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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第25話 潜入

「やぁ、元気そうだね。……新しい手袋は馴染んでいるかな?」


 学園の最上階、複雑な天球儀が回るキャロルの個人研究室。呼び出された四人が足を踏み入れると、キャロルは不敵な笑みを浮かべ、一枚の術式映像を空間に投影した。

 そこに映し出されたのは、本来なら豊かな水路に彩られているはずの隣国、オーリエル王国の惨状だった。街を巡る水路はどす黒く変色し、脈動する「黒い氷」が建物や人々を侵食し、国全体の機能が停止しかけている。


「……何だ、これは。……汚ねえ術式の匂いが、ここからでも漂ってきそうだ」


 レオンが新しい黒革の手袋を鳴らし、眉間に皺を寄せる。


「正解。これは魔族が仕掛けた『術式汚染』だよ。普通の浄化魔術じゃ太刀打ちできない。魔力を注げば注ぐほど、それを餌にして増殖する厄介な性質を持っていてね。……今、あそこの王宮魔術師たちは手も足も出ない状態だ」


 キャロルは椅子に深く腰掛け、ティーカップを置いた。


「そこで、君たちに任務だ。交換留学生という名目でオーリエルへ向かい、この汚染術式の『核』を叩き壊してきてほしい。……現地には、僕の教え子であるカリンという魔術師がいる。彼女は魔道具の扱いに長けた優秀な術師だ。彼女と合流し、サポートを受けなさい」


「……フン。……魔力を吸って増殖する術式か。……なら、吸い取られる前にその『理』ごと粉砕してやるよ」


数日後。一行を乗せた馬車がオーリエルの国境を越えると、そこには異様な光景が広がっていた。かつての美しい水都は影を潜め、至る所に赤黒い結晶が突き出し、空気を凍てつかせている。


「……あ、あの……! 皆さん、危ないです! その水に触れないでください!」


 広場の中央で、淡い水色の髪を揺らした少女が必死に右腕の魔道具を操作していた。カリンだ。彼女の装着魔道具にはいくつかの瓶がセットされているが、その輝きは弱々しい。


「……浄化、属性抽出……っ。ダメ、二つの属性を混ぜるのが私の限界……! これじゃ出力が足りない……!」


 カリンは必死に防壁を維持しようとしているが、黒い氷の壁は、意志を持つかのようにその隙間を縫って迫っていた。


「……おい。……下がってろ。……そんな小細工、こいつらには通じねえよ」


絶望しかけたカリンの前に、黒いコートを翻した少年が割り込む。


「……えっ!? だ、誰ですか? 近づかないで! その氷は術式を吸い取って――」


「――知るかよ。……吸い取られる前に、消えりゃいいんだろ」


 レオンは迷いなく黒革の手袋を脱ぎ捨て、剥き出しの左手を固めた。


「……理屈をこね回すのは、俺の性分じゃねえ。……まとめて壊す」


レオンが、氷の核へと渾身の左拳を叩きつけた。


ガキィィィィィィン!!


「――なっ……!?」


 カリンは、その光景を呆然と見守ることしかできなかった。オーリエルの総力を挙げても傷一つ付かなかった呪いの氷が、少年の拳が触れた瞬間に、まるで最初から存在しなかったかのように「無」へと還り、霧散したのだ。

凍りついていた水路に、澄んだ水が戻り始める。


「…………ふぅ。……お前がカリンか。……キャロルの使いだ。……オーリエルの汚染術式、オレ達が消してやるよ」


 濡れた拳を乱暴に振り、レオンが振り返る。カリンは、その規格外の力と、冷たい瞳の奥に隠された意志に、淡い水色の瞳を大きく見開いて立ち尽くしていた。


 オーリエル王国の応接室。窓の外には、いまだ黒い氷に蝕まれた街並みが広がっています。カリンは居住まいを正し、レオンたちに向き直りました。


「改めて自己紹介を。オーリエル王国の魔術師、カリンです。キャロル先生からは、皆さんの噂……いえ、活躍は予々伺っておりました」


 カリンは手元の資料を広げ、落ち着いた声で現状を伝えます。


「現在、王宮の地下にある巨大な魔力溜まり――『大水球』が汚染の根源となっています。そこから溢れ出した汚染魔力が水路を伝い、この国を『黒い氷』で閉ざしているのです。私の力だけでは、一時的に汚染を遅らせるのが精一杯で……」


