第16話 隙
ゼノンが闇に消え、学園を覆っていた「真空」の結界が霧散した。
急激に流れ込んできた夜風と酸素に、広場にいた生徒たちは激しく咳き込みながらも、自分たちが生き延びたことを悟り始めていた。
「……はぁ、……はぁ。……消えた、のですわね」
エレナが膝をつき、肩で息をしながら呟く。彼女の全魔力を注ぎ込んだネックレスは、今は熱を帯びて鈍く光っている。
隣ではクラリスが杖を杖代わりにして体を支えていた。二人の視線の先には、たった一人、立ったまま動かない少年がいる。
「……ねぇ、レオン? 冗談はやめてよ、もう終わったわよ……」
クラリスが震える手でレオンの肩に触れた。
その瞬間、レオンの体は糸が切れた人形のように、ゆっくりと前方に崩れ落ちた。
「レオン!!」
「カスパールさん!!」
二人が叫び、駆け寄る。
ルシフェリアがそれよりも速く影から飛び出し、レオンの体を抱きとめた。
レオンの左手は、手袋が焼き切れたまま真っ赤に変色し、そこから白煙が立ち上っている。二人の強大な魔力を《虚無》で濾過し、無理やり放出した反動――体内での術式暴走によるオーバーヒート。
「……ご主人様! 意識を、しっかり……!」
ルシフェリアの呼びかけに、レオンは僅かに目を開けたが、その瞳は焦点が合わず、すぐに深い眠りへと落ちていった。
ルシフェリアは、気絶したレオンを抱きとめたまま、その顔を覗き込む。
「あ……、ああ……」
ルシフェリアの口から、漏れ出たのはいつもの冷徹な報告ではありませんでした。
震える指先が、レオンの頬に触れます。オーバーヒートした彼の体温は恐ろしいほど高く、その熱が彼女の指を焼きました。
「ご主人様……嫌です、行かないでください……。置いていかないで……っ」
その声は、完璧な従者のものではありませんでした。
主に感情をくれたあの日から、彼女の心に芽生えていたのは、忠誠心という名の巨大な「独占欲」と、ただ一人の少女としての「甘え」。
駆け寄ろうとしたエレナとクラリスが、その場に釘付けになりました。
月明かりの下、膝をついてレオンを抱きしめるルシフェリアの肩が、小刻みに震えています。鉄の無表情は崩れ、その瞳からは大粒の涙が溢れ、レオンの頬に落ちました。
「私から……私から、光を奪わないでください……っ」
それは、レオンの前でしか、それも彼が意識を失っている時にしか出せない、十六歳の少女としての致命的な隙。
「レオンの道具」であることを誇りとしていた彼女が、今この瞬間だけは、ただ彼を愛し、失うことを恐れる一人の人間として、無様に、そして美しく泣き崩れていました。




