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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第34話 闘い

 ルシフェリアが呼吸を止め、背景に溶け込む。音も、気配も、そして殺気すらも完全に消失した「透明魔法」による極限の隠密。

 彼女は魔族の死角に回り込み、その首筋を双短剣で一気に断ち切ろうとした。


「……消えなさい」


 だが、刃が届く直前。

 魔族はまるで見えていたかのように、最小限の動きで首を傾けてそれを回避した。


「……浅いな、鼠が」


「っ……!?」


 魔族の無造作な裏拳が、不可視の状態のルシフェリアを正確に捉える。彼女は咄嗟に双短剣を交差させてガードしたが、凄まじい衝撃が骨を伝って全身を駆け抜けた。


「……くっ!」


 後方に吹き飛ばされたルシフェリアは、着地と同時に膝をつく。両腕が激しく痺れ、指先に力が入らない。

 だが、彼女のその一撃は無駄ではなかった。ルシフェリアが作った一瞬の隙を、レオンは逃さなかった。

地面を蹴り、虚無を纏った左手が魔族の胸元を捉える。


「……捕まえたぞ」


 レオンの手が胸に触れた瞬間、黒い波紋が広がり、魔族を構成する術式を分解し始める。だが、それと同時に――膨大な、そして異常なほど複雑な「情報の濁流」が、左手を通じてレオンの脳内に逆流した。


「……あ、が……ッ!!」


「ほう、私の術式を読み取るか。……だが、全てを飲み込めるかな?」


 魔族は消去が核心に至る前に、自らの術式を一部切り離して強引に距離を取った。

 レオンはその場に膝をつき、激しい眩暈に襲われる。耳の奥で嫌な音が鳴り、熱を持った脳が悲鳴を上げる。ツー、と熱い液体が鼻から伝い、地面に赤い点を作った。


「カスパールさん!!」


「レオン!!」


 駆け寄ろうとするエレナとクラリスを、レオンは片手を挙げて制した。


「……来るな。……はぁ、はぁ。……オーバーヒートだ、少し回しすぎた……」


 レオンは乱れた呼吸を整え、鼻血を拭いながら、鋭い視線で魔族を射抜いた。その瞳には、先ほどまでの困惑はない。


「……分かったぜ。……テメェの術式の『正体』がな」


 レオンはふらつきながらも立ち上がり、魔族が展開している「歪な障壁」を指差した。


「……『風』だ。だが、ただの風じゃねえ。大気中のガスの密度を極限まで弄って、真空の刃や、音すら通さねえ高圧の壁を何層も作り出してやがる。……親父さんの大剣を折ったのも、ルシを弾いたのも、全部目に見えねえほど薄く、鋭い『風』だ」


 レオンの左手が、再び不気味に脈動を始める。


「……構造さえ分かれば、もう俺の左手は通らねえぞ。……テメェのその気色の悪い術式、全部『解体』してやる」


「……正体がわかったところで、届かねば意味がないのだよ!」


 魔族が冷酷に告げると同時に、右手を一振りした。不可視の真空波が、鎌鼬のように唸りを上げてレオンへと襲いかかる。


「させませんわ……ッ!」


 間一髪、エレナが割って入り、全魔力を込めた『光の防壁』を展開した。黄金の幾何学模様が空間を埋め尽くし、真空の刃を受け止める。だが、ギチギチと嫌な音が響き、 エレナの顔が苦痛に歪んだ。


「構造が……あの方の仰る通り、あまりに異常です……! 密度が、これではまるで鉄の塊――ッ!?」


 パリン、と硝子が砕けるような音と共に防壁が霧散した。エレナは衝撃に耐えきれず、後方へと吹き飛ばされる。


「エレナさんッ! ……ッ、この、よくもみんなを……!!」

倒れたヴォルカニカスとエレナの姿に、クラリスの感情が爆発した。


「うわあああああああッ!!」


 絶叫と共に、杖から巨大な『白炎火球』が放たれる。戦場を真っ白に染め上げるほどの熱量が魔族を飲み込もうとした。


 しかし、魔族は指一本動かさない。

 彼の周囲に展開された「風の盾」に白炎が触れた瞬間、猛烈な旋回流によって酸素を奪われ、炎は渦を巻いて空へと霧散させられた。


「無駄だと言っている。私の風の前では、火も光もただの現象に過ぎない」


 余裕を崩さない魔族。だが、その足元に這いつくばったまま、レオンが低く笑った。


「……はは、やっぱりな。……クラリス、エレナ。サンキュ。おかげで確信が持てたぜ」


 鼻血を拭い、レオンがゆっくりと立ち上がる。その左手の術式が、黒い霧を放ちながら異常な励起を始めていた。


「風の盾で火を消すには、精密な気圧操作が必要だ。……テメェの術式は確かに凄えが、その分、一箇所でも『計算違い』が起きれば全体が崩壊する脆いパズルだ。……クラリス、準備はいいか。……一瞬だけ、奴の計算を狂わせるぞ」

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