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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第27話 襲来

 黒い氷が嘘のように消え去り、地下貯水池には本来の清らかな水面が戻っていた。天井の隙間から差し込む一筋の光が水面に反射し、湿った石造りの空間を淡く照らしている。


「……はぁ。やっと、まともな空気になったわね」


 クラリスが杖を地面に突き、その場にどっかと腰を下ろした。戦いの緊張が解け、全員の肩から力が抜けていく。

 カリンは右腕の装着魔道具を取り外し、熱を持ったスロットを丁寧に布で拭っていた。その横では、エレナが自身の細剣を鞘に納め、感嘆の吐息を漏らす。


「カリンさん、改めて驚きましたわ。あの高圧の水流……わたくしたちアステリアの魔術師でも、あれほどの密度をビンに封印し、なおかつ結合させて放つなど、聞いたことがありませんもの」


「本当よ。アタシの白炎と真っ向勝負できるレベルじゃない。あれ、二属性を混ぜるだけであんなに凄いの? もし三つ、四つって増えていったら……想像しただけで恐ろしいわね」


 クラリスの言葉に、カリンは少し照れくさそうに、けれど誇らしげに目を細めた。


「ありがとうございます。でも、これは私一人では制御しきれなかったはずです。皆さんが道を拓き、敵を抑えてくれたからこそ、私は一番効果的な『点』に魔力を叩き込めました。……特に、ルシフェリアさんのあの動き……」


 カリンの視線が、レオンの背後に音もなく控える銀髪のメイドへと向けられる。ルシフェリアは、主の左手に新しい包帯を巻き直しながら、表情一つ変えずに応えた。


「……当然のことをしたまでです。私は、ご主人様の邪魔になる『ゴミ』を掃除したに過ぎません」


「……謙遜するな、ルシフェリア。お前の速度がなきゃ、俺の拳が届く前に氷漬けにされてたところだ」

 

 レオンがぶっきらぼうに言うと、ルシフェリアの耳の端が微かに赤くなる。それを見て、クラリスがニヤニヤしながらカリンに顔を寄せた。


「ねえ、カリン。あんたのその『瓶』の技術、レオンのこの馬鹿げたパワーを保存したりできないわけ? 『虚無の瓶』なんて作れたら、それこそ世界がひっくり返るわよ」


「……あ、それは……。カスパールさんの魔力波長は、既存のどの属性とも一致しない『無』ですから、今の瓶では器が耐えきれずに霧散してしまうかもしれません。……でも、もし特別な素材で瓶を新造できれば……」


 カリンが技術者らしい探究心を瞳に宿らせ、レオンの左手をじっと見つめる。


「……おい。俺を実験台にするなよ。……ま、汚ねえ術式を殴り飛ばす手伝いをしてくれるなら、考えてやらんこともないがな」


 レオンは顔を背けながらも、カリンの技術を確かに認めていた。

 休息の静寂を切り裂いたのは、鼓膜を刺すような高周波の絶叫だった。


「――っ!? 汚染の核を壊したのに、まだ……!?」


 カリンが顔を上げると同時に、澄み渡ったはずの貯水池の水面が激しく波打った。消失した術式生命体の残滓を集めるようにして、水底から一体の「個体」が這い上がる。


「ほう……我が術式を破るとは……」


 魔族が腕を振るうと、貯水池の残った水が瞬時に鋭利な氷の刃へと変貌し、休息していた一行へ降り注いだ。


「ちっ、しつけえな……! エレナ、クラリス!」


 レオンの声に即座に反応し、エレナが光の防壁を展開、クラリスが白炎火球を放ち氷の刃を弾き飛ばす。だが、魔族の狙いは一人、魔道具の再装填に追われているカリンだった。


「まずは、あの小癪な小娘からだ……!」


 魔族がカリンの足元から巨大な氷の爪を突き出す。カリンは咄嗟に身を翻したが、右腕の魔道具にはまだ瓶が装填されていない。


「カリン様!!」


 再びルシフェリアが、肉眼では捉えきれない速度でカリンの前に滑り込む。


「……身の程を知りなさい。汚らわしい魔力で彼女に触れることは、私が許しません」


 ルシフェリアは透明化の術式を全開にしながら、双短剣を交差させて氷の爪を真っ向から受け止めた。特A級の身体能力が、魔族の重量級の一撃を強引に抑え込む。


「カリン様、今です! 瓶の装填を!!」


「……は、はいっ!!」


 ルシフェリアが時間を稼ぐ間、カリンは震える手で新しい瓶をスロットへ叩き込んだ。


「術式結合!――高圧水流!!」

 

 ルシフェリアがスッと影に沈んで道を譲る。その直後、カリンの放った至近距離の水流が魔族の胸元を撃ち抜いた。怯んだ魔族の術式が、一瞬だけ揺らぎを見せた。

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