第7話 聖女の審問
魔族による襲撃から一夜。学園が出した結論は「実験中の魔導具の暴走による事故」という、あまりに白々しいものだった。
学園の平穏を維持するための隠蔽。だが、その欺瞞を許さない鋭い眼差しが、放課後の応接室にはあった。
「――お招きいただきありがとうございます、ゴールドバルト様」
「そんな挨拶は結構ですわ、カスパールさん」
エレナ・ゴールドバルトは、真っ直ぐに俺を射抜いた。
豪華な装飾が施された応接室。だが、周囲にはエレナが密かに展開した**『遮音と隔離の結界』**が張り巡らされている。
「学園は事故だと片付けましたが、わたくしの目は誤魔化せません。あの時、あの場所には確かに魔族がいた。そして貴方は――それを『消した』」
エレナの声には、聖女としての慈愛ではなく、騎士としての冷徹な追及が宿っていた。
「単刀直入に伺います。貴方は何者ですの? あの異質な術式……いえ、魔力反応すら伴わない『消失』。あんなものが、人間に扱えるはずがありませんわ」
俺は、静かにエレナを見返した。
隠し通すこともできた。だが、この「聖女」が抱える潔癖なまでの秩序への執着は、中途半端な嘘を許さないだろう。キャロルとの約束を破ってしまうが仕方ないだろう
「……《虚無》だ」
俺の短い言葉に、エレナが眉をひそめる。
「きょ、む……? 属性のことかしら。ですが、無属性魔法なら既存の体系にも――」
「違う。俺の力は魔法じゃない。『世界をつくる術式』そのものを、白紙に戻すバグだ」
俺は左手の手袋を外し、テーブルの上に置かれた観賞用の魔導クリスタルに指を触れた。
一瞬。
輝いていたクリスタルが、砕ける音もなく、ただ「初めからそこになかった」かのように空中に霧散した。
「……っ!? 術式分解……いえ、構成そのものが、読み取れませんわ……!」
「この世のすべてが魔術(術式)でできているなら、その根源を消せば、存在そのものが消える。火も、岩も、魔族の肉体も……俺にとっては、ただの『書きかけの数式』に過ぎない」
エレナは絶句した。
彼女が信じ、守り続けてきた「聖なる術式」という秩序。それをレオンは、指先一つでゴミのように消し去ってみせたのだ。
「そんなこと……可能なのですの? 神が定めた世界の理を、一人の人間が、消し去るなど……」
「可能かどうかじゃない。俺は、そうやってしか生きられなかっただけだ」
レオンの瞳に宿る、底知れない闇。
エレナはその視線に、初めて「恐怖」に似た戦慄を覚えた。
彼女が守る「光」の世界のすぐ隣に、すべてを無に帰す「穴」が空いている。
「魔族は術式そのもので構成された生命体。だからこそ、人間が数十年かけて編み出した魔術さえ、彼らは一瞬で上書きして無効化してしまう。……なのに、貴方はその魔族ですら消してしまう…」
「……貴方は、この世界にとっての……いえ、魔術師、魔族にとっての天敵ですわね」
「そうかもな。……だから言っただろ、関わらない方がいいって」
レオンは再び手袋を嵌め、立ち上がる。
エレナは動けなかった。驚きと、それ以上に、レオンが抱える「孤独な力」の重圧に、魂が圧倒されていた。




