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第9話「結灯祭の夜」

広場に集まった村人たちの前で、イツキは村長と対面する。

リョカはあっさりとその場を立ち去る。

そして、村ではいよいよ年に一度の結灯祭が始まろうとしていた。

二人は戸口から出ると、開け放たれた外気に頬を当てる。

夕暮れはもうすぐ夜に変わるところで、村は灯と煙の匂いに包まれていた。


そしてリョカは村の中心に位置する広場にオレを連れていった。


柵に囲まれた小さな広場に、夜気がゆっくり、そして深く降りていった。

森のざわめきが低く続き、星の出は早い。

家々の軒は暗いままだが、地面のあちこちに光の芽がふっと生まれ、花のつぼみのようにふくらんで――やがて温い蜂蜜色の球になって浮かび上がった。


村人たちは長い板卓をぐるりと囲む。

大鍋では麦と豆の煮込みが音を立て、香草と肉の匂いが夜気に混じる。

焼いた根菜の甘さ、粗いパンの香ばしさ、木椀に注がれるスープの湯気が立ち上る。


そんな状況を見ながら、オレは真っ黒に染まった空に違和感を覚えていた。

(それにしても‥‥‥やけに星が多く見える。

しかもとても綺麗に見える。人工的な灯りが少ないからか?)

そんなことを考えていると、リョカが立ち止まった。


リョカは広場の端に立ち、何かつぶやいた後、杖で地を軽く二度叩く。

その響きに呼応して、灯がひとつ、ふたつと分かれ、卓の上に均等な高さで並んだ。


(どういう仕組みかわからんが、振動に反応して光るのか?)

オレは状況をつかめないながらも歩いた。


リョカはオレを椅子に座っている一人の老人の前に連れていった。

リョカが何事か老人に話した後、「じゃあ、後でね」と言ったきり、どこかに行ってしまった。


年のころ七十。痩せてはいるが、背筋がまっすぐで芯があった。

白髪がこめかみから後ろへ流れ、眉は太く、目尻に刻まれた皺は深い。

瞳は濡れた黒で、柔らかさと用心深さが同居していた。

顎には短い白いひげがうっすら。

肌は風と日差しに焼け、手の甲は節くれ立って硬い。


麻の長衣に革の帯、肩に毛織のケープを重ね、胸元には小さな護符がひとつ揺れている。

椅子の傍に年輪の詰まった木杖が立てかけられていた。


老人が口を開く。それはとても低く落ち着いた声ではっきりとしていた。


「私はこの村で長をしているタルエンだ。話はリョカから聞いたよ、イツキさん。魔物に襲われたところ、リョカを助けてくれたそうで。私からも礼を言わせてもらう」


オレはその言葉を聞きながら、まあ、本当はオレも助けられた身なんだがなと思ったが、それは敢えて口にしなかった。


「大したことじゃない。それに、オレもこの村に世話になっている」


「あなたが助けたリョカは、この村の神語者でな、なくてはならない子なのだ。あの子はこの村、いや世界においても貴重な、神に祝福された子だ」


(なるほど、リョカはこの村でとても大切にされ、信頼されているらしいな。しかし、この村が解せない。AIの手が全く及んでいないだと?そんな場所があるなんて聞いたことがない)


ふと気づくと、タルエンがオレの目をじっと見つめていた。


(なんだじいさん‥‥‥そんなに見つめられると別の意味でコワイな)


そんなイツキの気持ちを察したのか、タルエンが口を開く。


「いい目をしている。悪意のかけらも感じない」


「そうか?天使の顔をして悪事を働くやつを知ってるけどな」


オレは肩をすくめて言った。


「そうではない。どれだけ表面を尽くしても、心の奥との矛盾はどこかに生じる。人とはそういうものだ。それに――リョカが連れてきた人だ。心配するまでもない」


タルエンの言葉は自信に満ちていた。


(「人とは」か。人とはいったいどう定義されるんだったか?)

オレは、そんなことをぼんやりと思った。


「一つ聞きたい、この村はAIの支配を受けていないのか?」


オレは単刀直入に聞いた。

しかし、タルエンは首をかしげ、理解できないといった表情を見せた。


「なんだそのAIというのは?」


(まさか、本当にこの地域はAIの統制外なのか?それに魔物だ、精霊だ、これじゃおとぎ話の世界じゃないか)


「力になれなくてすまない。なにせ、この村は周囲と隔絶された小さな村でな。この場所だけは時が止まっとる」


自虐的ともとれる言葉だったが、タルエンの表情にはこの村への愛情が溢れているように見えた。


「村の近くに大きな街とかはないのか?」


「北へ10日程歩けば、街に出る。しかし、途中の渓谷は険しく迷いやすい。しかも魔物も出る。この村でも月に一度若く腕に覚えのある者が定期的に街に出向いているので、その時に一緒に行くといい」


「わかった。そうさせてもらう。それまでお邪魔することになるが?」


「構わんよ。こちらも変化のない日々でちょうど退屈しておったところだ。いろいろあんたの話も聞かせて欲しいしな」


お互いの利害が一致したところで、タルエンの元を離れようとしたとき、ちょうどリョカが近くに歩いてきた。


「終わったのね。じゃあ、席に案内するから着いてきて。今日は、年に一度の結灯祭が執り行われるの。村の一年の安全と豊作を祈願するのよ。それと、家々の火をすべて消し、広場の灯火だけにするの。そのあとに、広場の灯火からまた家々へ火を点火していくことで、村は一つであり、繋がりを再認識する――それがこの祭りの目的。タイミングのいいときに来たわね」


リョカはいたずらっぽい目を向けた。

広場の淡い火に照らされたリョカは、とても神秘的な姿だった。

次話は3/7に更新します。

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