第6話 閉幕
魔族が霧散し、静寂が戻った訓練場に、規則正しい金属音が響き渡った。
アステリア王国の聖騎士団を率い、エレナ・ゴールドバルトが到着したのだ。
「そこまでですわ!」
エレナが凛とした声を上げる。しかし、彼女が目にしたのは、激しい戦闘の痕跡ではなく――あまりにも「何もない」不気味な光景だった。
中心には、ただ無表情に白手袋を整え、背を向けて歩き出すレオン。
その三歩後ろを、冷然と付き従うルシフェリア。
そして、ベンチの側で腰を抜かし、放心状態で空を見つめているクラリスの姿があった。
「レオン・カスパール、待ちなさい! 一体、何が起きましたの? 結界の警報が鳴り、魔族の反応が観測されましたけれど……」
呼び止めるエレナの声を、レオンは肩越しに受け流した。
「さあな。湿気で魔導ランプでも爆発したんじゃないか。……あとは、そこの『火の粉さん』にでも聞いてくれ」
「……爆発? 冗談を仰らないで。この、地面が抉り取られたような術式消失の跡は何ですの!」
エレナの追及を無視し、レオンは一度も足を止めることなく校舎の闇へと消えていく。
エレナは忌々しげに唇を噛み、騎士団へ向けて鋭く指示を飛ばした。
「……周囲の被害を確認して。魔力の残滓、特に『理』を歪めた形跡を一つ残らず記録しなさい。……クラリスさん、貴女も説明していただきますわよ」
エレナが駆け寄るが、クラリスの耳には届いていなかった。
彼女は、先程まで自分が「誰」に抱き抱えられ、レオンが「何」を消したのか。その断片を頭の中で必死に繋ぎ合わせようとしていた。
「……待って……待ちなさいよ、レオン!」
不意に、クラリスは弾かれたように走り出した。
エレナの制止を振り切り、校舎の入り口でレオンの背中に追いつく。
「はぁ、はぁ……っ! あんた……レオン!」
レオンが足を止め、面倒そうに振り返る。その隣で、ルシフェリアの瞳が「これ以上ご主人様に近づくな」と言わんばかりに細められた。
「……何だ。説明ならあのお嬢様に――」
「……ありがと」
クラリスは、絞り出すようにそう言った。
彼女は赤くなった顔を伏せ、杖を握る手を震わせている。
「あたし……死ぬかと思った。あんたが、あいつを……消してくれなかったら。……だから、その、お礼くらいは言わせなさいよ」
レオンは、少しだけ意外そうに眉を上げた。
だが、すぐに視線を逸らし、短く吐き捨てる。
「……勝手に体が動いただけだ。礼を言われる筋合いはない。……行くぞ、ルシフェリア」
「はい、ご主人様。……失礼いたします、火の粉さん」
ルシフェリアがわざとらしく付け加えた呼び名に、クラリスの肩がピクリと跳ねた。
遠ざかっていく二人の背中に向けて、彼女は堪らず声を張り上げる。
「ちょっと! 待ちなさいよ! いつまで『火の粉』なんて呼んでるのよ!」
レオンが足を止めずに手をひらひらと振るのを見て、クラリスは顔を真っ赤にしながら、空にに響き渡る声で叫んだ。
「あたしの名前はクラリス! クラリス・シルバーフレイムよ! 次に呼ぶ時は、ちゃんと名前で呼びなさい!……いい、絶対に覚えなさいよ、レオン!」
返事はなかった。
だが、夕闇に消えていく少年の足取りが、ほんの少しだけ緩んだように彼女には見えた。
夕闇のアステリア王国
助けた少年と、助けられた少女。
そして、全てを見透かそうとする聖女。
「世界をつくる魔術」の綻びは、もう誰にも止められないほどに広がっていた。




