第13話「リョカの炎」
背後から襲いかかるフェロウルフ。
危機一髪のところでカイが救う。
傷ついたレジンベアは凶暴化し、さらに仲間が加勢する。
ガレンが精神攻撃を受けて倒れ、絶体絶命――そのとき、リョカの炎魔法が戦場を照らす。
だが魔物たちは突如、リョカへ標的を変える。
(やばい、油断した!)
牙がオルグに届く瞬間、横合いから剣が伸びる。
カイの剣だ。
フェロウルフの額は貫かれ、オルグの前で止まる。
「気を抜くな」
カイはもう一本で次の狼の脚腱を切り、淡々と続けた。
「ほら、切られたレジンベアが怒りで凶暴化している。ここからが本番だ」
首筋から血を流し、怒りの猛りを上げながら突進してくる。
後ろからさらに2頭が迫る。
(こいつはタフな戦いになるな。早く目の前のレジンベアを倒さないと、同時に2頭相手になる)
寸でのところで右にかわす。
先ほど切った首筋をなぞるように、切り込む。
ズゥゥゥゥン。首から血が噴き、倒れた。
「よし!やったぞ!」
だが次の瞬間、声が飛ぶ。
「オルグ、早くガレンの方に!」
振り向くと、ガレンとハルトに向かって2頭のレジンベア襲い掛かっていた。
(マズイ‥‥‥)
1頭はガレンが、盾で食い止めていた。
ハルトは槍で関節を突いていたが、装甲に弾かれることも多く、あまり効果的ではなかった。
フェロウルフの中に、灯りが当たらないほど黒い靄をまとう個体がいた。
そいつが口を開き、音のない咆哮を吐いた。
空気が震えるのではない。
胸の奥がざらつき、脳の芯を指で撫でられるような嫌な感覚が混ざる。
(これは「影吠」だ!確か闇属性の衝撃波だったはず。音ではなく、精神干渉攻撃!)
その咆哮を受けたガレンは動きが止まる。
レジンベアの突進が盾を弾き、ガレンの体を吹っ飛ばす。
そのままガレンは地面にたたきつけられ、動かなくなった。
「ガレン!大丈夫か!」
オルグが駆け寄る。
ガレンは仰向けのまま意識を失っていた。
(レジンベアはまだ4頭、ガレンの不在はキツイな‥‥‥)
少し離れたところで、カイがレジンベアの爪撃を紙一重でかわし、浅い斬撃を返していた。
だが装甲が硬いせいで、決定打に欠けていた。
(魔法により強化しているとはいえ、俺以外はパワー不足か‥‥‥)
そのとき、オルグの視界の端で別の二頭がこちらに向かってくるのが見えた。
(二頭相手か――破れかぶれだ。こうなったらやれるところまでやってやる!)
オルグは剣を構えるより早く聞きなれた声が響いた。
「――"迦具土の焔、穢れを喰らえ――燃やし清めよ"」
レジンベアに向けて炎がまるで生き物のように伸びた。
二体のレジンベアを囲むように激しい炎が空高く巻き上がり、巨大な竜巻の輪になる。
「グオォォォ」
装甲が焦げ、肉を焼く匂いが夜に舞う。
レジンベアは足が止まり、動きが鈍る。
オルグが後ろを振り返ると、そこにはリョカが杖を前に傾け立っていた。
(助かった。レジンベアを焼き尽くすほどの威力、さすが、"テオプエラ"候補と言われているだけのことはあるな)
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オルグたちの前方で炎が渦を巻く。
その光景を少し離れた場所で、オレ――イツキは見ていた。
(何だ、これは‥‥‥‥)
炎が――意志を持っているかのように動いている。
リョカの前――燃料も着火装置もない空間から突然炎が生まれた。
『お兄ちゃん、これヤバイよ!? エネルギー収支が完全に破綻してる! 入力より出力が三桁上! どこから熱量持ってきてるの!?(パニック、パニック)』
カーティの声が珍しく興奮していた。
(確かに――これは物理法則を無視している)
オレの理解では、エネルギーは常に保存される。だが、この炎は――明らかにリョカが発した以上のエネルギーを放出している。
レジンベアの装甲が焦げ、表面が溶け始める。炎の温度は、少なくとも1500度以上――人間が素手で生み出せる熱量ではない。
(これが、守備隊たちの言っていた"魔法"というものなのか――)
オレの胸に、驚愕と――わずかな畏怖が混ざった。
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安堵した瞬間、残っていたレジンベア2体とフェロウルフたちが、突如、リョカに向かって突進を始めた。
「何?どういうことだ?不味い、リョカを守るんだ!」
オルグが叫ぶとともに走りだす。
(ダメだ、間に合わな――)
リョカにフェロウルフが牙を剥いて跳びかかり、同時にレジンベアがその巨体で押し潰そうと迫る。
だが、リョカの表情に動揺は見られなかった。
杖を静かに立て、言葉を結ぶ。
「"侵し来る禍を外に留め、内に坐す者を安んじ、結界を立つ。"」
その瞬間、透明な膜が彼女の前に形成される。
時間が止まったように、フェロウルフの牙がその見えない壁に触れたところで止まる。
嚙み砕くはずだった顎が、むなしく空を噛み、カチカチという音だけが響いた。
続いて、レジンベアの巨体も結界に衝突する。
衝撃による衝撃波が夜気を震わせ、分厚い装甲が見えない壁に阻まれる。
前脚がもつれ、巨体が大きくゆらいだ。
踏み込む足は空を掴むばかりで、振り下ろす爪撃は空中でピタリと止まっていた。
「今だ!」
そこにオルグたちが追いつき、一気に間合いへ踏み込んだ。
体勢を崩したフェロウルフの脇腹へ、ハルトの槍が深々と突き立ち、カイの剣が喉を断った。
オルグは結界に弾かれて無防備に首を晒したレジンベアに、加護の光を灯した剣で切りつける。
刃が首筋へ食い込み、血飛沫が夜へ散った。
守備隊の空気が、一変する。
形勢がはっきりとこちらに傾いていることが、誰の目にも明らかだった。
そのとき――
北門の破口の向こうの森の黒が、低い唸りとともに青白く脈打った。
――ズウ‥‥ン。大きな地響きが轟いた。
(この地響きはなんだ?まだ何かくるのか!?)
近くで守備隊と魔物の交戦を見ていたオレは、音の発する方向を凝視する。
そして、それと同時に鉄と雨を混ぜたような感覚が口の中に広がり、皮膚の毛一本ずつが逆立ち始める。
『新規個体。距離一八〇→一六五‥‥体格特大、出力上昇。帯電環境化、コロナ形成を確認。』
オレの耳に可愛らしいカーティの声だけがバックミュージックのように流れる。
オルグたちも最後のレジンベアにとどめを刺すと同時に音を発している方向を見ていた。
他の守備隊も同じ方向を見て、何が起こっているのかを確かめようとしていた。
北門の入口の壊れた門の木柱が火を上げながら倒れる。
そこから青白い光を放つ存在が現れた。
次話は4/4更新です。




