
私は大きく頷いた。ゴミの山を探るのは、嫌だったが、事件解決のために我慢した。
「ご苦労様です」
宮下のその言葉に心はこもっていなかった。
「ラブレター以外に盗まれたものはないそうだけど。悪戯とかは、されていないんだよね」
「ラブレターが盗まれた以外はないわ」
「う~ん、詰まったね」と宮下は頭をかきながら言った。
「だから、あんたに、相談しに来たのよ」
「判った?」と私は多少の期待を込めて宮下に尋ねた。
「ぜんぜん」
「駄目じゃない」と鈴木さん。
「ところで、西村さんはどうして、大沢が好きなの」
宮下は突然話を切り替えた。
「事件に関係あるの」
「あるさ。大有りだよ」
本当だろうか。ただ単に、興味本位のような気もするが...
「...やさしいところかな...」と西村さんは、少しためらいならが、恥ずかしそうに答えた。
「2、3調べることがあるけど、大体犯人は判ったよ」
「えぇ、もう、判ったの。先までは、全然判らないって言ったに」
「閃きとは、こんなものだよ。まぁ、これは推理小説じゃないからね。そんなに難しくないよ。そうだね。6時に、この教室で教えるよ。ヒントは教室の後にある大塚さんの机の位置かな」
なぜ、盗まれた西村さんではなく、容疑者の大塚さんなのだろうか。
「いまじゃないの」
「2、3調べることがあるって言ったでしょ。期待して、待っててよ」と宮下は悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇
西村さんと鈴木さんを連れて、千堂は6時10分に教室を訪れた。
だが、教室の中を見ても宮下はいなかった。
「私たちが遅れて来たから、怒って帰ってしまったんじゃないですか?」とすまなそうな西村。
「気にしなくていいのよ、西村さん。どうせ、また、遅刻ね。五月、時間にルーズだから」
「そうなんですか」と鈴木さん。
「そうよ。だから五月と待ち合わせるときは、30分早く言うようにしているの」
「それより、ヒントが大塚さんの机って、どういうことからしら」と鈴木さん。
「時間もあるし、ちょっと調べてみましょうか」と私は皆に提案した。
「でも...」と西村さんは人の机を勝手に調べることに戸惑いを露わにした。
「いいじゃない、事件解決のためよ」と鈴木さん。
鈴木さんは真面目だけど融通が利くクラス委員長だった。
しかし、調べても何も判らなかった。
判ったのは、大塚さんが落書きもせずに、机をきれいに使っていることぐらいだ。
「何か、見つかったかい?」と窓の方から宮下の声が聞こえた。
教室の隅に集まっているカーテンが揺らめくと、宮下がカーテンの後ろから現れた。
「何やっているの?」
「見てのとおり、隠れていたんだよ。遅刻せずに、茜ちゃんたちよりも早く来てね。ところで、犯人が判ったら、どうするつもりなの? 犯人を責めるの?」
「当然でしょ」
「・・・それじゃ、犯人を言うわけには行かないかな」
「なんで犯人を庇うのよ。五月の知り合いなの」
「・・・まぁ、そんなところかな」
宮下は何か勿体ぶっていた。
「五月。ちょっと、こっちに来なさい」
私は宮下を呼ぶと、プロレス技のフロントネックロックのように脇の下へ宮下の首を抱え込みガッチリ抱えた。
「すぐに吐きなさい。吐けばすぐに外してあげるよ」
ひょっとして、私たちは今新たな事件の目撃者と鈴木さんは思ったが、とりあえず事態を見守ることにした。
「くっくっ苦じ~いよ。茜ちゃん」
千堂は、宮下から手を離した。
「大沢だよ」
「大沢君が何で」と西村は信じられないという表情だ。
「大沢も、西村さんのことが好きなんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、西村の表情が赤くなった。
事の次第はこうだ。
西村さんのことを好きな大沢は、西村さんにラブレターを出そうと思い、西村さんの机の中を見た。ところが、別の手紙が入っていた。悪いとは知りながら、気になって手紙を取って見たところ、ハートマークの付いた手紙だ。誰かが西村さんに出したのか?それとも、西村さんが出そうとしているのか?彼は、思わず破いてしまった。そんなときに、廊下から誰かが近づいてくる足音が聞こえたんだ。彼は戻すにも戻せず、困ってしまい、手紙を持ち出してしまったのだ。
「でも、大沢君は塚本さんの後に入ってきたんじゃないの」
「大沢君は部屋に隠れていたんだよ。さっきのあたしみたいにね。もっとも、大沢君はただしゃがんだだけなんだけどね」
「足の部分は、机が邪魔をして見えなし、西村さんの席のそばには教壇があるからもっとわからない」
「そんな簡単な方法で隠れられるの」
「現に、あたしに気がつかなかったじゃないか。それにもう一人にもね」
顔を見合わせた。
教壇の中から背の高い青年があらわれた。
大沢君だ。
西村さんを見ると、今まで以上に顔が赤くなっている。
「もう、あたしにやることはないね」
そう言って、頭をかきながら宮下は教室を出て行った。
宮下の言う通りだ。私たちも二人を置いて教室を出て行った。
「それにしても、大塚さんは何をやっていたのかしら」
「それはいろいろと探りを入れるためでしょ。たぶん、ライバルである西村さんの行動がおかしかったから警戒したのよ。女性の勘は鋭いから」
「なるほどね」
「じゃあ、あたしは帰るね」と宮下は、そそくさと帰ろうとした。
おそらく帰って、CSIや相棒の再放送を見るためだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
「あっ、聞き忘れた」
まだ腑に落ちない事があるのだろうか、鈴木さんは宮下を追って走り出した。
「待って。ちょっと待て、宮下さん!」
追いかける鈴木さんに、宮下は億劫そうに立ち止まり、振り返った。
「まだ何か?」
「一つだけ。一つだけ聞きたい事があるんだけど」
「何?」
「どうして、大沢君が怪しいと思ったの」
「なんだ、そんなこと。あたしが一番初めに疑問に思ったのは、皆と同じように、何でそんなものを盗んだかということ」と宮下は得意げに説明し始めた。
「いい。犯罪っていうのは、悪意だけで起きるとは限らないのよ。ほんの偶然やお節介という善意で起きることだってあるんだ。例えば、第3者の人間が代わりに出したとかね。だから、大沢君に探りを入れたんだけど、大沢君は貰ってはいないことが判った。でも、返答の態度が微妙だったんだ。そりゃそうだよな。本人は直ぐにでもOKしたいのにできないんだから」
「だったら、私たちが行った時に、すぐに、名乗り出れば良かったのに。そうすれば、こんなに大騒ぎにならなかったのに」
「そんなことも、判らないの」
「...?」
私には宮下が何を言わんとしているかが良く判らなかった。
「人の机を無断で探って手紙を開けるなんて、印象を悪くしかねないでしょ。それに電子メールがある世の中で、なぜわざわざ手紙なんて使うのか。そこがこの事件のポイントなんだよね」
「そうですね。大沢くんは、西村さんから直接ラブレターを貰いたかったんでしょ」と鈴木さんが宮下の代わりに答えた。
「その通り。通常なら差ほど気にしなく良いものも、異常に気になってしまって正常な行動ができない。恋する乙女の心理が微妙なように、恋する青年の心理も微妙だということだよ。さすが、鈴木さん。彼氏が居るだけあるね。まぁ、茜は男性心理は、まだまだ...」
「えっ...あっ...ちょっと、待った...」
宮下が、この後、どうなったかは言うまでもない。
楽しんでいただけましたでしょうか。シリーズものですので、他の作品も読んでいただけますと光栄です。