 しかし、クラリスの意識はカリンの話の内容よりも、彼女の右腕に固定された奇妙な装置に釘付けになっていた。銀色の細いフレームが複雑に絡み合い、いくつかのスロットが並ぶその道具は、これまでに見たどの杖や魔道具とも異なっていた。


「ねえ、さっきから気になってたんだけど……カリン、その腕についてるゴツい魔道具、一体何なの?」


 クラリスが興味津々で覗き込むと、カリンは少し照れくさそうに微笑み、自分の右腕を持ち上げて見せた。


「これですか? これは、私が製作した魔道具の試作品なんです。まだ研究段階なのですが……」


 今度はエレナが、カリンの腰に整然と並べられた、色とりどりの液体が揺れる小さな瓶に目を留める


「……その腰に吊るされている複数の瓶も、その魔道具の一部何ですの?」


「この瓶には、あらかじめ抽出した属性魔力を封印してあります。私の魔力だけでなく、他の術師の方から分けていただいた属性を保存しておくこともできるんですよ」


 カリンはそう説明すると、「実際に見ていただいた方が早いかもしれませんね」と立ち上がった。彼女は装着魔道具のレバーを操作し、カチリと硬質な音を立てて二つの瓶をラインに結合させた。


「私の水流魔法に……さらに同質の属性を重ねます。――術式結合!、水+水!」


カリンが正面の練習用標的に向けて右腕をかざすと、装置の周りに淡い水色の魔法陣が二重に重なり、激しく回転を始めた。


「――《高圧水流アクア・ストリーム》!!」


 ドォォォォン!! という凄まじい衝撃音とともに、カリンの指先から極太の水流が放たれた。それは並の魔術師が放つ水魔法とは明らかに密度も威力も異なり、標的を一瞬で粉砕するほどの勢いを持っていた。


「すごっ……! 今の、ただの水魔法じゃないわよね!?」


 クラリスが驚きで目を丸くする。カリンは少し肩で息をしながら、装置を撫でた。


「はい。これは、私自身の水流魔法に、瓶に封印していた別の水属性を結合させて、威力を大幅に引き上げたんです。同じ属性を重ねるだけでも、これだけの出力が出せます」


「そんな強力な魔術が連発できるなら、カリンが最強じゃない! 怖いものなしよ!」


 クラリスが興奮気味に声を上げた。自身の白炎魔法に匹敵する、あるいはそれ以上の瞬間火力を目の当たりにし、アタッカーとしての本能が刺激されたようだ。

 しかし、カリンは力なく首を振り、少し困ったように眉を下げた。


「いえ……そんなことはありません。この瓶、一度魔術を放つと中身が空になってしまうんです。それに、属性魔力を瓶に抽出して安定させるには、かなりの時間と精密な作業が必要で……」


 カリンは、空になった透明な瓶を悲しげに見つめた。


「今の私には、戦闘中に何度も補充することはできません。ここぞという時にしか使えない、一発限りの切り札なんです」


 俯き加減になるカリンに、真っ先に声をかけたのはエレナだった。


「あら、一発でもそれだけの威力があれば十分ですわ。わたくしたちが周囲を固めれば、カリンさんは落ち着いてその一撃を狙えるはず。役割分担というものですわよ」


「そうよ! 足りない手数はアタシたちが補ってあげるわ。あんたはその『最高の一撃』だけを考えてればいいの。ね、レオン?」


 クラリスに話を振られ、レオンは鼻で笑いながら、新しい黒革の手袋をはめた拳を軽く突き出した。


「……一発で仕留めりゃ、二発目は要らねえだろ。効率的な話だ。お前が道を拓くなら、俺がその奥をブチ壊してやる。それだけだ」

 

 レオンのぶっきらぼうだが信頼の籠もった言葉に、カリンの瞳に少しずつ光が戻っていく。その傍らで、ルシフェリアも静かに、だが力強く頷いた。


「ご主人様の仰る通りです。カリン様の魔術が放たれるまでの時間は、この私が、影となって一切の敵を寄せ付けません。ご安心を」


「……皆さん……」


 カリンは胸元に手を当て、仲間たちの優しさを噛み締めるように微笑んだ。


「ありがとうございます。私、精一杯、皆さんのサポートを頑張りますね」

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