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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第24話 休息

 翌朝、アステリア魔術学校の廊下には、昨夜の緊迫感が嘘のような、呆れるほど平和な喧騒が戻っていた。


「ちょっとレオン! なによその手袋! せっかく昨日ルシフェリアが綺麗に包帯巻いてくれたのに、もうボロボロじゃない!」


 クラリスの怒鳴り声が校舎に響き渡る。彼女はポニーテールを揺らしながら、レオンの左手を指差した。そこには、昨夜の負傷を隠すために無理やりはめられた、今にも弾け飛びそうな安物の革手袋があった。


「……五月蝿い。……指が動けば何でもいいんだよ」


 レオンは眠たげな目をこすりながら、ぶっきらぼうに返す。彼の隣では、ルシフェリアが「申し訳ございません、クラリス様。予備の手袋の強度が足りませんでした」と深々と頭を下げていた。


 昼休み、学食のテラス席。

 エレナ・ゴールドバルトが優雅にフォークを動かしている。そのネックレスは今日も黄金の輝きを放ち、周囲の生徒たちからは「流石は聖女様」と羨望の眼差しを向けられていたが――。


「……カスパールさん、その食べ方は感心しませんわ。左手が不自由なら、私が細かく切り分けてあげますから、じっとしていてくださいな」


「……エレナ、お前まで……。俺は子供か」


「あら、昨夜はあんなに可愛らしく『最高にいい奴らだ』なんて仰ってましたのに?」


「……っ、それは……!」


 レオンが顔を赤くして絶句する。昨夜の「デレ」を盾に取られ、完全に主導権を握られている。


「あはは! レオン、顔真っ赤! 聖女様に『あーん』してもらう絶好のチャンスじゃないの!」

クラリスがパンを頬張りながら爆笑する。


「……ルシフェリア。……こいつらを今すぐ消してくれ」


「承知いたしました、ご主人様。……ですがその前に、お薬の時間です。はい、あーん」


「お前もかよッ!!」


 そんな四人のもとへ、上空からふわりと羽毛のように舞い降りる影があった。


「やぁ、青春しているね。……ところでレオン、君の次の授業、僕の『実技演習』だったよね?」


 キャロルが、昨夜のシリアスな告白など欠片も感じさせない、悪戯っぽい笑顔で現れた。その手には、不気味に脈動する巨大な「魔核コア」が握られている。


「……おい、キャロル。……その手に持ってるのは、何だ」


「これ? 昨日の洋館の残骸から拾ってきた、中級魔族の心臓の術式だよ。……これを使って、今から『術式の物理破壊』の特別講義を始めようと思ってね。さあ、校庭へ行こうか!」


「……昨日の今日で、また無茶振りかよ……!」


「「「「嫌な予感しかしない!!」」」」


 四人の叫びが、晴れ渡ったアステリアの空に消えていく。

「宿命」を殴り壊した彼らの前には、これまで以上に騒がしく、そして予測不能な「日常」という名の記述が続いていた。


 そして、ボロボロになった魔道具を新調するために、週末に王都の魔術街に来ていた。

 週末の王都アステリアは、活気にあふれていた。

 石畳の両脇には魔導ランプを売る店や、属性魔力を封じ込めた鉱石が並ぶ露店がひしめき合い、空には伝令用の使い魔が飛び交っている。


「……なんで俺までこんな人混みに……」


 レオンは、包帯が透けて見えるほどボロボロになった左手を隠すように、不機嫌そうな顔で歩いていた。その隣には、主の歩調に一寸の狂いもなく合わせるルシフェリア。そして前を歩くのは、すっかり私服に着替えて浮かれた様子の二人だ。


「いいじゃない、レオン! 魔術師にとって魔道具の新調は、剣士が剣を研ぐのと同じよ! ほら、あそこの店、最高級の『白炎結晶』が入荷したって噂なんだから!」

クラリスは、いつものポニーテールを揺らしながら振り返り、弾けるような笑顔を見せる。


「そうですわ、カスパールさん。貴方のその手袋も、もう限界でしょう? 今日はわたくしが、ゴールドバルト家御用達の工房へ案内して差し上げますわ」


 エレナは優雅に日傘を差し、周囲の視線を集めながらも、その瞳はしっかりとレオンを捉えていた。

 四人が訪れたのは、路地裏に佇む重厚な門構えの工房だった。

 店内には、複雑な術式が刻印された防具や、魔力を増幅させる杖が整然と並んでいる。


「……ほう、これは酷い。魔具をここまで焼き切るとは、どこの戦場帰りだ?」


 奥から現れた老技師が、クラリスの杖とエレナの細剣を見て、呆れたように眼鏡を上げた。


「……あ、あはは。ちょっと……キャロル先生の『特別講義』でね……」


 クラリスが冷や汗をかきながら杖を差し出す。老技師はそれを手に取り、次にレオンの左手に目を留めた。


「……小僧。その左手、ただの怪我じゃないな。……その『穴』を埋めるための器が必要か?」


 レオンは黙って頷き、左手を差し出した。

 老技師は慎重にレオンの魔力の波長を読み取ろうとしたが、その瞬間、計測用の魔道具が「パキッ」と音を立てて静止した。


「……なんだと? 術式を読み取れん……。無色……いや、《虚無》か。……面白い。坊主、お前には既存の魔具は合わん。これを持っていけ」


 老技師が奥から取り出したのは、漆黒の革に銀の糸で細かく術式が刺繍された、右と対になる**『特製の手袋』**だった。


「それは『黒龍の皮革』に、衝撃分散の術式を組み込んだものだ。お前のような、魔術を物理で叩き壊す阿呆にはこれくらいしか耐えられん」


 買い物を終えた四人は、王都の中央広場にあるベンチで一息ついていた。

 レオンは新しい黒の手袋をはめ、何度も拳を握ったり開いたりしている。


「……しっくりくるな。これなら、次はもう少し加減せずに殴れそうだ」


「加減しなさいってば! またすぐ壊すつもり?」

 クラリスが呆れたように笑い、買いたての白炎結晶を満足そうに眺める。


「ふふ、でもこれで準備万端ですわね。……あ、カスパールさん。その手袋、左手の甲の刺繍が少し曲がっていますわ。直してあげますから、こちらへ」


 エレナが自然にレオンの手を取り、距離を詰める。


「……っ、おい、自分でする……!」


「……エレナ様。ご主人様の手のお世話は、私の役目です」


 ルシフェリアがスッと二人の間に割り込み、いつもの「独占欲という名の献身」を瞳に宿らせた。


「あら、ルシフェリアさん。協力し合った仲じゃありませんか。わたくしも、彼を守るための盾になりたいのですわ」


「……あーあ。また始まった。……レオン、あんたも大変ねぇ」


 クラリスがニヤニヤしながら、夕日に染まる王都の街並みを眺める。

 昨日の死闘が嘘のような、騒がしくも温かい休日。

レオンは、左手の手袋に伝わる新しい術式の感触を確かめながら、不器用そうに口の端を緩めた。


「…………ま、悪くない休日だな」

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