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第8話「夕暮れの部屋」

目を覚ましたイツキは、部屋の隅で待っていたリョカと会話を交わす。

夢でうなされていたイツキを気遣うリョカ。

やがて二人の間に温かな空気が流れ始める。

目を開けると室内は薄暗く、木の壁と梁が夕暮れで赤く染まっていた。


窓から差し込む光は、長い影を床に伸ばし、埃の粒子を金色に浮かび上がらせている。



オレは寝台の上で身を起こした。

背中にはまだ乾いた藁の感触が残っている。

窓を見やると、空は朱から紫へと移り変わる途中で、雲の縁が燃えるように輝いていた。

胸の奥に、どこか遠い懐かしさと、埋めることのできない喪失感が同時に押し寄せた。

――リリ。


ふと気づけば部屋の隅に人影があった。

窓際の床に、リョカが膝をそろえて座っている。

杖は壁に立てかけ、両手は膝の上に置かれている。

夕暮れの光が帯になって射し込み、その横顔だけをやわらかく照らしていた。

外では虫の声が重なり、家の木組みがきしむ音がときどき返ってくる。



部屋の隅に濡れた雑巾とほうきが置いてあった。

どうやら寝ている間に掃除をしてくれたようだ。

身を起こす気配に、リョカは振り向かず、目だけをこちらへ寄こした。


「起きた?」


声は小さく、部屋の埃を散らさないほどの音量だった。


「‥‥どれくらい、寝ていた?」


「一刻ちょっと。起こそうか迷ったけど、寝顔がつらそうだったから」


リョカは言葉を切り、帯に付いている札のようなものを指先で軽く押さえた。


「少しうなされてたよ。大丈夫?」


リョカは、そっと立ち上がると部屋の中央に置かれた木でできたコップをオレに差し出した。

コップを受け取り、中を覗き込むと、水が入っていて小さな波を刻んでいた。

オレはそれに口をつける。

水は冷たく、喉に落ちるたび、胸のざわめきが少しずつ沈んでいった。


「ありがとう」


彼女はふっと笑って、また黙った。

窓の外、村の柵の向こうに灯りが一つ、二つと点るのが見える。


短い静けさ。リョカは床板の節を見つめたまま、ささやく。


「ねぇ、リリって誰?寝言で言ってたよ。そういえば会った時にわたしのことをリリって呼んでた」


「オレと長く共に闘っていた仲間だ」


「そうなんだ。それで、その人はいま――」


「‥‥わからない」


オレは少し答えにくそうに言った。


「つまり‥‥‥あなたは長い間、自分の国でリリと一緒に戦ってきた。でも、二人は離れ離れになって、気づけばあなたは、なぜかヌーベルという町の空き家に身を寄せている。けど、リリは今どこで何をしているかわからない」


リョカは丁寧に言葉をなぞるように言った。


「そうだ」


オレ少し低く言った。


「そして、その人はイツキにとって――大事な人」


リョカは少し上を向きながら話した。


オレは、少しの間中空に視線を泳がせたあと、リョカをまっすぐ見て言った。


「そうだ」


「そして、その人は"わたし"に似ている」


リョカもオレをまっすぐ見て言った。


「そうだ」


オレはだから?といった顔をした。


「そして‥‥‥今日わたしの命を助けた恩人だから、遠慮なくこの村に泊まることができる」


リョカが少しぎこちない真顔で言った。


オレは、少し思案するような表情をした後に、


「そ・う・だ」


オレの口元はすでに少し緩んでいた。

その場に満ちていた重い空気が溶ける。


それに呼応して、リョカも笑った。


「なんだこの誘導尋問は?」


オレの心には温かみが宿り、顔にも穏やかさが戻っていた。


「この村に知らない人を泊めるんだから、どんな人か少しくらい知っておかないといけないでしょ」


リョカは当然でしょという顔をしながら言った。


「"わかる"んじゃなかったのか?」


オレは少し皮肉めいて言った。


「私がわかるのは深層にあるほんの断片だけよ。表層的なことは逆に分からない」


リョカは窓の外を見ながら続ける。


「でも、あなたが本当はとても"良い"人だと――私にはわかってるの」


その言葉は、オレの硬く堆積した心の深層をかすかに揺り動かした。

ふとオレは思い出す。

殻は意味をなさない――か。

不思議と嫌な感情は湧いてこなかった。


オレは、ゆっくりと息を吐いた。

夕光が色を失い、紫が部屋の角から満ちてくる。

リョカは立ち上がらず、その変化をいっしょに眺めていた。


「来て。みんなに紹介するわ。みんながあなたのことを知りたがっている」


「わかった」


呟くと同時にオレは立ち上がった。


リョカは杖を手に取り、床に手をついて立ち上がる。

彼女の動きに合わせて、飾りの金具がかすかに鳴った。


戸口で、リョカが一度だけ振り返った。


「ねぇ、イツキ」


「なんだ?」


「想いは実態を伴わない。でも――きっと届くわ」


その言葉は、唐突だった。


オレは何も答えなかった。

ただ、胸の奥が少しだけ温かくなった気がした。

二人は夕暮れの中を、村の中心へと歩き出した。


次話は2/28に更新します。

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