第70話 国王
静寂に包まれた玉座の間。重々しい空気の中、ジルヴァとフェリスが手際よく片膝をつき、レオンたちもそれに倣う。広大な空間に、騎士たちの鎧が擦れる音だけが微かに響いた。
玉座に座るアステリア国王が、深く通る声で語りかける。
「此度の襲撃への対応、ご苦労であった。話はアルガスから聞いている。南部隊長ガルドスが、あろうことか魔族の手によって利用されたと……」
王の隣に控えるアルガスが、苦渋に満ちた表情で頭を下げた。
「四極星、《幻星》フォルネウスの策略……私の目を持ってしても見抜けず、誠に申し訳ございません」
「無理もない。四極星の強大さと狡猾さは、我らも重々理解している。責めるつもりはない。……して、そちらの学生たちは?」
国王の視線がレオンたちへと向けられる。その場にいた誰もが緊張で息を呑む中、唯一、膝をつかず壁に背を預けていたキャロルが、いつも通りの飄々とした口調で割って入った。
「僕の弟子さ。よくやってくれたよ、陛下。あの子たちがいなければ、王都の被害はこんなもんじゃ済まなかっただろうね」
「そうか、キャロル様の……。ならば、余からも礼を言わせてもらおう。若き英雄たちよ、大儀であった」
国王のまっすぐな賞賛に、エレナが完璧な所作で応じる。
「身に余る光栄でございます、陛下。ゴールドバルト家の娘として、国の危機に盾となるのは当然の務めにございますわ」
さすがは名門貴族の教育を受けてきただけあり、その口調は淀みない。一方で、隣のクラリスは顔を強張らせ、まるで石像のように固まっていた。それを見たレオンが、唇をほとんど動かさずに小声で囁く。
「……おい、お前も一応は貴族だろ。エレナみたいに慣れてるんじゃないのか?」
「……分かるでしょ? 私、こういう堅苦しい場は避けてきたのよ……。心臓が口から出そうなんだから、話しかけないで……」
クラリスは震える声で必死に耐えている。レオンは溜息をつき、再び王へと視線を戻した。
「……キャロル様。そして若き術師たちよ。本題に入ろう。ガルドス亡き今、南部の防衛、そして四極星への対抗策……我ら人間には、もはや一刻の猶予もないのだ」
国王の瞳に、決然とした光が宿った。
「魔族との長き争いの歴史の中でも、これほど王都の中枢を脅かされたのは例を見ない事態だ。キャロル様、あなたはこの異変をどう見ますかな?」
国王の問いかけに対し、キャロルは窓から差し込む光を指先で弄びながら、含みのある笑みを浮かべた。
「そうだね……。僕がこの王国に居着いてからは、魔族もあまり近づいてこなかったからね。それだけあいつらが、僕の存在を無視してでもやりたいことができた……あるいは、無視できるだけの『確信』を得たのかもね」
その言葉に、玉座の間の空気が一層冷え込む。キャロルはそれ以上の深追いを避けるように、肩をすくめた。
「まあ、何か分かったら伝えるよ。今はそれしか言えないかな。僕、隠し事は得意だけど嘘は苦手なんだ」
不敵に笑う彼女に対し、国王は深く息を吐き、重々しく頷いた。
「……そうか。分かった。若き英雄たちよ、そして騎士たちよ。これからもこの王国を、民を守ってくれ。頼んだぞ」
王の言葉を合図に、アルガスとジルヴァがスッと立ち上がり、一寸の乱れもない所作で深く礼を捧げる。レオンたちもそれに倣い、静かに玉座の間を後にした。
巨大な扉が閉まると、クラリスが「はぁあああ……」と全身の力を抜いて壁に寄りかかった。
「……死ぬかと思ったわ。戦ってる時より緊張したじゃない」
「情けないですわよ、クラリスさん。あれくらい、貴族としては嗜みですわ」
エレナが余裕の表情で答えるが、その指先も心なしか微かに震えている。レオンは二人を横目に、隣を歩くジルヴァを見た。
「ジルヴァ、これから復興の手伝いに行くんだったな。俺たちも行く。……じっとしてるよりはマシだ」
「……あ? ああ、そうだな。坊主、顔色がまだ悪いが……まぁ、無理しねぇ程度に働いてもらうぜ」
ジルヴァはそう言うと、かつてガルドスが歩いていたであろう廊下の先を睨み据えた。
「――行くぞ。泣いてる暇はねぇんだ」
一行は王宮の重厚な門をくぐり、復興の槌音が響く王都の街並みへと足を踏み出した。
「レオン、少しいいかい? 大事な話があるんだ」
キャロルのただならぬ気配を察し、レオンは仲間たちに先に行くよう促すと、彼女と対峙した。
王宮の喧騒から離れた、静まり返った離れの一室。キャロルは窓を閉め切り、遮断の術式を軽く展開すると、いつもの余裕を感じさせない真剣な眼差しをレオンに向けた。
「……フォルネウスの目的は、君かもしれない」
「どういうことだ?」
レオンが眉をひそめる。キャロルの口から語られたのは、彼の根幹を揺るがす戦慄の事実だった。
「5年前、ある国で人間をベースに魔族を作り出そうとした研究……。その裏で糸を引いていたのは、四極星、フォルネウスだ。レオン、君を作り出した『親』は奴なんだよ」
「……っ、なんだと。俺は、魔族によって……」
レオンは言葉を失った。自分が「人間が魔族を作ろうとしてできた失敗作」であることは知っていた。だが、その背後にいたのが、昨日ガルドスを弄び、王都を蹂躙したあの特級魔族だったとは。
「君は、人間をベースにした人工魔族のプロトタイプ。そして君の持つ《虚無》……術式そのものを読み取り、破壊し、無にするその左手。恐らく奴は、そこに狙いをつけたんだ」
レオンは、震える左手の白手袋を見つめた。この忌まわしい、けれど自分を支えてきた異形の手。
「この力を……奴が?」
「恐らくね。今回の襲撃、ただ人間を壊すのが目的だとしたら、あまりに手が込みすぎている。ガルドスをあんな形に変えて君にぶつけたのも、君の『虚無』の成長を促すためか、あるいはその性質を観察するためだろう。……気をつけた方がいい。奴はまた必ず、君を回収しにくる」
キャロルの瞳には、愛弟子を案じる曇りがあった。レオンは左手を強く握りしめる。
「……俺を狙ってくる、か。実験体としてか、それとも部品としてかは知らないが……」
レオンは顔を上げ、キャロルを真っ直ぐに見据えた。
「望むところだ。奴が俺の『親』だって言うなら……これ以上の適任はいない。この左手で、その歪んだ術式ごとアイツを消してやる」
復讐の炎を宿したレオンの言葉に、キャロルは少しだけ悲しげに、けれど誇らしげに微笑んだ。




