第8話 管理
エレナは震える指先で、レオンが消し去ったクリスタルの「残滓すら存在しない空間」をなぞった。彼女が幼少期から学んできた魔術学において、物質の消失はエネルギーの変換を伴うはずだ。だが今、目の前で起きたのは、変換ではなく「抹消」。
それは、世界そのものへの反逆。
「……理解しましたわ、レオン・カスパールさん」
エレナは深く、長く息を吐き、乱れた呼吸を整える。再び顔を上げた彼女の瞳には、先ほどまでの恐怖ではなく、聖女としての、そして統治者としての「冷徹な光」が宿っていた。
「貴方は、この世界の理を腐らせる最悪の『毒』。……ですが同時に、既存の魔術が通じない魔族を葬り去る、『唯一の希望』でもありますのね」
エレナは椅子から立ち上がり、ゆっくりと、けれど逃げ場を許さない足取りでレオンへ近づく。
「貴方を放り出せば、この国……いえ、世界そのものが形を失いかねませんわ。これほど危険なバグを、放置しておくわけにはいきません」
エレナはレオンの目の前で足を止め、その不遜な顔を真っ直ぐに見上げた。
「決めましたわ。わたくしが、貴方を『管理』します」
「……管理だと?」
レオンが不快そうに眉を寄せる。
エレナは微塵も怯まず、凛とした声で続けた。
「ええ。貴方がその力を振るう時、それが世界の救済になるか、あるいは滅びになるか。わたくしがこの目で見極め、正しく導いて差し上げます。……それが、光を継ぐゴールドバルト家の義務ですもの」
「……勝手に言ってろ。俺は誰の指図も受けない」
「ふふ、構いませんわ。わたくしが勝手について回るだけですもの。……まずは、そう。次の特別演習、わたくしとクラリスさんの合同チームに、貴方を指名させていただきますわ」
有無を言わせぬ微笑。
レオンは忌々しげに手袋を嵌め直し、応接室を後にする。
一人残されたエレナは、自分の指先がまだ小さく震えていることに気づいた。
恐怖、嫌悪、そして――見たこともない術式への、狂おしいほどの知的好奇心。
「……毒、ですわね。本当に」
聖女の唇から、場にそぐわない艶やかな独白が漏れた。
廊下を歩くレオンの背後で、応接室の外で待機していたルシフェリアが静かに、けれど明確な殺意を込めて呟く。
「……ご主人様。あのお嬢様、少し『目障り』ですね。……消してしまいましょうか?」
「よせ。……放っておけ、どうせキャロルの思惑通りだろ」




