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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第44話 ブロンズゲート

 静まり返った隊長室。ジルヴァはレオンの言葉を反芻するように、低い声で唸った。


「裏切り者だと……? そいつが俺の術式を盗み出し、魔族のガワに詰め込んで、北部の白炎の旦那を襲わせたってのか……」


 ジルヴァの拳が、みしりと机を鳴らす。レオンは冷静に、他の中枢メンバーについての情報を求めた。


「フェリス、アルガス、それにガルドス。この国で術式の詳細にアクセスでき、かつ解析できる立場の人間は、他に誰がいる?」


「あァ? 他の連中のことなんざ、そこまで深く知らねぇよ……」


 ジルヴァは苛立たしげに髪を掻きむしり、勢いよく立ち上がった。椅子がガタンと激しい音を立てて倒れる。


「だが、一つだけハッキリしたぜ! どこの馬鹿か知らねぇが、俺の術式を勝手にコピーして、魔族のオモチャにしやがった……。イラつくぜぇ! 我慢ならねえ、今すぐその『裏切り者』とやらを全員、俺の短剣で細切れにしてやるよッ!」


 凄まじい風の圧力が室内に吹き荒れ、書類が宙に舞う。ジルヴァの瞳には、かつて「ごろつき」だった頃の凶暴な色が宿っていた。


「待て、ジルヴァ。落ち着け」

レオンが鋭い声で制する。


「今あんたが王都へ乗り込んで暴れたところで、証拠もなしに返り討ちに遭うのが関の山だ。それに、あんたの術式をベースにした魔族が北部に現れたってことは……」


 レオンは窓の外、静まり返った西部の闇を見据えた。


「ここ、西部にも『人工魔族』が送り込まれる可能性がある。あんたの術式を熟知し、それを超える出力を持った個体がな。隊長であるあんたが不在の時にそれが来たら、あの孤児院はどうなる?」


「……っ」


 ジルヴァの動きが止まった。子供たちの顔が脳裏をよぎったのか、纏っていた風が僅かに弱まる。


「……チッ、テメェ……。図星を突きやがって……」


 ジルヴァは吐き捨てるように言い、再びドカッと椅子に座り込んだ。しかし、その眼光は未だ衰えていない。


「……分かったよ。だがな、俺の術式を汚した落とし前は、必ずつけさせる。……で、どうするんだ? 犯人の尻尾を掴む算段はあるのかよ」


「……色々資料を見せてくれ。あんたの術式のデータがどこで抜き取られたのか、何か手掛かりがあるかもしれない」


 レオンの提案に、ジルヴァは面倒そうに後頭部を掻きながら、机の脇に山積みになった書類の束を指差した。


「あァ、好きにしろ。適当に放り込んであるから、文字が読めるなら勝手に見やがれ」


 レオン、クラリス、エレナ、そしてルシフェリアの4人は、手分けして埃を被った資料を捲り始めた。


「……うーん、これといって怪しいものはないわね。訓練の記録とか、食料の搬入リストばっかりだわ」

クラリスが唸りながら、数枚の紙を横に避ける。


「そうですわね……。西部の運営に関する事務的なものばかりで、術式の解析に繋がるような専門的な記述は見当たりませんわ」


 エレナも困惑したように頷いた。

 だがその時、無言で書類の山を検分していたルシフェリアが、一枚の紙を指先で挟んでレオンに差し出した。


「ご主人様……これを」


 レオンがその資料を受け取り、目を通す。それは、戦場で破損したり、経年劣化した「壊れた魔道具」の回収に関する報告書だった。


「……ジルヴァ、これは何だ?」


 レオンが突きつけた紙を一瞥し、ジルヴァは鼻を鳴らす。


「あァ? それか。戦場に転がってる壊れた剣やら杖やらを回収するって内容だろ。鉄屑なんかを溶かして、また新しい武器に再利用するとかなんとか……そんな事務手続きのやつだぜ」


「……どこがその回収と再製造を請け負っている?」


 レオンの問いに、ジルヴァは当然のように答えた。


「南部を拠点にしてるブロンズゲート家だ。あそこは昔から、王国の武具の鋳造や魔道具のメンテナンスを一手に引き受けてるからな。壊れた道具はあいつらがまとめて持ってって、新しいのを納品してくるって手筈になってる」


「……ブロンズゲート。南部隊長ガルドスの家系か」


 レオンの瞳に、冷ややかな確信が灯った。

 魔道具の「メンテナンス」や「再製造」という名目があれば、騎士団の隊長たちが使っている武器や道具を堂々と手元に引き寄せ、そこに刻まれた固有の術式を精密にコピーし、解析することが可能になる。


「……術式の流出源は、案外近くにいたようだな」


「……ブロンズゲート家か。確かにあの野郎、堅物で真面目腐った人間だぜ。あいつがそんな小細工を弄するような器用な真似をするたぁ、にわかには信じられねぇが……」


 ジルヴァは腕を組み、納得がいかないといった様子で鼻を鳴らした。南部隊長ガルドス。規律を重んじ、融通の利かない彼が、裏で魔族の製造に加担しているというのは、同じ隊長職にあるジルヴァにとっても意外な事実だった。


「……真面目な人間ほど、何かの大義名分のために暴走すると厄介だ。直接、その現場を見る必要があるな」


 レオンの冷徹な言葉に、ジルヴァは地図の一点を指差した。


「あァ、そうだな。それなら、あいつらが回収した魔道具を溜め込んで、再製造をやってる巨大な『魔導鋳造工場』は、王都の北東にあるブロンズゲートの本拠地だ」


「王都……。行ってみるしかないわね。そこでジルヴァの術式を盗んだ証拠を叩きつけてやるわ!」


 クラリスが拳を握り、闘志を燃やす。一方で、エレナは微かに俯き、不安げな表情を浮かべた。


「王都……。そうですわね。お父様――アルガスも、騎士団の運営に関わっています。もし本当にブロンズゲート家が関与しているのなら、お父様も何かをご存知かもしれません……。あるいは、お父様の術式も……」


 エレナの言葉には、家族を想う不安と、真実を知ることへの恐怖が混じっていた。


「……案ずるな。すべてはそこへ行けばはっきりする」


 レオンはそう言って、準備を促すようにルシフェリアに視線を送った。西部の風が止み、物語の舞台は再び、陰謀の渦巻く王都へと移ろうとしていた。

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