緑の殺意
双頭門を走り抜け、出た先は何処かのビルの屋上だった。
そこそこ高いビルらしく、遠く離れ、霞んだ山が見える。
「これからどうするんだ?」
「これを使うのさ。」
明日香がポッケから半径2cmほどの小さな円形の物を取り出した。
「ラムズって言ってね。地獄から数匹モンスターを召喚することが出来る。」
「地獄?」
「簡単に言えば、魔物の巣窟。」
「第一、そんなことして超強いモンスターとか来たらどうするんだよ。こんな街中で。」
「勿論、場所は移すわ。あとこのアイテムは精々、ゴブリンってとこね。たいして強いのは来ないわ。」
「...そう。」
明日香は俺の頭に手を乗せ、自信いっぱいの笑みで言った。
「大丈夫だって。もし上級モンスターが来ても私と真里亜があなたを守るわ。」
胸に来る言葉だった。不安げな俺を心から心配してくれてる、そんな明日香の思いが伝わってきた。
「じゃ、そろそろ行きますわぉ。
あの辺の山でいいかしらぁ?」
「うん、よろしく。」
明日香の返事と共に、真里亜が俺の傷を癒してくれた時の様に、胸の前で手を組み、祈りのポーズをした。
すると俺と明日香と真里亜の下に、丸い魔法陣ができた。魔法陣から青白い光が俺たちを包みむ。
そしてその光が晴れた先には一面木々で覆われた山に移動していた。
夜だからか、虫の鳴く声がする。歯の隙間から漏れ出す月光が僅かに足元を照らしていた。
「テレポート。私の魔法の一つよん。」
「ありがとう。」
再度明日香がラムズを俺の前に出した。
「本当にいいのね?5、6匹くらいしか来ないと思うけど、あんた初めてだしね。」
心配して様子で俺の顔を覗きこむ。だが、決めたんだ。強くなるって。
「あぁ、始めてくれ。」
明日香が10m程、俺から離れ、ライズを指で押しつぶした。
パキッと割れた音に続き、割れた位置から周りに向かって、衝撃波のように風が巻き起こされた。強い風で落ち葉が舞い散り、コートは激しく揺れた。
激しい暴風が収まり、辺りが再び沈黙が訪れた時、先程明日香が立っていた位置に魔法陣が描かれている事に気がついた。
俺たちが描く魔法陣とは違い、血のようなどす黒い赤色をしていた。
するとその魔法陣から赤い光が出て来た。ここまでは俺たちと変わらない。が、光が去ったあとに大きな違いに気が付いた。
「まさか、こいつらが...。」
「そう。地獄の住人さ。」
そこに現れたのは、5体の魔物。肌が深い緑色で瞳はダークパープル。動物の皮の様な物で作られた衣類は返り血らしき血痕が所々残っている。手には刃こぼれが目立つ大きな斧があった。
「ゴブちゃんの小隊ですわぁ。初心者には丁度ですねぇ。」
真里亜はだいぶ余裕があるように見えるが、俺にはそんなものは皆無だった。
モンスターとか魔物なんてゲームの中でしか見たことがない。ましてやゴブリンなどは大概ストーリーの序盤に出て来るもんだ。
だが目の前にいるこいつらはとてもその様には見えない。手に持つ斧で無造作に俺の肉を断ち切りそうだ。
....だが、ゴブリンはまだ弱い方。こんな奴らに負けている様ではいつまで立っても強くは慣れない!
緊迫した空気が漂う中、明日香が口を開いた。
「じゃ、左の3体を私、あと2体は真里亜と真聡で1体ずつ殺って頂
戴。」
真里亜は数が少ないと文句を言うが、俺は了解とだけ言うと一番右にいるゴブリンに目掛けて走り出した。
互いの距離は約10m。散々礼矢に絞られた加速で距離を一気に詰める。
ようやくゴブリンが斧を構えだし、戦闘体制に入る。だが、それは竜二や礼矢とは比べ物にならない程遅い。
左の純白のソードを閃光の様に鋭く突き刺す。ゴブリンは、体の中心から少し左に放った突きを何とかという速度で右に避けた。それを俺の右に握る漆黒のソードが捉えた。相手の左肩を深々と切り込んだ。
「ギャゥウ。」
悲鳴と共に、ゴブリンが数歩後ろに下がる。
傷口からは深い青色の血と思わしき液体が出てきた。思ったより出血量が多く、森の土を濡らしている。
左腕をダラリと垂らしている。激痛のせいか、少しゴブリンに焦りが見える。
息づかいも荒くなり、かなり弱っている様に見える。ここで手を抜くわけにはいかない。開いた距離をすかさず埋める。
ゴブリンは再び斧を構えたが、その握る手に力はなく、俺の左の斬撃に斧を情けなく弾かれてしまう。
いける!
