第4話「対決」
登場人物紹介
■澪
本作の主人公。
セレスティア王国の国家AI戦略プロジェクトの中心で働く若き研究者。
引っ込み思案な面もあるが、理不尽や矛盾を前にすると一歩も退かない芯の強さを持つ。
「Affectics-ネオ・インタビュアー」を開発し、従来の採用の常識を覆す挑戦に立ち向かう。
ゴン爺の言葉を心の支えにしながら成長していく姿は、物語を通して読者の共感を呼ぶ。
■リオン
軍事シミュレーションAI〈EIDOS〉を扱う青年研究者。
寡黙で不器用だが、時折見せる茶目っ気が魅力。
澪のパートナーとして、技術的な支えであると同時に心の拠り所でもある。
「やればできる」と不器用に励ます姿は、彼なりの深い信頼の表れ。
■タカコ
カフェの店主。
澪にとって第二の家のような場所を与えてくれる存在。
柔らかい物腰と辛口の突っ込みが絶妙で、ゴン爺やユナを巻き込んで場を和ませる。
彼女の淹れるコーヒーは、物語に温度を与える重要な小道具でもある。
■ゴン爺
カフェの常連。
白髪混じりの老紳士。
とぼけたようで核心を突く言葉を澪に残し、その言葉が大きな転機を生む。
「概念の理解と創出」というヒントは、AI面接官の根幹を形作った。
雨の中で去っていく背中は、澪にとって忘れられない風景となった。
■ユナ
若く快活な少女。
カフェに顔を出す澪の後輩的存在であり、時に無邪気に、時に鋭く場を盛り上げる。
ゴン爺と澪を繋ぐ存在として、カフェの空気を軽やかに彩る。
■Air on G
澪の夢に現れる白髪の青年。
夢の図書館で澪を導く神秘的な存在であり、時に兄のように、時に哲学者のように言葉を投げかける。
その言葉は澪の心を支え、未来への選択に勇気を与える。
最後に「消えるんじゃない。君の中に残るんだ」と告げる姿は、読者の心にも残響を響かせる。
国家AI戦略プロジェクトの会議室。
壁一面のホロスクリーンに「Affectics-ネオ・インタビュアー」と題されたスライドが映し出されていた。
プロジェクトマネージャをはじめ、各プロジェクトのリーダー達が参加している。
リオンの姿もあった。
澪は深呼吸してから、プレゼンを始める。
「本システムは、民間企業からの人材採用の質を向上したい、という要望に応えたものです。Affecticsをエンハンスした、人間の面接官では見抜けない有用な人材を拾い上げるシステムです。つまり——機会損失の最小化を目的とします!」
沈黙。
やがて、上座にいたプロジェクトマネージャが冷たい声で言った。
「澪君。ちょっと待ってくれ。当初の目的は人間による採用面談の精度を向上させる補完的な役割だったと思うが」
澪は唇を噛んだ。
(やっぱり来た、この反応……でも退けない)
「はい」
声が少し震えたが、真っ直ぐに言い切る。
「お言葉ですが、人間による採用面談の精度を向上させるのであれば面接官のスキルを上げれば済むことです。
Affectics-ネオ・インタビュアーは、単にパズルのピースをはめ込むような人材採用は行いません。全くアプローチが異なります」
会議室にざわめきが広がる。
視線の矢が突き刺さる中で、澪はまっすぐ立っていた。
「そもそも『機会損失の最小化』とはなんですか?」
参加者の一人が敵意のあるトーンで声を上げた。
澪は、概念の...と言おうとして息を呑んだ。
(概念の理解や創出、と言ったところで、益々面倒になるだけか...)
「業務改善、改革や新規ビジネスの創出など、枠に捕らわれない発想力や行動力で企業に貢献する人材の発掘です」
澪は続ける。
「面接官も雇われの身です。失敗のリスクを恐れ、無難な型通りの採用しか行わないケースが多いはずです。例えば、年齢や性別によるフィルタです、バイアスと言っても良いでしょう。
それをAIが補完することに何の意味があるのでしょうか?」
「しかし、退職者の穴埋めなど、パズルのピースをはめ込むような人材採用が必要な場合もあるのではないですか?」
他の参加者が質問する。
「おっしゃる通りです。ですので、Affectics-ネオ・インタビュアーは人間の面接官を置き換えるものではありません。用途、目的が異なる、と理解してください」
「Affectics-ネオ・インタビュアーの性能をどうやって評価するのだ? ここで議論を続けても結論はでないだろう。評価に於いては客観的なエビデンスが必要だ」
プロジェクトマネージャの表情は疑念に満ちている。
「実際に人材採用を検討している企業でパイロットテストをやらせてください」
会議室に再びざわめきが広がる。
「実際の人材採用で失敗したら科学技術省の面子が...」
やがて、プロジェクトマネージャが立ち上がった。
「よろしい……そこまで言うなら、パイロットテストをやってみなさい。ちょうどよい企業がある。結果が出なければ...ま、その時考えよう」
リオンが親指を立てた。
澪は拳を握りしめ、小さくうなずいた。
(絶対に成功させる。絶対に……!)
