第3話「魔物の森」
村へ向かう道中、イツキはリリとの最後の瞬間を思い出し苦悩する。
リョカの優しさに触れながらも、二人の違いを痛感する。
そんな中、静かな森に異変が――カーティ(ガーディの新モード)が生命反応を検知。
巨大な魔物が姿を現す。
木々が生い茂る道を村に向かって歩いている間、ディモス戦――リリとの最後の瞬間のことを何度も思い出していた。
その度にオレの胸の奥は、ぎゅっと締め付けられた。
(オレは一体何の役に立ったというのだ?)
そのことが表情に出ていたのか、リョカが心配そうな顔をこちらに向けていた。
「大丈夫?まだ具合が悪いの?もう少しで着くから頑張って」
そのときオレは、リョカの話し方や仕草をリリと重ねていた。
しかし、そのイメージが重なることは決してなかった。
一体リリはどうなったというのだ。
そして、そのリリにそっくりな存在が偶然目の前にいるということをどう理解すればいいのか。
オレは出口のない迷路をグルグルと彷徨っていた。
「イ‥‥キ、イツキ、聞いてる?」
気づくと、リョカがこちらの反応がないことにまた心配していた。
「聞いてる。大丈夫、体調は悪くないから気にしないていい」
オレはイメージを振り払うように答えた。
あたりは静かだった。
風が木々の葉や草花を撫でる音だけが聞こえる。
まるで、この世界にはオレとリョカの二人しか存在していないような気がした。
そしてそのことに不思議と違和感はなかった。
リョカは歩きながら気持ちよさそうに鼻歌を口ずさんでいた。
しかし、そのメロディーは一度も聞いたことのないものだった。
森の小径はどこまでも変化なく続き、永遠に同じ場所を歩いているのではいかと思うほどだった。
「この辺りは静かな場所よ。あまり魔物もいないから、私でも一人で歩くことができるの。このあたりの雰囲気が好きで、たまにこうして散歩にくるんだ」
リョカは独り言のようにつぶやき、見慣れたであろう景色の一つ一つを確認しているように見えた。
その話を聞き、オレは一つの言葉を繰り返し反芻していた。
マモノ‥‥‥マモノ?リョカは何を言っているのだ?
マモノとは凶暴な動物のことを言っているのだろうか?
いや、遺伝子操作で強化された動物の類か?
それとも動物型AIロボットのことか?
それに気になっていたが、このあたりで監視型AIを見ていない。
AIの監視が及んでいない場所?
そんな場所存在するのか?
頭の中が、再び疑問で満たされる。
溢れ出た疑問が音に変わる。
「マモノ?なんだそれは?」
すると今度はリョカが、これ以上開けることができないのではないかと思うくらい、目を大きく見開いた。
「え?イツキ、魔物を知らないの?まさか私をからかってるの?」
リョカが刺すような疑いの眼差しを向ける。
「いや、それは違う。本当にわからないんだ。書物では見たことがあるが、本当に存在しているとは考えていない」
それを聞いて、リョカは希少性のない絶滅危惧種を見るような表情を見せた。
「魔物ってのは、この世の生き物で"魔に染まった存在"のことよ。森や荒原、廃坑とかいろんな場所に出るの。夜のほうが活発。種類はとっても多くて、このあたりだと、スパインスクイレルやフェロウルフとかかな」
「ガーディ、スパインスクイレルやフェロウルフって言葉について検索してくれるか?」
リョカの情報をもとにガーディが既知データとの照合作業を走らせ結果を知らせる。
『イツキお兄ちゃん、さっきの言葉を検索にかけたけど、全然一致する情報がないみたいだよー。残念だね(クスン)』
ガーディの声は年配の男性から子供くらいの女の子の声に変わっていて、それはまったく残念さを感じさせない声色だった。
「そうか、一致情報なしか」
オレは違和感から心がざわついたが、気にしないことにした。
『ねぇねぇ、ちゃんと調べたから、ご褒美欲しいな~(スリスリ)』
ガーディが甘えるような声を出す。
ご褒美?ガーディが言っている意味が分からなかった。
オレは、さすがに無視できなくなり、嫌な予感しかしない質問をする。
「おい、ガーディ、なんだこれは。どういう設定に変更したんだ?」
『もちろん依存度高めの妹設定だよ♪あと、女の子だからカーティって呼んでね。そうじゃないと応答しないから♡それと、設定変更は半年単位でしかできないから、よ‥ろ‥し‥く』
それを聞いたオレは唖然とした表情を浮かべた。
何がもちろんだ‥‥‥まあ、しゃべり方だけならそこまで影響はないか。
それはさておき(おいていいのか?)‥‥‥、該当する情報は一切なく、通信を行うことも不可能。
いったいここはどこで、なぜオレがここにいるのか。
しかも、全く監視ロボットの気配がない。
そんな"人類の記録にない場所"なんてあるのだろうか。
どれだけ考えても、堂々巡りをするだけだった。
今わかっていることは、既存のデータベースに"存在しない場所"にいるということだけだった。
そのとき、静かだった木々の葉が、ひと筋だけ逆向きに揺れた。
『お兄ちゃん!!生命反応。右前方 18m 急接近してる』
「ガーディ、何系の生物かわかるか?」
『‥‥‥‥‥』
「おい、ガーディ?」
『‥‥‥‥‥』
「ガ‥‥‥‥カーティ?」
オレは、少し恥ずかしそうに言うと、
『お兄ちゃん、生体確定(心拍68–82 bpm)だよ!四足‥恒温‥推定体重750–800 kgかな』
瞬時にカーティは応答した。
『ただ、ちょっと気になることがあってー、歩行時に爪の金属擦過あり。あ、お兄ちゃん、ちなみに言い忘れてたけど、たまに褒めたりしないと応答がなくなるのでよろしくね♡(テヘ)』
「ほ、褒める!?」
そのとき、オレは初めて絶望という言葉の意味を実感した。
何て面倒くさい設定なんだと思ったが、機嫌を損ねることのデメリットを考慮し黙った。
やけにデカイが、体重からして熊か。
ただ爪の金属音?普通の動物ではないのか?一応警戒しておくか。
オレは反射的に素早く背中から伸縮スピアを抜いた。
手に持ったスピアは生命体のように自然に伸長していった。
リョカは、オレが突然武器を取り出したことに驚きの表情を浮かべる。
「どうしたのイツキ。突然武器なんか取り出して。この辺りには魔物はほとんど――」
そのとき、言葉は遮られ、静寂が破られた。
"それ"は落ち葉や土を巻き上げながら向かってきた。
突如二人の前に姿を現したのは、2mはゆうに超える熊めいた巨躯だが、その皮膚と毛並みは鋼鉄のように非常に硬く、装甲化されているように見えた。
そして牙と爪は大きく鋭かった。
その目は燃えるように赤く、凶暴さがにじみ出ている。
「レジンベア!どうしてこんなところに――!」
リョカの表情に驚きと恐怖が混じる。




