第3話 綻びる秩序
俺の前に、爆発的な勢いで赤髪のポニーテールが飛び込んできた。
「ちょっと、待ちなさいって言ってるでしょ!」
クラリス・シルバーフレイム。昨日の演習で、自慢の白炎を俺に「消された」少女だ。彼女は俺の胸ぐらを掴まんばかりの距離まで顔を近づけ、琥珀色の瞳をギラつかせている。
「あんた、昨日のあれ、何!? どういう術式なのよ! あたしの白炎は、並の防御術式じゃ防げないはずなのに、相殺の衝撃も熱量も残らずに消えるなんて……あんなの、魔術の計算式が通じないじゃない!」
「……ただの湿気だって言っただろ。しつこいぞ、火の粉さん」
「湿気で白炎が消えるわけないでしょ! 隠したって無駄よ、あたしの勘は鋭いんだから!」
クラリスが鼻を鳴らし、さらに詰め寄ろうとした、その時だった。
「…………え?」
彼女の言葉が、不自然に途切れた。
快活だった彼女の顔から一瞬で血の気が引き、その視線は俺の背後、誰もいないはずの廊下の空間に釘付けになる。
「クラリス……?」
「……熱い。何これ、魔力が……あたしの白炎が、腐っていく……っ!」
クラリスが膝をつき、胸を押さえて激しく咳き込む。彼女の杖に組み込まれた最高純度の魔石が、見たこともない不気味な紫色に変色し、ひび割れていく。
アステリア王国の英知を結集し、キャロルが直々に手を加えた「絶対の結界」。
その内側で――空間が、まるで古びた紙を指で抉じ開けるように、音もなく引き裂かれた。
「――あぁ、心地よいな。この国の術式は、どれも『甘い』」
裂け目から染み出した黒い霧が凝縮し、一人の男の形を成す。
端正な顔立ち。だが、その背中からは不気味に蠢く四本の触手のような術式器官が伸び、周囲の空気を物理的に「汚染」している。
そいつは、最初からそこに立っていたかのような自然さで、苦しむクラリスを見下ろした。
「……魔族……っ!? なんで、結界を抜けて……!」
クラリスが震える手で杖を構えようとするが、指先に火花すら灯らない。魔族が発する「負の術式」が、彼女の魔力回路を強制的にジャミングしているのだ。
「結界? ああ、あれか。あんな薄い膜、少しだけ『定義』を書き換えれば門を潜るのと変わらんよ」
俺は左手を握り込み、背後で震えるクラリスと、眼前の怪物を冷たく見据えた。
「魔族…来いよ…!お前の術式を殺してやるよ」




