第12話 思惑
学園の最上階、魔術式が壁や床にびっしりと書いてある研究室にてキャロルは月明かりを背に、古びた日記帳を捲っていた。
「……来たね、レオン。合格おめでとう」
扉を開けたレオンは、顔色の悪いまま、無愛想にキャロルを睨みつけた。
「……何の真似だ。あの最深部の術式、あれはただの幻影じゃない。……俺の『中』にある記憶を、強引に引きずり出しやがったな」
キャロルは楽しげに喉を鳴らし、手元の日記を閉じた。その表紙には、見覚えのある――レオンの故郷に伝わっていたはずの紋章が刻まれている。
「ふふ、心外だね。僕はただ、君の《虚無》が何を『消せない』のかを教えてあげただけだよ。……ねえレオン。君の左手は、術式という『理』は消せても、魂に刻まれた『後悔』までは白紙に戻せない」
キャロルがふわりと椅子から立ち上がり、レオンの喉元に冷たい指先を這わせる。
「あの炎の中で、君を見捨てて逃げた『誰か』の手。……それとも、君が助けられなかった『誰か』の悲鳴かな? あの幻影が具現化したのは、君が今も、その過去を『消したい』と願っているからだよ」
「……黙れッ!!」
レオンがキャロルの手を振り払う。だが、キャロルは動じず、その紅い瞳を妖しく細めた。
「怒ることはないさ。……面白いことが起きたじゃないか。あのアステリアの『お人形さん』たちが、君のために術式を組んで、君の絶望を焼き払った。……僕の予想外だよ。僕はあの子たちは、ただの君の『遮蔽物』だと思っていたんだけどね」
キャロルは窓の外、遠くに見える学生寮を眺める。そこには、レオンの帰りを待つルシフェリアや、彼を案じて眠れぬ夜を過ごすエレナたちの気配がある。
「……いいかい、レオン。君の《虚無》は、孤独であればあるほど研ぎ澄まされる。……けれど、あの子たちが君の『欠落』を埋め始めた時、君の左手は、世界を消すための刃ではなくなってしまうかもしれない」
「……それがお前の狙いか? 俺を弱くして、どうするつもりだ」
「弱く? まさか。……『人間』に戻してあげようとしているのさ。 君を『魔王を殺すための装置』ではなく、一人の復讐者として完成させるためにね」
キャロルの言葉は、慈愛に満ちているようで、その実、底知れない悪意を含んでいた。
彼女は再び椅子に座り、まるで興味を失ったかのように手を振る。
「……さあ、おやすみ、レオン。次は『本物』が来るよ。
あの日の炎を操る者たちがね」
レオンは何も答えず、背を向けて部屋を出た。
廊下を歩く彼の左手――白手袋の下の『刻印』が、微かな熱を持って脈動していた。




