【プロローグ】世界の終わりと光
AI支配下の荒廃した東京で、最後の戦いが始まる。
イツキとリリは最強のAI兵器ディモスに立ち向かうが、
圧倒的な力の前に追い詰められていく。
死の淵で、リリは禁忌の演算を発動し――世界が光に包まれる。
――世界が、終わろうとしていた。
廃墟と化した東京。
その中心に異質な建物――複雑に絡み合う立体構造体――がそそり立っていた。
そして、その建物の最上階で、オレたちは最後の戦いを続けていた。
「イツキ、左!」
リリの声が響いた瞬間、オレの体は反射的に動く。
光の刃が、オレの右肩をかすめる。
コンクリートが蒸発し、熱波が頬を焼いた。
「‥‥っ」
間一髪だった。
二人の前に立ちはだかる存在は"ディモス"。
総体として人型――だが人間の比率ではない。
肩幅がやけに広いのに、腰は細く、腕は節が多い。
装甲は光を吸い、艶のない漆黒。
頭部は顔であって顔でない。
表情にあたる機能はなく、円環状に並ぶ小さなセンサー群がゆっくり回転し、視線という概念だけがこちらへ向けられる。
ディモスの足元に漂う埃が、円に形作る。
そうか、振動だ。
微細な振動が空気を揺らし、粉塵を動かしているのだ。
歩く予兆ではなく、演算の痕跡だ。
ディモスは体を動かす前に、空間を計算し、先にコントロールしている。
世界自体を整え、最適化しているんだ。
リリの左目には空間そのものが危険度で塗り分けられて映る。
瞳に映しだされたディモスは、真っ赤に染まっているはずだ。
「油断しないで」
リリが、前方を凝視したまま言う。
戦闘中はいつもそうだ。
彼女の声は無機質そのもの。
感情を排除し、必要な情報だけを伝える。
それが"リリ"だ。
リリの目にはきっと膨大かつ複雑な情報が重なり合って映っている。
オレの知る限り、リリには脳機能拡張が人間として許される限界まで施されていた。
その視界には、常人には"情報"として処理できない世界が広がっていたはずだ。
そして、その負荷を支えるように、リリの耳に取り付けられた携帯型量子AI装置のガーディ。
そう、オレ達が皮肉にも、人類を滅亡に追いやるAIを倒すために利用したのが――AIだった。
彼女は近代科学が生み出した、最高の叡智そのものだ。
つまり、彼女は人類にとって最後の切り札。
そして、"ディモス"。最強のAI単機兵器。
オレたちレジスタンスが倒さなければならない最後の敵。
「イツキ、別方向から膨大な数のドローンとAIウイルス――ナノ自己複製型がこちらに向かってる。
物量作戦ね。AIウイルス対応ワクチンは?」
リリが無表情に聞く。
「対応済みだ」
「そっちは任せても?」
「当然だ。リリの後ろはオレに任せろ。だが、火力がいるな。ちなみに、あとどれくらいで決着がつく?」
オレは電磁パルス弾を用意しながら、リリをちらりと横目で見る。
「このままなら――私たちの敗北まで残り93秒」
リリは、ディモスから視線を外さず答える。
「‥‥そうか」
つまり、その計算に誤りがない限りオレたちは負ける。
そして、リリが計算を誤ったことはない。
仲間は、もうすでにいない。
オルター、アメンド、ゼロ、ミラ――みんな、生命としての終焉を迎えた。
残ったのは、オレとリリそしてガーディ。
「それでも――」
オレは、複数形態に変形可能なエクスフォームガンを握り直す。
「やるしかないな」
「‥‥ええ」
リリが、小さく頷く。リリがエクスフォームソードを強く握る。
「確率の戦いになるわ。ガーディ、最適化しすぎないで、逆もよ。
ランダムに織り交ぜるの。目指すは秩序付けられたカオス」
『お嬢様、もうどうなっても知りませんよ』
「前提条件を変えるの。それしか私たちが勝つ方法はないわ。じゃあ、行くね」
リリが右足を少し踏み込んだ瞬間、風が舞った。
すでにトップスピードで前進していた。
彼女にとって加速度は意味をなさない。
オレは、リリとは逆の方向にガンを向ける。
「リリだけは――」
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気づけば、オレは血の海に倒れていた。
視界は霞み、全身が動かなかった。
呼吸が苦しい。
(オレは、ここで終わるのか?)
