第1話「カフェの老人」
登場人物紹介
■澪
本作の主人公。
セレスティア王国の国家AI戦略プロジェクトの中心で働く若き研究者。
引っ込み思案な面もあるが、理不尽や矛盾を前にすると一歩も退かない芯の強さを持つ。
「Affectics-ネオ・インタビュアー」を開発し、従来の採用の常識を覆す挑戦に立ち向かう。
ゴン爺の言葉を心の支えにしながら成長していく姿は、物語を通して読者の共感を呼ぶ。
■リオン
軍事シミュレーションAI〈EIDOS〉を扱う青年研究者。
寡黙で不器用だが、時折見せる茶目っ気が魅力。
澪のパートナーとして、技術的な支えであると同時に心の拠り所でもある。
「やればできる」と不器用に励ます姿は、彼なりの深い信頼の表れ。
■タカコ
カフェの店主。
澪にとって第二の家のような場所を与えてくれる存在。
柔らかい物腰と辛口の突っ込みが絶妙で、ゴン爺やユナを巻き込んで場を和ませる。
彼女の淹れるコーヒーは、物語に温度を与える重要な小道具でもある。
■ゴン爺
カフェの常連。
白髪混じりの老紳士。
とぼけたようで核心を突く言葉を澪に残し、その言葉が大きな転機を生む。
「概念の理解と創出」というヒントは、AI面接官の根幹を形作った。
雨の中で去っていく背中は、澪にとって忘れられない風景となった。
■ユナ
若く快活な少女。
カフェに顔を出す澪の後輩的存在であり、時に無邪気に、時に鋭く場を盛り上げる。
ゴン爺と澪を繋ぐ存在として、カフェの空気を軽やかに彩る。
■Air on G
澪の夢に現れる白髪の青年。
夢の図書館で澪を導く神秘的な存在であり、時に兄のように、時に哲学者のように言葉を投げかける。
その言葉は澪の心を支え、未来への選択に勇気を与える。
最後に「消えるんじゃない。君の中に残るんだ」と告げる姿は、読者の心にも残響を響かせる。
タカコのカフェは、夕暮れ時になると不思議な静けさをまとう。
ゆっくりと重厚な木製のドアを開けると、ドアベルがカランと鳴った。
外の通りは人通りが絶えないのに、店の中だけ時間がゆっくり流れているようで、澪はその空気が好きだった。研究室の帰り道、自然と足がここに向かってしまう。
数日前から、毎日同じ窓際のテーブルに座っている人物がいた。
白髪をきっちり撫でつけた年配の男性。背筋を伸ばし、手元のタブレットを食い入るように見つめている。画面をスクロールする指の動きは無駄がなく、ただの暇つぶしではないのが一目でわかる。
(あ、今日も来てる……。私もほぼ毎日ここにいるけど、必ずいるなあ)
澪はカウンター席に腰を下ろした。
「澪、コーヒーでいい?」
洗い物をしていたタカコが声をかける。
「うん、それと……」
壁のホロスクリーンに映し出されたメニューを眺めて、澪はにやりと笑った。
「それと澪スペシャル!」
「そんなのメニューに無いわよ」
タカコが笑い、手を拭いながら首を振る。
澪は小声でタカコに近づく。
「ねぇ、あのおじいさん、このところ毎日いるよね」
「そうよ。決まった時間に来て、求人情報をチェックしてるの。元ITエンジニアなんですって。あなたと同じね。でも年齢で断られてばかりらしいわ」
「へぇ……。お幾つくらいなんだろう」
「さあね。聞くのは野暮でしょ?」
そのとき、窓際から声がした。
「タカコさん、おかわり頼むよ」
「はいはい、コーヒーに塩ひとつまみですね」
タカコは苦笑しながらカップを用意する。
澪は思わず振り返った。
「えっ……コーヒーに塩!?」
老人はタブレットから目を離さず、ぼそりと漏らす。
「ありゃ、また見送りか……。どいつもこいつも分かっとらんな」
(見送りって……求人のこと?)
タカコが澪の前にコーヒーと“澪スペシャル”の虹色アイスを置きながら耳打ちする。
「応募した会社からの不採用通知よ。毎日のように届くらしいわ」
「あぁ……なるほど、不採用ね」
澪はスプーンでアイスをすくいながら、ちらりと老人の横顔を見た。
翌日。
仕事終わりの澪は、夕飯を済ませようとカフェへ足を向けた。
(今日はホットサンドにしよ……)
ドアを開けると、いつもとは違う熱気が流れ出してきた。
(うわっ、満席!?)
タカコが肩をすくめる。澪は帰ろうとしたが、背後から声が飛んできた。
「お嬢ちゃん、よかったらこっちに座りなさいな」
振り返ると、窓際の老人が手招きしていた。
「すみません、本当にいいんですか?」
「かまわんよ。珍しく今日は賑やかだね」
澪は空腹に背中を押され、老人の向かいに座った。
「今日はどうしたのかしら、開店以来の盛況だわ」
タカコが水を置きながらぼやく。
「ホットサンドセットお願いします。ゆっくりでいいです」
澪は緊張を隠すように水を口に含んだ。
「毎日ここにいらっしゃいますよね」
「君もな」
二人は思わず笑い、場が和む。
「コーヒーに塩、入れてるんですよね?」
「そう、ほんのひとつまみな」
老人は人差し指と親指をすり合わせる仕草をしてみせる。
「苦味を引き立てて、えぐみを抑える。昔、徹夜明けにそうしてたのが癖になったんだ。砂糖よりよっぽど落ち着く」
「クセが強いのよ、この人」
タカコが口を挟む。
「だから会社にも断られるんじゃない?」
「ははっ、痛烈だな」
老人は苦笑しつつも嬉しそうだ。
「……じゃあ、今度私も試してみようかな」
澪がぽつりと言うと、老人は目を細めた。
「いい挑戦だ。気に入るかもしれんぞ」
少し間を置いて、老人は澪を見た。
「君、学生か研究者かな?」
「え、あ……研究所でAIを……」
澪は言葉を濁した。課題のことが頭をよぎる。
「ほぉ、AIか。私もITのエンジニアでね、いや、元、と言うべきかな」
老人はタブレットを閉じ、カップを置いた。
「だが今は年齢だけで断られる。どこも人材不足に悩んでいるとは言うが...今は求人票を眺めて、頭の中で面接ごっこをしてるんだ」
「面接ごっこ……?」
「そう。案外、自分でやると若い面接官より厳しくできるんだ」
その一言に、澪の胸の奥で何かが灯った。
——AffecticsをAI面接官にモデルアップする課題。政府から下された依頼。
人間の面接官のバイアスやスキル不足を補い、公平で活発な人材採用を実現することが目的。
けれど、現行のAffecticsでは限界がある。潜在能力や適性を抽出する道筋はまだ見えない。
「私は、ゴンドウだ、皆はゴン爺、と呼んでるがね。お嬢ちゃんは?」
「澪です」
澪はゴン爺の横顔を見つめ、小さくつぶやいた。
(もしAI面接官が実現したら、このおじいさんも……働けるのかな)




