第33話 強敵
だが、魔物の軍勢の奥から、これまでの魔物とは明らかに波長が異なる「何か」が現れた。
その存在を見た瞬間、レオンの左手が、かつてないほど激しく疼き始める。
「……おい。あいつ、普通の魔族じゃねえぞ」
漆黒の鎧を纏い、感情の欠片もない瞳をした「魔族」が、まるで機械のような精密さでこちらを見据えていた。
戦場の喧騒が、一瞬にして不気味な静寂へと塗り替えられた。
最後の一体の魔物がレオンの拳で霧散したその直後、戦場を覆う黒煙の向こうから、一人の魔族が悠然と姿を現した。
その魔族は、倒れ伏す無数の死骸を一瞥し、退屈そうに唇を歪める。
「……なるほど。魔物だけでは無理か」
低く、冷徹な声。
その男が指先をこちらへ向けた瞬間、周囲の魔力が異常なまでに凝縮され、どす黒い光の奔流がクラリスを標的に放たれた。
「クラリス、危ないッ!!」
「……っ!?」
咄嗟に杖を構えるクラリスより速く、ヴォルカニカスがその巨体で割り込む。彼は誇り高き魔導大剣を正面に掲げ、全身の魔力を注ぎ込んで迎え撃った。
「おおおおおおっ!!」
だが、衝突の瞬間。
ヴォルカニカスの顔が、驚愕に染まる。
「な……なんだ!? この魔術、術式の構造が………ッ!?」
メキメキと、耳障りな音が戦場に響き渡った。
北部の守護神とまで謳われた特A級魔術師の魔導大剣。その頑強な刃が、まるで腐った木切れのように、中心からボロボロと崩れ、折れ砕けたのだ。
「お、お父様……!? 嘘でしょ、あの大剣が……!」
吹き飛ばされたヴォルカニカスの背中を、クラリスが悲鳴に近い声を上げて支える。
騎士団の兵士たちにも動揺が広がる中、レオンだけは、その魔族が放った「未知の術式」の正体に、本能的な嫌悪感を抱いていた。
(……この感覚。あの魔族の放った魔術……人間の『魔術』でも魔族の『魔法』でもねえ。無理やり継ぎ接ぎされた……吐き気のするような術式の塊だ)
レオンは左手をゆっくりと前に出し、一歩、前に踏み出した。
「……おい。あんた、なんだ、その魔法は……」
冷たい殺気を放つレオンに対し、現れた魔族は初めて楽しげに目を細めた。
「……ほう。君か。『失敗作』。……いや、今は『唯一の成功例』と呼ぶべきかな?」
「――舐めるなぁッ!! シルバーフレイムの魂は、剣が折れた程度で消えはせんぞ!!」
ヴォルカニカスが咆哮する。折れた大剣の断面から、猛烈な勢いで純白の炎が噴き出した。それは実体を持たないはずの炎が、凄まじい魔力密度によって鋭利な「白炎の刃」を形成した、特A級魔術師の意地と執念の結晶だった。
「おおおおおおおっ!!」
大地を爆砕し、ヴォルカニカスが突進する。その姿はまさに噴火する火山の如し。
一瞬で距離を詰め、渾身の力で「白炎の大剣」を振り下ろした。
ドォォォォォン!!
だが、衝撃波が戦場を震わせた直後、一行が目にしたのは信じがたい光景だった。
現れた魔族は、顔色一つ変えずに左手を掲げている。その手の先には、幾重にも重なった、見たこともない「幾何学的で歪な術式」の障壁が展開されていた。
「……勇ましいことだ。だが、その旧時代の術式では、私の『再定義』された魔術には届かない」
「なにっ……!? ぐ、おぉぉぉぉぉっ!!」
ヴォルカニカスの剣が、障壁に阻まれてビクリとも動かない。
直後、魔族が空いた右手を無造作に突き出した。指先から放たれた黒い衝撃が、ヴォルカニカスの重厚な鎧を紙細工のように貫き、その腹部を直撃する。
「が、はっ……!?」
「お父様ーーーっ!?」
クラリスの悲鳴が響く中、巨躯のヴォルカニカスが放り出されたボロ雑巾のように吹き飛ばされた。地面を何度も跳ね、岩壁に激突してようやく止まる。
「あはは……。どうした? 北部隊長ともあろう者が、その程度か。やはり人間は、素材として以外に価値はないな」
魔族が冷酷に笑いながら、さらに追撃の術式を展開しようとする。
その目前に、音もなく「虚無」が立ち塞がった。
「……おい。誰が『素材』だって?」
レオンが、ヴォルカニカスの血が飛んだ頬を拭いもせず、一歩前に出る。
その左手からは、周囲の空気を飲み込むような、黒く不気味な魔力の波動が溢れ出していた。
「……ルシフェリア、お前は隙を見て奴の足元を削れ。……こいつは、俺がやる」
「……っ、レオン……!」
涙を浮かべながらも、クラリスはレオンの背中に宿る、かつてないほど濃密な怒りを感じ取っていた。




