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P300A  作者: 山田 潤
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Brothers(同胞)

「俺の番だな。本当は君や松井君には話したくなかったんだが約束だ、君の言った通りだ。俺には人の考えがわかる。正確に言えば人の脳波を読むことができる」

 オイラーズを目覚めさせた俺には運転しながらでも、会話への集中が途切れることはない。だが日高依子が落ち着いて話したいからと、どこかに車を停めるよう注文してきた。快諾して軽自動車検査協会と書かれた建物の裏手に車を乗り入れる。近くの産業団地の駐車場らしいそこには街路灯もなく真っ暗だった。俺の視力なら月灯り程度でも集光させて昼間並みの明るを感じることができる。電磁波を組み合わせて緑にならないノクトビジョン映像を映し出すことも可能だった。だが日高頼子はそうは行かない。会社で顔を合わすことはあっても業務に関係した話しかしたことのない俺達だった。こちらにそんなつもりはなくとも彼女が覚えるのではないだろうか、俺の提案はそれを慮ってのことだった。

「ちょっと物騒かな? 場所を変えよう」

「いいえ、ここで構いません」

 そう言って彼女は、シートベルトを外した。

 俺は所によって造られた頭脳であることを告白した。彼等の意図しなかった変化が俺に訪れたこと、出張に出たはずの俺がウロウロしている理由、サル波の新大脳皮質サイズしかなかったことも包み隠さず彼女に伝えた。全てを知った日高依子が俺を恐れ、距離を置いてくれることを願っていた。

「ひどい……同級生なんでしょう」

「何十年も逢っていなければ他人と変わらないさ。最初は憤りも感じたけど、よくよく考えてみれば俺も彼を入札に利用しようとしたんだ。その彼が俺を研究材料としようしたことと大して変わりはない。とにかく俺の変化は彼等の想像の範疇を越え、手にしてはならない能力まで手にしてしまった。人類に次なる進化が期待出来るなら、それは君のようであることを祈る。個体が変わった場合の変化まではわからない。どんな付加物が生まれるはわからないような研究は止めさせなきゃならない。そしてそれが終わればこの力は不要になる」

「でも、その人達の期待した結果とは違ったのなら、それは伊都淵さんの潜在能力が開花したんだとは思えませんか?」

 かつてオイラーズもそんなことを言ったものだった。しかし、それをスンナリ受け入れることの出来ない俺であった。

「こう考えてみろよ。何でもいい、俺が君の意思に反したことをさせようとする。他人の自由意思を奪う好意が許されると思うかい?」

「例えばこんなのですか?」

 言うが速いが日高依子は俺に唇を重ねてきた。こんな意識操作はするべきではない。俺はオイラーズを責めたが、彼等はふるふると首を振るばかりだった。

「なっ、何を……」

「うふっ、赤くなっちゃって可愛い」

 その言葉とは裏腹に彼女の胸の鼓動は早まり困惑の脳波が示されていた。梓にはレイプされ小娘には簡単に唇を奪われる。「こんなつもりじゃなかったのに」そう言って涙ぐんでやろうかと思ったが、この暗闇で彼女が小芝居を評価してくれるとも思えなかったので、シリアス路線を貫く。どうしても俺との距離を縮めさすす訳には行かなかったのだ。

「ふざけてる場合じゃないんだ。君は事の重大さを分かっていない」

「伊都淵さんがそうなったきっかけが何だろうと、あたしが今まで生きてきて初めて巡り合えた同胞なんです。だから他人だなんて言わないでください」

 真顔に戻った彼女は眼鏡の奥から大きな瞳でじっと俺を見つめてくる。先ほどのキスで俺の歯が当たった唇からは血が滲んでいた。

「触れるよ」

 コクリと頷きつつも胸にでも触れられると思ったのか、日高頼子は体を硬くした。俺が触れたのは彼女の脳波。血液凝固因子の割合を増やして止血し、唇にかざした指で静電気を操って傷を塞ぐ。所邸の蔵書読破が、こんなところで役に立つ。

「え……」

 彼女は自分の唇を指で触れた。

「すごい……こんなことも出来るんですか」

「ああ、なんかETみたいだろう。俺は化物になったのかも知れないんだ」

「いいえ、なんだか唇がぽうっと温かく感じられました。やっぱり、伊都渕さんの力は備わるべくして備わったんでよ。でも、ETって何ですか?」

 彼女が恐れてくれることを願って話した真実も行いも逆効果だったようだ。ついでにジェネレーションギャップも感じる。ETを知らないのか……

「百歩譲って、これが俺に元々あった力だとしよう。だが何のために? 断食も悪魔の誘惑もないままに欲望を失った俺は世界の国々とその栄華も欲しいとは思わない。金や権力には何の魅力も感じられなくなっているんだ。だったら、こんな力は無用の長物でしかないじゃないか」

「マタイ伝ですか、でも、あたしにしたような事は?」

「ん?」

「あれが出来るなら病気や怪我に苦しむ多くの人を救えるじゃないですか」

 所や梓と同じことを言う。だがこの時俺の頭に浮かんだのは別の思惑だった。車のデジタル時計は二十二時を回っていた。

「遅くなった。この話はまた今度にしよう。送るよ、よく考えてみてくれ。俺がこの社会で許される存在なのかどうかを。俺ももう一度考えてみる」

「はい、明日は出社されますよね?」

「うん、松井君が入札の結果を持って帰る午後には顔を出そうと思っている。そう言えば勝手に社用車を持ち出した俺を課長は怒っていなかったかい?」

「それが、気味が悪いくらい何も――松井さんが、伊都渕さんが出張に乗って行ったじゃないですかと言ったら、ああそうだったなって言っただけで」

 それだけの情報ではやはり課長の関与の度合いは分からない。直接逢って脳波を探るしかないな。実験の詳細を知っている人間がどれだけ居るのか、それを掌握しておかねばならないとオイラーズに伝えられていた。


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