第32話 軍勢
ヴォルカニカスの豪快な笑い声が響く中、その場の空気を切り裂くように、一人の伝令騎士が馬を飛ばして駆け込んできました。
「報告! ヴォルカニカス隊長! 北部国境付近にて、魔族が複数の魔物を引き連れ、アステリア方面へ進撃を開始しました!」
その場の空気が一瞬で凍りつきます。ヴォルカニカスの顔から笑みが消え、北部隊長としての険しい顔つきに戻りました。
「……チッ、あいつらめ。私が留守にしている隙を狙ったか。野郎ども、すぐに発つぞ!」
ヴォルカニカスが大剣を握り直し、踵を返そうとしたその時。
「待って、お父様! アタシも行くわ!」
クラリスが杖を強く握りしめ、一歩前に出ました。ヴォルカニカスは驚き、即座に眉をひそめます。
「馬鹿を言うな、クラリス! 相手は軍勢だぞ。学園の訓練とはわけが違う!」
「わたくしも同行いたしますわ」
エレナが、クラリスの隣に並び、凛とした声で続けます。
「光の聖女としての義務、そしてアステリアの魔術師として。……人手は一人でも多い方がよろしいはずですわ」
「……実戦は多いに越したことはねえからな。俺も行く」
レオンが、黒い手袋をはめ直しながら無造作に言い放ちました。その後ろでは、ルシフェリアがレオンの影に重なるように控えます。
「ご主人様が行くと仰るなら、私も。……邪魔なものはすべて、排除いたします」
「貴様ら……!」
ヴォルカニカスは、娘の身を案じる父親の顔でクラリスに詰め寄ります。
「クラリス、戦場は甘くない! 怪我でもしたらどうする!」
しかし、クラリスは怯むことなく、その父親の瞳を真っ直ぐに見返しました。
「お父様、アタシをいつまでも子供扱いしないで! アタシたちは何度も魔族と戦って、ここまで来たのよ! 自分の炎で、ちゃんと自分を守ってみせる。……だから、信じてよ!」
娘の瞳に宿る「覚悟の炎」を見たヴォルカニカスは、しばらくの間黙り込んでいましたが、やがて「ふん」と鼻を鳴らして笑いました。
「……いいだろう。そこまで言うなら、お前たちの実力、戦場で見せてもらうぞ! 遅れるなよ!」
北部の荒野は、魔物たちの咆哮と爆炎の音に包まれていた。
ヴォルカニカスが先陣を切り、大剣を天に掲げる。
「北部騎士団、進め! 我が娘、そしてアステリアの若き志士たちに、騎士の矜持を見せてやれッ!」
号令と共に、一行は黒い魔物の群れへと突っ込んだ。
レオンは、押し寄せる巨大な魔物の群れに対し、一歩も引かずに踏み込む。
「……チッ、数だけは多いな」
左手が鈍く光る。彼が拳を振るうたび、魔物を構成する術式が根本から崩壊し、絶叫すら上げさせずに存在を消し飛ばしていく。
その影で、ルシフェリアの姿がかき消えた。
「……ご主人様、右方は処理いたしました」
透明魔法によって不可視となった刃が、魔物の急所を正確に、そして冷酷に削り取っていく。彼女の通った後には、首を失った魔物の残骸だけが転がっていた。
一方、エレナは戦場の中央で「盾」として君臨していた。
「一人も、死なせはいたしませんわ!」
黄金の魔力が展開され、光の防壁が傷ついた兵士たちを包み込む。同時に、頭上に形成された無数の「光の矢」が、空を飛ぶ魔物たちを一斉に貫いた。
「燃えなさい! ――《白炎火球》!!」
そして、クラリスの放つ純白の炎が、戦場を白銀の世界へと変える。
父ゆずりの豪快な魔力に、彼女自身の繊細な術式制御が加わり、白炎の火球は魔物の急所を正確に追い詰め、連鎖的に爆発を引き起こした。
「……ほう」
大剣を振るい、大量の魔物を薙ぎ払っていたヴォルカニカスが、ふと視線を横に走らせた。
そこには、かつて自分の後ろに隠れていた娘が、誰よりも激しく、誇り高く戦場を駆ける姿があった。
(……いい白炎を出すようになったな、クラリス。ただの熱量ではない。芯の通った、魔術師としての意志を感じるぞ……!)
ヴォルカニカスは口元を不敵に歪ませると、再び大剣を握り直した。
「がーっはっはっは! 良い、非常に良いぞ! 貴様ら若造に負けてはおられんな! 北部の地を、我らの熱で焼き尽くしてくれるわ!!」
特A級の咆哮が戦場に轟き、一行の猛攻に押された魔物の軍勢が、初めて後退を始めた。




