第1話 虚無の産声
雨は、すべてを洗い流すという。
だが、この燃え盛る街から漂う、鼻を突く肉の焼ける臭いだけは消せそうになかった。
瓦礫の山を、一人の女が歩いている。
豪奢なローブを翻し、泥に汚れぬ足取りで進む彼女の名は、キャロル・エインズワース。
「見つけたぞ、魔術師か! 俺の魔法をくらえ!」
炎を纏った魔族が、哄笑とともに飛びかかる。
だが、キャロルは視線すら向けない。
「うるさいな……」
彼女が虚空で指を、ただ一振り。
直後、魔族は断末魔すら上げられず、その強固な肉体を縦に真っ二つへと引き裂かれた。血飛沫が雨に混ざり、キャロルの歩みに華を添える。
彼女は、崩れた石壁の前に立ち止まった。
細い腕を伸ばし、指先で空中に円を描く。
《空間干渉:隔離解除》
不自然に歪んでいた空間が剥がれ落ち、そこへ二人の子供が転がり出た。
ボロボロのメイド服を纏い、足を血だらけにした少女。そして、その背中に意識を失った少年。
「……ッ、何者…です…」
少女――ルシフェリアは、膝を突き、血を吐きながらも、キャロルを射殺さんばかりの冷たい視線で見据える。その背中の少年を、決して手放そうとはしない。
キャロルは無言のまま歩み寄り、泥にまみれた二人の前で、静かに腰を落とした。
うなだれ、意識を失いかけていた少年の指先が、ぴくりと動く。
少年――レオンは、震える左手でキャロルの腕を、骨が軋むほど強く掴んだ。
「……魔族、……消す……魔族……は……消すッ!!」
その瞳には、もはや子供の純粋さなど残っていない。
ただ、世界を白紙に戻そうとする凄まじい『虚無』の衝動だけが渦巻いていた。
掴まれた腕から、キャロルの防御術式がパリンと音を立てて消え去る。
彼女は、その異常な感触に目を細め――残酷なほど美しく、笑った。
「いいね……楽しませてよ」
キャロルは、冷え切った二人の体を、その柔らかな腕の中に抱き上げた。
燃え盛る街を背に、最強の魔術師に抱かれた二人の子供。
こうして、世界の理を壊すための物語が、産声を上げた。




