有馬の御曹司
失踪してました
あれからいつも通りの日々を過ごし、ついに有馬さんとの会食の日がやってきた。
「着物なれねぇ…」
今日身支度のために冬夜が久しぶりに帰ってきている。
「仕方ないじゃない。久しぶりなんだから。似合ってるわよ」
「そうだけどよ…」
似合ってはねぇよと付け足しながら自分の全身を見る冬夜。
使用人が腕によりをかけていたからか、かっこよく決まっている。
「冬夜はお父様に似てかっこいいからどんな服でも着こなしちゃいそうね」
「…そうかよ」
少し目つきがキツイところも、だけど優しいところも、お父様にそっくりな冬夜を見ると、勇気を貰える。
「さぁ、そろそろ時間よ。行きましょう」
「ん」
車に乗り込んで街の方へと向かう。
神宮寺邸は人里離れた山の近くにあるから街中まで少し遠い。
有馬コーポレーションは主に影祓いに関する仕事をしている。
昔ながらの和紙や筆などを私たちに売ってくれる。
他にも色々しているみたいだが、基本的にはこちら側のサポートに手を入れている。ありがたい。
「到着しました」
そんなことを考えていると有馬さんが指定した会食場に着いた。
「送ってくれてありがとう。帰りも頼むわね」
「はい」
「…ありがとさん」
「…! はい」
冬夜 に褒められたのが余程嬉しかったのか頬が緩んでいた。
(魔性…)
そろそろ行きましょうと冬夜に声を掛け、前に出るよう促す。
「…何してんの?」
「冬夜は時期当主なんだから、前に出ないと…」
「いや姉さんが当主だろ。うちでは偉い人程前に立たせてるじゃん」
「でも冬夜を前に出さないと…」
『お嬢様ったらまた冬夜様を立てずにご自分を目立たせていらっしゃるわ』
『当主になるのは冬夜様なのに』
『あまり出しゃばらないで欲しいわよね』
またなにか言われて…
「んなもん関係ねぇだろ」
何も喋っていないはずなのに冬夜が私の心を見透かしたようにそう言う。
「使用人がとやかく言うから〜とか思ってんだろ。」
(…)
「姉さんは当主になったんだ。実力で黙らせてやれ」
「神宮寺家129代目当主は弟よりも強いってな」
そう言い冬夜はニカッと笑った。
その姿を見ると嫌な記憶は吹き飛び、元気を貰えた。
「…ふふ、ありがとう冬夜。そう言ってもらえて嬉しいわ」
「顔、晴れたな。その顔なら人前にも出れる」
(冬夜、気を使ってくれたのね…)
弟の成長に喜びを感じながら足を進めた。
建物の中に入ると、立派なロビーがあり、そこの奥から人がでてきた。
「お待ちしておりました、神宮寺当主様、冬夜様。ご案内します」
「ええ、ありがとう」
「ありがとうございます」
冬夜がちゃんと敬語を使えていることに安心しながら歩く。
「こちらです」
「案内ありがとう」
冬夜もお礼を言い、お辞儀をしていた。
(上から目線で申し訳ない…)
本当は私も冬夜みたいにお礼をしたいけど、下手に出るのは舐められかれない。
神宮寺の当主として、それは避けねばならない。
敬語でもいいけど、私の敬語はどうしても相手を立てるような敬語にしかならない。
だから失礼だと思いつつも、タメ口を使っている。
「社長、神宮寺様御一行がご到着されました」
「入っていいよ」
「失礼します」
「失礼いたします」
扉を開けた先には、広くは無いけれどとても立派な会食会場があり、右側に有馬さんが座っていた。
「今回はわざわざ私のためにこのような会場を用意してくださりありがとう。そして弟も招待してくださって、感謝します」
遠い昔に見たお母様のように笑顔を浮かべ、そう言う。
「いえいえ、神宮寺家新当主の祝いの席を用意させて頂けて光栄です」
昔会った有馬さんとはあまり変わらなくて少し安心する。
「案内ご苦労。戻っていいよ」
「失礼します」
案内をしてくれた人はお辞儀をして部屋から出て行った。
そうしてこの場には3人になった。
「久しぶりだな氷華ちゃん、冬夜君」
3人になった途端、昔遊んでいた時と同じ呼び方をしてくれた。
「お久しぶりです。有馬さん」
「お〜!当主っぽいな〜!氷華ちゃん。…氷華ちゃん呼びは失礼か…?」
「私たちの中でしょう。そのままの呼び方で結構ですよ。」
有馬さんは面白い人だから自然と頬が緩む気がする。
「久しぶり。有馬のおじさん」
「冬夜君、お葬式ぶりだね。背伸びたか〜?」
ニコニコしながら冬夜の頭を撫でる有馬さん。
「ちょっ、恥ずかしいって」
そう言いながらも嬉しそうに笑う冬夜。
「そういえば、今日奥様やご子息は?」
「妻に言うの忘れててなぁ〜昨日言ったらひっぱたかれてな〜」
「女性は準備とかあるんだから前日に言うのはないだろ…」
「いや〜最近忙しくてな。顔を合わせる時間もなくて」
「今度はもっと前から伝えましょうね。有馬さん」
「しっかりしてんなー!氷華ちゃん」
「妻は今日仕事を入れていてな、欠席だ」
「早く言えば来れたのにな」
「いや〜耳が痛いな!」
はっはっはと笑う有馬さん。
(本当に反省しているのかな)
「息子は準備に時間がかかっているみたいでな。座って待っててくれ」
「成程。それは仕方ないですね」
そう言い2人で有馬さんの向かいの席に座る。
そうして3人で談笑していると、ご子息より先に料理が来た。
「きっともうすぐご子息も来られるでしょうし、少し待っていましょうか」
そう言っていたら廊下の方からドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
「申し訳ありません。遅れてしまいました」
扉を開け、息を荒くしながらそう言うのは私と同い歳くらいの男の子。
「遅いぞ〜!」
「だって父さんが伝えるのが遅いから…!」
どうやらご子息も有馬さんの被害者のようだ。
「紹介しよう。俺の息子の陽斗だ!」
感情が大きくなるのを感じる