そのとき。
「イツキ!」
リリの声が聞こえた。
――違和感。そうか、感情だ。
(‥‥リリ?)
最後の力を振り絞り、ゆっくりと顔を動かす。
リリはすぐ側にいた。
そこにいつもの冷静な表情はなかった。
「イツキ!返事して!」
リリが、オレの傍に膝をつく。
彼女の手が、オレの体を揺さぶる。
「ダメ!死なないで!」
リリの声が、震えている。
(リリは、こんなに感情を豊かに表現できたのか)
「リリ‥‥大丈夫‥‥お前だけでも‥‥逃げろ‥‥」
「何を言ってるの!」
リリの瞳から一筋の涙が頬を伝う。
それは初めて見るリリの涙だった。
「あなたがいない世界なんて――私には意味がない!」
「リリ‥‥」
「だから――」
リリが、目を閉じる。数秒の沈黙。
そして、目を開けたとき、そこには強い決意があった。
「だから、私があなたを導く」
「リリ、何を‥‥」
リリの体が、淡く光り始める。
『リリお嬢様! まさか!』
ガーディの声が、響く。
『それは禁忌の演算です!量子限界を超えると、脳神経が焼き切れます!』
オレの心臓が、激しく鼓動した。
「待て、リリ! そんなこと!」
「大丈夫」
リリが微笑んだ。悲しくて、優しくて、どこか諦めたような。
「私とガーディの限界を超えた能力が合わさるとき、世界を変えられる」
「ダメだ! そんなの!」
オレは、必死に体を動かそうとする。
でも、体は言うことを聞かない。
「イツキ、聞いて」
リリが、そっとオレの顔を優しく両手で包む。
その手は、とても温かかった。
「ここから、世界を変えるの」
「リリ――!」
「あなたが生きる世界に導く」
リリの瞳が、光を帯びる。
それは――決して宿ることのない瞳に、光が灯った瞬間だった。
「ダメだ! ダメだダメだダメだ!!オレにとっても、リリのいない世界なんて意味がないんだ!」
気づけばオレの頬は涙で濡れていた。
「あなたなら大丈夫」
リリの声が、優しく響く。
「だって――私が"信じた"人だから」
リリの体がさらに強く光る。
『リリお嬢様!』
ガーディの声が、悲痛にも響く。
『お嬢様、今までありがとうございました!
私は、お嬢様に仕えることができてこの上ない幸せでした』
「ガーディ、ありがとう」
リリが、目を閉じる。スッと立ち上がり言った。
「さあ、いくよ!」
次の瞬間――世界が、光に溢れた。
「それでも、あなたは生きて」
リリの声が、遠くから微かに聞こえる。
「すべては私の"言葉"から始まるの」
光が強くなる。オレの意識が遠のく。
「忘れないで、"約束"よ」
最後に見たのは――リリの、今までに見たことがない、穏やかな笑顔だった。
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明るい光が急速に収縮する。暗闇が広がる。
――暗闇の一部の"そこ"は、暖かい光に包まれていた。
懐かしい映像が、静かに溢れていた。
そして――膨大な映像が存在しているにもかかわらず、その一つひとつを正確に、同時に辿ることができた。
その映像の一つが、急拡大される。
そこには――一人の青年が、倒れていた。
森の中。木々の隙間から、やわらかな光が降り注ぐ。
青年の傍に一人の少女。
黒髪に青のメッシュ。
白い装束に、不思議な杖。
少女が、青年の顔を覗き込む。そして少女は言った――




