第37話 疑惑
アステリアへと帰還した一行は、その足で直ちにキャロルの執務室へと向かいました。北部の戦場での異変、そしてヴォルカニカスが遺した「裏切り者」の言葉を伝えるために。
しかし、報告を聞き終えたキャロルは、驚く風もなく紅茶のカップを置いた。
「……ふふ、やっぱりね。そうだろうね。あちこちで術式の歪み(バグ)が起きている。隠し通せる段階はもう過ぎたということかな」
「……知ってたのかよ」
レオンが呆れたように吐き捨てる。キャロルは「僕を誰だと思ってるんだい?」とおどけながらも、その瞳から温度を消した。
「いいかい、レオン。この国には現在、君たちの知らないところで奇妙な動きをしている『騎士団の柱』が4人いる。……僕がリストアップしている容疑者たちだ」
キャロルは空中に指を滑らせ、4人の名前と術式情報を浮かび上がらせる。
・西部隊長 ジルヴァ・クロムウェル
・南部隊長 ガルドス・ブロンズゲート
・東部隊長 フェリス・シャルドゥ
・騎士団総団長 アルガス・ゴールドバルト
「なっ……!? お、お父様が……!?」
エレナの顔から血の気が引き、その場に崩れ落ちそうになります。
「そんなこと、あり得ませんわ! お父様はいつだって真っ直ぐで、わたくしに騎士の誇りを教えてくださった方です! 魔族と結託するなど……絶対に、何かの間違いですわ!」
「……エレナ、落ち着け。キャロル、あんた何をもって親父さんを疑ってるんだ」
キャロルは楽しげに、けれどその言葉にはナイフのような鋭さを込めて、4人の「怪しい点」を具体的に挙げ始めました。
「いいかい、表向きの平和の裏側で、彼らはこんな風に動いているんだよ」
西部隊長:ジルヴァ・クロムウェル
「まずはジルヴァだ。彼は騎士団の予算や個人の報酬を湯水のように使い込んでいる。それも、軍の公式な記録には残らない不透明な金の流れだ。『裏社会との癒着』や『横領』の噂が絶えないけれど、その巨額の流出先がいまだに不明なのは不気味だね」
南部隊長:ガルドス・ブロンズゲート
「次にガルドス。真面目な彼が管理する南部部隊は、魔道具の消費量が異常なほど多いんだ。戦時でもないのに、壊れた、あるいは紛失したとされる魔道具が山積している。それだけの『術式回路』がどこへ消えたのか……。まるで、何か別の巨大なものを組み立てるための『部品』にされているみたいだね」
東部隊長:フェリス・シャルドゥ
「そしてフェリス。彼女は夜な夜な、君のお父様であるアルガスの私室に忍び込み、密会を重ねている。影魔法の使い手がわざわざ人目を忍んで総団長と会う……。騎士団を乗っ取るための色仕掛けか、あるいはもっと呪術的な何かを植え付けているのか、噂は絶えないよ」
総団長:アルガス・ゴールドバルト
「最後はエレナ、君のお父様だ。彼はゴールドバルト家の屋敷の地下で、不審な動きを繰り返している。夜な夜な漏れ聞こえる術式の駆動音と、運び込まれる魔族の残骸。……最近、王宮の禁書庫から『術式生命体の構成図』――つまり、魔族の作り方の本を閲覧した記録があるんだよ」
「そんな……嘘、嘘ですわ……」
エレナは絶句し、その場に立ち尽くしました。信じていた世界が、足元から崩れ去るような感覚に襲われる。
「……ジルヴァの金、ガルドスの魔道具、フェリスの夜這い、そして親父さんの地下室か」
「……ねぇ、キャロル様」
キャロルの話をすべて聞き終えた後、クラリスが納得がいかないという風に杖の先で床を叩いた。
「あんたは世界で唯一のS級魔術師なんでしょ? だったら、そんなに怪しいやつらがいるなら、今すぐ全員ここに呼び出して拘束なり尋問なりしちゃえばいいじゃない。あんたなら力ずくで吐かせることなんて簡単でしょ?」
その言葉に、キャロルはいつもの軽薄な笑みを消し、ひどく冷めた、現実的な目をクラリスに向けた。
「……クラリス、君は国というものを少し単純に考えすぎているね。いいかい、僕がもし独断で騎士団の幹部たちを拘束してみなよ。それは王国に対する明白な『クーデター』だ」
キャロルは窓の外、夕闇に沈み始めたアステリアの街並みを指差した。
「騎士団が瓦解し、指揮系統を失えば、その瞬間に周辺の魔物や魔族がこの国を飲み込む。アステリアは滅亡だよ。僕一人じゃ限界がある。数万の軍勢、数百の国境線、それらすべてを僕一人で同時に守るなんて不可能だ。国っていうのは、騎士団という『組織』があるから形を保てているんだよ」
キャロルは深刻な顔で俯くエレナと、不機嫌そうに鼻を鳴らすレオンを交互に見た。
「だからこそ、学生である君たちの出番なんだ。権力構造の外側にいる君たちなら、『個人的な調査』や『内部のいざこざ』として、騎士団の深い闇に潜り込める。僕が動けば戦争だが、君たちが動けば、それは真実を求める旅になるのさ」
重苦しい沈黙が流れる中、レオンは無言で立ち上がり、隣で拳を震わせていたエレナの肩を、無造作に、けれど力強く叩いた。
「……おい。いつまで俯いてる」
「レオンさん……」
「あいつ(キャロル)の言う通り、俺たちにしかできねえことがある。あんたの親父が裏切り者なのか、それとも誰かにハメられてるのか……。それを黙って見てるなんて、あんたの性分じゃねえだろ。……真実を知りに行くぞ。自分の足でな」
レオンのぶっきらぼうな言葉に、エレナは深く息を吸い込み、迷いを振り払うように顔を上げた。その瞳には、聖女としての慈愛ではなく、真実を求める一人の術師としての強い光が宿っていた。
「……はい。覚悟はできておりますわ。お父様の、そしてゴールドバルトの誇りに懸けて……わたくしの目で、全てを確かめてまいります」




