第36話 人造魔族計画
北部の冷たい風が吹き抜ける駐屯地の医務室。
重厚な石壁に囲まれた室内には、薬草の香りと、エレナが施した聖魔法の残光が淡く漂っていた。
ベッドに横たわったヴォルカニカスは、上半身を包帯で固めながらも、その鋭い眼光は失われていなかった。彼は静かに部屋の面々――レオン、クラリス、エレナ、そして影のように控えるルシフェリアを見渡した。
「……まずは、礼を言わせてくれ。貴様らがいなければ、今頃この駐屯地は灰になっていただろう。……感謝する」
「……礼なんていい。あんたが時間を稼がなきゃ、こっちも危なかった」
レオンは窓際に背を預け、不機嫌そうに鼻を鳴らした。 その視線をヴォルカニカスへ向け、本題を切り出す。
「……あんたに聞きたい。今日みたいな『妙な術式』を使う魔族は、初めてか?」
ヴォルカニカスは苦く、重い溜息をついた。
「……ああ。あのような異質な魔術、武人として長年戦場に立ってきたが、一度も目にしたことはない。だがな……近頃、不気味な噂が軍の境界でも出回っているのだ」
「噂、ですか……?」
エレナが不安げに問いかける。
「……『影のない魔族』。そして、死んだはずの魔術師が『部品』として組み込まれた異形の兵器……。我が国の地下か、あるいは隣国か。人智を超えた何かが、理を書き換えようとしている。今回の襲撃も、その実験の一環だったのかもしれん」
ヴォルカニカスの言葉に、レオンの左手が微かに疼いた。やはり、あの「計画」は止まっていない。
ヴォルカニカスは重い口調で核心に触れた。
「……レオン、最後に一つだけ覚えておけ。王国騎士団の中に……『裏切り者』がいるという噂がある」
その言葉に、レオンは左手を握り込む。振り返る彼の瞳には、鋭い不信感が宿る。
「……裏切り者だと? 騎士団の隊長クラスが、魔族と結託してるってのか」
「……誰かはわからん。だが、北部の情報の漏れ方、そして今日のような『未知の魔術』が軍の防衛網を潜り抜けてくる現状……。内部に手引きする者がいなければ説明がつかんのだ」
ヴォルカニカスは苦渋に満ちた表情で、愛娘であるクラリスを見つめた。
「正直に言えば……お前たちをこれ以上、この泥沼に巻き込みたくはない。特にクラリス、お前は――」
「親父さん」
レオンが、ヴォルカニカスの言葉を遮った。
彼はゆっくりと、左手を掲げ、その不気味に脈動する術式の刻印を剥き出しにした。
「……あんたに隠しておくのもフェアじゃねえな。……俺のこの左手、これはある国が魔族を作ろうとして埋め込んだ『実験の成果』だ。俺自身の出生が、その汚ねえ計画の真っ只中にある」
「……何だと?」
ヴォルカニカスが息を呑む。百戦錬磨の武人である彼でさえ、その告白の重さに言葉を失った。
「俺は、利用されるために作られた。だから、その計画を動かしてる連中が騎士団だろうが魔族だろうが……関係ねえ。俺の運命を勝手に書き換えようとした奴らは、この手で一人残らず解体する。……それが俺の、人間としてのケジメだ」
静かだが、地の底から響くようなレオンの決意。
それまで黙って聞いていたエレナとクラリスも、改めて彼と共に歩む覚悟を瞳に宿し、ルシフェリアは主の言葉を肯定するように深く首を垂れた。
ヴォルカニカスはしばらく沈黙していたが、やがて短く吐き出すように笑った。
「……がはは。……そうか。ならば、私から言うことはもう何もない。……行け、……その『裏切り者』ごと、この世界の澱みを焼き尽くしてこい」
「……クラリス」
ヴォルカニカスが、傍らで心配そうに自分を見つめていた娘を呼んだ。
「これを、お前に」
ヴォルカニカスが枕元に置いてあった、シルバーフレイム家に代々伝わる重厚な装飾が施された「銀の意匠の杖」を、震える手でクラリスへと差し出した。
「それは……お父様が使っていた……」
「わしの魂を持っていけ……お前の、その型に嵌まらぬ奔放な白炎。シルバーフレイムの名にかけて、この世の邪悪を焼き尽くしてこい」
クラリスは、父の熱い意志が込められた杖を、両手でしっかりと受け取った。銀の装飾が彼女の白炎と共鳴し、眩い光を放つ。
「……はい、お父様! アタシ、もう迷わない。この炎で、
みんなと一緒に全部終わらせてくるわ!」
力強く答える娘の姿に、ヴォルカニカスは満足げに目を細めた。
「レオン・カスパール……。娘を、よろしく頼むぞ」
「……ああ。……行くぞ」
レオンは一度も振り返ることなく、医務室を後にした。
その背中は、もはや「学生」のものではなく、世界の運命を背負う「魔術師」のそれへと変わっていた。
ターゲットは、王国の闇に潜む「騎士団の裏切り者」と、人造魔族計画の全容。




