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P300A  作者: 山田 潤
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所 創太郎(ところ そうたろう)

 二メートル立方体の檻の中、屈みこんでプラスチック製の知育玩具を組み立ていたアカゲザルが、いきなり立ち上がって暴れだした。甲高い声で叫び続け玩具を振り回す。人体の形を成しかけていたそれの手足がもげ、頭だった部分はステンレス製の檻に叩きつけられて無残にも破壊される。サルの動きを目で追っていた男は時計に視線を転ずる。そしてICレコーダーに向けて声を発した。

「ラット、うさぎ同様、サルも三十六時間で消滅したもよう。クー・コールは投薬以前のレベルに戻っている。効果及び持続時間は新大脳皮質のサイズに左右されないと思われる」

 ICレコーダーの停止ボタンを押すと男はパソコンに向かう。実験動物の詳細な観察データが映し出される。

「佳境だな」

自宅地下室に作られたラボ(研究室)で革張りの椅子に深く腰掛けた男は低く呟く。無影灯の作り出す灯りが、打ちっぱなしのコンクリートで囲まれたラボに寒々とした印象を与える。男はデジタル表示の温度計に目をやった。

「室温は一定、マウスも猿も完璧、残すは人間のみか――」

 事故の可能性は限りなく低い。自身を実験台にすることに躊躇はないが、そうした場合、観察者と被験者を同じ頭脳に混在させることになる。果たしてそれで正確なデータ収集が可能だろうか? 焦るまい、ここまで来たんだ。人類にして最小サイズの新大脳皮質を持つ誰かが見つかるのを待とう。直情径行型で本能的な振る舞いを見せる人間、まだ見ぬ彼か彼女に分別と知恵を授けてやろうというのだ、感謝されて然るべきだ。姿なき抗議者への反論を頭の中で唱えると、男はふんと鼻を鳴らした。

 勤務先の病院にも講義に通う大学にも、適当な実験対象は見当たらなかった。最近の若者は押し並べてクールだ、言葉を換えればバイタリティが感じられない。ただ息をしているだけなら、このサルとどこが違う。自己保身には最大限の労力を費やすが、アドバンテージのないフィールドでは簡単な受け答えすら覚束ない。そんな彼等が医師になった時、この国はどうなって行くのだろう。講義を頼まれた時、階段教室に首を並べる無個性で無気力な集団を見るにつけ、男はそんな危惧を感じずにはいられなかった。

 遅いな、既に十日も経っているのに候補者の一人も見つけられないのか。

「性別は問わない、理性的と言い難い人間を見つけて欲しい。年齢は――出来れば四十歳までぐらいがいいな」

 個人・企業調査全般 大山興信所 加藤祐二と書かれた名刺を手に取った。風変わりな依頼に調査員は不思議そうな顔で訊ねてきた。

「探した後は、どうすればよろしいのでしょう」

「候補者のリストをもらってから、また指示するよ。身上調査を頼むことになるだろう」

 カルテのある患者はまずいが、いっそ出入り業者の誰かでも特定してやればよかったな。知り合いか――そう考えた途端、男の脳裏にある男の顔が浮かんだ。名刺に書かれた電話番号をコールする。

「そうだ、卒業生名簿の住所しかわからない」

「ああ、よろしく頼む。ヤツが見つかったら、そのまま身上調査に移ってもらっていい」

 そうだよ、あいつが居たんだ。あいつならきっとこの条件を満たしてくれるはずだ。せいぜい不幸で居てくれるといいが――悪意を内包した含み笑いを小さなノック音が破る。男はちっと舌打ちをして体を起こした。

「創太郎、居るの? 夕飯の支度が出来たわ」

 所 創太郎は不機嫌そうな声で返した。

「考え事をしているんだ、今は話し掛けないでくれ」

「ごめんなさい」

 消え入りそうな声とスチール製の階段を登る足音が遠ざかって行く。所は再び自身の思考に沈み込んだ。


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