弱々しく握られた斧を左で払い、少し大きく振りかぶった右を一気に振り下ろした。
その軌跡はゴブリンの左胸から右を腹部にかけて描かれた。
そのままゴブリンは地面に倒れこみ、出血を止めようと傷口を抑えている。
しかし、流れ出る血は収まらず、小さな青色の溜まりを作り出した。
ゴブリンは動かなくなり、数秒すると、ゴブリンの五体が風に飛ばされた黒煙の様に消え去った。そこに残ったのはゴブリンの血だけだった。
勝った、けど何処かの胸の奥で引っかかるものがあった。
俺が...殺した。あいつを殺してしまった。ここにくる途中に、明日香にゴブリンの事を少しだけ聞いた。
奴らは時々現世に来て、人を殺し、肉を地獄に持ち帰って食い漁る、だとか。
そんな奴ら死んで当然だと思っていた。けど、実際に自分が殺すことがこんなにも恐ろしいことだとは思いもしなかった.....。
二つの足音が聞こえ、振り向くと明日香と真里亜がいた。既にゴブリンを撃退済みらしい。
「どう?始めての戦闘は。」
「.....特にないですけど、勝てました。」
「まぁ、ゴブリンって言ったらかなり弱い方だしね。勝ってもらわなきゃ困るよ。」
「じゃ、今日はこんな感じで帰ろう。だいたいコツが掴めたよ。」
安心した顔で明日香が「よかった。」と微笑みかけてくれた。
「じゃ、帰ろっか。真里亜、転送して。」
と明日香が真里亜の方に振り向こうとした時、先程戦闘が行われていた場所に魔法陣が描かれていた。しかも、
「でかい....」
思わず口に出た。先程ゴブリンたちが出てきた魔法陣の3、4倍はあるように見える。そのまま魔法陣は赤く光だし、その場に何かを召喚した。
「グォオオォオオオ!!」
雄叫びと共に現れたのは身長4m強。左右に二本ずつ生えた腕。首は二本で頭も2個。炎の様に燃え盛る瞳がこちらを見下ろす。
両手に握られた斧は先程と桁違いに大きい。
握られた斧を大きく振りかぶり、轟音と共に振り下ろした。
「いやー、危なかったねー。まさか、中ボスが出るとは思わなかったよ。」
余裕の笑みで愉快そうに笑う明日香が、ばんばん俺の背中を叩きながら言った。
ゴブリンの戦闘を終え、今まさに帰還しようというところで、ゴブリンの中級ボス「巨人・緑鬼(ジャイアント・ゴブリン」の出現により、それは拒まれた。
俺は初めて見る巨漢に足が竦み、戦闘などしようにも出来なかった。
その代わり、明日香の可憐な連続射撃と、真里亜の優雅な支援魔法により、あっさり撃退することが出来た。
「いやー、頑張ったよー。はっはっは!」
ご機嫌な明日香を引っ張り、真里亜に再度テレポートを頼む。
「では、行きますわよぉー。」
いつも通りの甲高い声でテレポートが発動し、青白い光が俺たちを包み込んだ。テレポート先は狭間の空間だった。
頼りないロウソクの火が俺たちを迎えてくれた。
「じゃ、俺帰ります。双頭門の転移先、俺の部屋にしてくれる?」
帰ろうと双頭門に向かう俺の肩を明日香が掴んだ。
「ちょっと待って。にゃんちゃん返すから。一緒に来て。」
「あっ、診断終わったんだ。...そういえば、誰が見てくれたんだ?俺まだスパルトイ全員と会ってないだろ?」
「あー、そうだったね。にゃんちゃんとりに行くついでに挨拶しておこうか。」
歩き出す明日香の背を追った。
壁に貼られているパネルが医療室と書かれた部屋の前で明日香が立ち止まった。
「一つ言っておく。先生マジで怖いから。」
「マジ!?」
明日香の低い声から僅かながら怯えた。あの能天気な明日香が怖いと思うほど。......一体どんな人なんだ。
「じゃ、行こうか。」
明日香が木製のドアをゆっくり開け、「失礼しまーす。」と小さく挨拶をし、部屋の中に入って行った。
俺は病院独特に薬品などの匂いに顔を顰めつりながら、恐る恐る入った。
中には簡易なパイプベッドにそれを隠すような位置にあるカーテン。
事務用の机に小さな椅子が置いてあった。明日香が恐れる先生をゆっくり目線をあげ、徐々にその五体を露わにする。
「はろぉー。」
「ってお前かいッ!」
椅子に悠々と座っていたのはまさかの真里亜。
にやにやと笑う明日香を見る限り、怖い先生というのは嘘で、俺が怯える様を見て楽しんでいたという感じだ。
「ったく.....くだらないことやってないでにゃんたを返してください。」
呆れながら言ったが、それが真里亜の癇に障ったらしい。
「ちょっとー、そういう言い方ないでしょぉ。にゃんたちゃんの健康を確認してあげたのよぉ?少しは感謝して欲しいわぁ。」
「感謝してますよー。はい。」
軽くあしらう様に返事をされ、頬をぷくーと膨らませている。すると真里亜は立ち上がり、隣の部屋に行ってしまった。
数分後、にゃんたを抱きかかえた真里亜が帰ってきた。にこにこ笑っているにゃんたを見て、取り敢えず肩の力が抜けた。にゃんたは真里亜の腕の中から飛び出し、俺の肩に一度のジャンプで飛び移った。
「ありがとう、真里亜。」
ちゃんと本心で言ったつもりだったが、何故か真里亜が顔を桃色に染め、両手を振り回していた。
再び双頭門の前に来た。現在午前1時35分。今から家に帰り、寝たとしても、この途轍もない疲労感は消えそうにない。
「本当に今日はありがとう。自信が持てたよ。」
「ゴブリン倒した如きで自信持たれたら困るよ。今度はもう少し強いのを呼んであげる。」
「そうでだねぇ。そうしたら私の仕事が増えそうですわぁ。」
二人して俺をにやにや笑いながら見ている。真里亜の発言は明らかに俺が傷を負いまくるってことだ。悔しい.....。
「じゃ、また。」
二人への挨拶を済ませ、双頭門を抜けた。再び自室に出た。戦闘服を着替え、身軽なはずなのにまだ体は重りを付けたように重かった。
返り血はクロノスでシャワーを浴びたからもう体には付いていないが、あの青い血が身体についていたと思うと、言葉に出来ない気持ち悪さがあった。
そのままベッドに大の字に寝転ぶ。
....疲れていたせいか、そのまま眠りに落ちてしまった。