第11話 幻影
自動人形を沈め、辿り着いた最深部の祭壇。その中央には、冷たい光を放つ『星のメダル』が鎮座していた。
「……やっと、終わりですわね」
エレナが安堵の吐息を漏らす。だが、レオンがメダルへと手を伸ばした、その瞬間――。
ゴォォォォォォォッ!!
祭壇の周囲が、唐突に「赤い炎」に包まれた。
それは魔術による単なる炎ではない。レオンの脳内に直接流し込まれた、キャロル特製の『過去再現術式』。
「な……っ、あ、あああぁぁぁ……ッ!!」
レオンが突然、喉をかきむしって膝をついた。
彼の視界には、もはや石造りの遺跡など映っていない。燃え盛る故郷、崩れ落ちる家々、そして――助けを求めて伸ばされた、誰かの真っ黒に焼けた手。
「……やめろ。……消えろ、消えろ消えろッ!!」
レオンが狂ったように左手を振り回す。だが、どれだけ空を掻いても、この炎は消えない。
なぜなら、これは外にある「術式」ではなく、レオンの**「罪悪感」という記憶の核**に直接結びついた幻影だからだ。
「レオン!? しっかりしなさいよ、どうしたのよ!」
「……っ、この魔力の質……。ただの幻影ではありませんわ。対象の絶望を燃料にして、精神を内側から焼き尽くす……なんて悪趣味な術式を……!」
エレナが歯を食いしばる。
レオンの背後で、ルシフェリアが悲鳴に近い声を上げた。
「……ご主人様ッ! 離れてください、それは……それは貴方の心そのものです!」
ルシフェリアが駆け寄ろうとするが、レオンから溢れ出した暴走気味の《虚無》が、周囲の空間を無差別に削り取り、誰も近づかせない。
キャロルの不気味な笑い声が、遺跡に反響する。
『ねえレオン。君の左手は、自分自身の「心」さえ消してしまうのかな?』
「……ふざけないでよ、あのクソババア……っ!」
一歩、前に踏み出したのはクラリスだった。
彼女は震える足で、暴走する《虚無》の渦へと歩み寄る。
「クラリスさん!? 無茶ですわ、今の彼に近づけば存在ごと消されますわよ!」
「……わかってるわよ! でも、あいつがいなきゃ、あたしたちは最初から死んでたのよ!」
クラリスが杖を高く掲げる。その瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの強い意志が宿っていた。
「あたしが……この偽物の炎を、本物の火(白炎)で焼き払ってやるわ! エレナ様、彼の《虚無》を抑える『光』を貸して!」
「……わたくしも、管理すると決めた以上、ここで彼を失うわけにはいきませんわ!」
エレナが胸元のゴールドバルト家のネックレスを強く握りしめる。
暴走するレオンの左手から溢れ出す漆黒の波動が、物理的な圧力となって彼女を押し戻そうとする。
「――『聖域展開』!」
エレナを中心に、清浄な白い光が爆ぜた。
レオンの《虚無》が空間を削り取ろうとする端から、エレナの「光」がその欠落を埋め、理を繋ぎ止めていく。
「……っ、これほど、魔力が……吸い取られるなんて……!」
エレナの顔から血の気が引く。
彼女の技は、攻撃ではなく「維持」と「再生」。
荒れ狂うレオンの精神を、聖女の光で優しく、けれど強引に「正常な世界」へと繋ぎ止める。
「クラリスさん、今ですわ! 彼の意識の奥へ、貴女の火を届けて!」
クラリスは震える手で、愛用の杖を強く握りしめた。
彼女にできるのは、まだ教わったばかりの基礎的な術式。火球を形作り、放つ。それだけだ。けれど――。
「……見てなさいよ! あたしの『白炎』は、偽物の火になんて負けないんだから!」
クラリスが全魔力を杖の先に集中させる。
膨れ上がる白炎。熱量が臨界を超え、杖に刻まれた術式が悲鳴を上げる。
「――いっけぇぇぇぇ!!」
放たれたのは、巨大な一つの『白炎の火球』。
それは洗練された魔術とは程遠い、ただの「熱量の塊」だった。
だが、その純粋な白炎は、レオンの脳内にこびりついた「赤い幻影」を力技で焼き払い、内側から殻を突き破るように炸裂した。
偽物の炎が、より強い本物の熱量に上書きされ、霧散していく。
「……あ、あぁ……」
レオンの視界から故郷の惨状が消え、涙を流しながら自分を呼ぶ、二人の少女の姿が戻ってきた。
「……レオン。……バカね、あんた。一人で抱え込みすぎなのよ」
クラリスが、肩で息をしながらレオンの手を掴む。
エレナもまた、膝をつくレオンの肩を支え、静かに、けれど力強く告げた。
「……カスパールさん。貴方は『毒』かもしれませんが、わたくしたちがそれを浄化する『薬』になればいい。……そうでございましょう?」
レオンは、震える自分の左手を見つめた。
いつも自分を拒絶し、孤独に追い込んできた呪いの力。
けれど今、その手には、自分を繋ぎ止めてくれる確かな
「熱」があった。
「…………ああ。……すまない」
レオンが初めて見せた、年相応の、ひどく脆い表情。
ルシフェリアは、遠くからその光景を悔しげに見つめながらも、ご主人様の心が壊れなかったことに、深く安堵の溜息を吐いた。
祭壇の『星のメダル』が、静かに祝福するように輝いた。