澪はラボに戻ろうとするリオンを呼び止める。
「リオン、パイロットテストの時、私の横にいて欲しい」
数日後、教育関連の大手企業。
長机に役員たちが並ぶ会議室は、重苦しい空気で澪を迎えた。
「Affectics-ネオ・インタビュアーは、人間の面接官では見抜けない人材を拾い上げ、機会損失を最小化します!」
澪が熱を込めて説明するが、すぐに反論が飛ぶ。
「人間の面接官では見抜けないだと?」
「機会損失を最小化とは何だ?」
「応募者への質問を三十以上用意? そんなの無駄だ」
「企業属性情報まで登録? それも三百もか!面倒なだけだ」
畳みかけるような声に、澪の心臓が早鐘を打つ。
(だめ、負けちゃだめ……!)
視線を横にやると、端に座るリオンが腕を組んで黙っていた。
ただ一度だけ、目が合う。
「落ち着け」——そう言われた気がして、澪は息を整えた。
「確かに負担は増えます」
彼女ははっきり言った。
「でも、それは投資なんです! 機会損失を減らし、業務改善、改革や新しいビジネスを創る可能性を生む投資なんです!」
会議室が静まる。
そして、CEOが低く笑った。
「……ほう。面白いことを言うじゃないか」
役員たちが息を呑む中、CEOが続けた。
「ならば試してみよう。人間の面接官とAI、どちらが優れているか競わせようじゃないか。撤回するなら今のうちだ、どうする?」
「競わせる……?」
「ちょうど子供向けのヴァルガード語教育事業の営業担当の増員を考えていたところだ。人間とAffectics、それぞれ二人ずつ採用しよう。そして三週間後、成果で勝敗を決める」
参加者たちがざわめく。
「やる前から結果は見えている…」
だが澪は怯まなかった。
「承知致しました。それと...応募者への質問は重要です! 資格や経歴だけでは足りません。人物像を浮き上がらせるような質問を——最低でも三十、必ず考えてください!」
CEOは即座に命令した。
「全員、質問事項を考えて私に送れ。これは業務命令だ。私も考えるとしよう」
そして、採用面接の日。
応募者は二十四人。
人間の面接官たちは、これまで通りに経歴や資格を中心に問いかける。
「営業経験は?」「ヴァルガード語学試験は?」
一方、Affecticsは用意された質問を次々と投げかけた。
「あなたにとって“教える”とは何ですか?」
「失敗から学んだことを具体的に話してください」
「周囲の人を巻き込んだ経験は?」
質問を重ねるごとに、応募者の輪郭が浮かび上がっていく。
選ばれた二人は、人間側の二人とまったく重ならなかった。
三週間後。
パイロットテストを実施した企業の会議室。
参加メンバーは前回と同じだ。
CEOが立ち上がった。
「結果は明白だ。Affecticsが採用した二人は、新規事業を創出した」
場がどよめく。
CEOがワイドスクリーンをオンにすると、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
ーご家庭をヴァルガード語教室に変えませんか?
CEOはワイドスクリーンを指差して話し出す。
「これは二人が考えたキャッチコピーだ」
ワイドスクリーンが次のページを映す。
「『親をヴァルガード語教師にする教育サービス』——彼らが考え出したものだ。マーケットは子供、つまり子供向けの教育事業だが、視点を親に向けた。親を自分の子供のヴァルガード語教師にしようってわけだ。逆転の発想だ。語学だけではなく、コーチング・スキルコースや、ビジネス化したい顧客には教室運営支援、開業支援まで含めた仕組みを立ち上げ、すでに成果を出している」
役員たちが息を呑む。
「そんな発想はなかった……」
「競合にない……」
誰かが椅子を軋ませ、思わず前のめりになる。
ペンを落としたまま気づきもせず、スクリーンに釘付けになる者。
「……本当に、うちの社員が思いつかなかったのか?」と呟く声も漏れる。
重苦しかった空気は一転し、ざわめきは驚愕と興奮に変わっていく。
「市場の隙間を突いた発想だ」
「新しい収益の柱になり得るぞ……」
役員同士が顔を見合わせ、互いに言葉を失っていた。
その光景を見て、澪の胸がじんわり熱くなる。
(キャ~、やった!)
CEOは満足げな笑みを浮かべ、しばし会議室を見渡した。
沈黙が落ちる。役員たちは顔を見合わせ、誰も言葉を発せない。
CEOは口元をゆっくりと綻ばせ澪に視線を向けた
「Affectics-ネオ・インタビュアー……圧勝だな。見事だ」
——その瞬間、澪の胸に熱が走った。
リオンが横で小さく笑い、「やったな」と呟く。
澪はへなへなと椅子に座り込む。
「良かったぁ〜、マジで...失敗したら私...」
リオンが不器用に笑う。
「お前、カッコ良かったぜ」
「ありがと……」
澪の胸に温かいものが広がる。
(ゴン爺に知らせに行かなきゃ……!)
夕暮れの街に、タカコのカフェの灯りがぽっとともった。




