影祓い
初めましてー
人々の歓声を受けながら自身のために開かれた道を進むお父様とお母様を私は眼を見開き、その綺麗な姿を目に焼き付けていた。
お父様は堂々とし、お母様はその3歩後ろをゆっくりと歩いている。
感謝の言葉、羨望の目で両親を見て、輝かしい笑顔を浮かべた子供。沢山の人が両親を見ていたのを覚えている。
英雄だと謳われ、しばらくの間お祭り騒ぎだった。
私はそんな姿に見入っていて、後ろで使用人達が私に対して何か言っていたようだが、集中しすぎていてよく覚えていない。
懐かしいな、そう思っていた。
その時、部屋の襖が開いた。
「当主様、朝食が出来上がりました」
使用人のその言葉で現実に戻された。
「ええ、ありがとう」
言葉を発した時、先程まで置き鏡に写されていた冷たい顔は笑顔に変わった。
障子を開けるといつも通りの使用人が丁寧に挨拶してくる。私はそれに対しておはようと返した。
部屋の1番奥の席に座り、朝食をとる。
他の家族が居ない茶の間な少し寂しく、広く感じる。
「当主様、本日の影祓いの日程です」
そう言って細かい日程を伝える使用人の話を聞きながら朝食をとるのが私の日課。
影、それは人間の大きくわけて4つの感情、喜怒哀楽が形をなしたものである。
時は平安の世、陰陽師である安倍晴明が妖退治中に人間の形をした黒い化け物を見たことが始まりと言われている。
安倍晴明が影を発見してからというもの、呪術とはまた違う不思議な力を持った子供が生まれた。
その後も次々と力を持った赤子が生まれ、影はその力を持った者にしか倒せなかった。
その力を持ったものを多く輩出してきた影祓いの名家、神宮寺家。
朝食の鮭を食べ美味しいと頬を緩めているのが129代目の当主、神宮寺氷華である
「___以上が本日の日程でございます」
使用人は書類から目線を上げ、こちらを見てそう言う。
「そう、あと13件くらい入れてくれる?」
お手本のような笑顔を浮かばせて、使用人に言う。
「じゅ、13件ですか…?」
数に驚いたのか、動揺しながら聞き返す使用人。
「えぇ、早めに対処しておかないと民間人に被害が出かねないもの」
「それに、他の3家は殆ど機能していないでしょう?」
「その分頑張らないと」
「ですがもうすぐお受験が…」
現在私は中学三年生。そして季節は1月。心配するのもうなずけるが私は当主。勉強よりもしなくてはならないことがある。
「勉強なら大丈夫だから、心配しないで?」
使用人は歯切り悪く、かしこまりましたと言って部屋を後にした。
そういえば両親が死んでからずっと影祓いばかりしている気がする。たまには休みたいな
そう思いながらご馳走様と言い、愛刀である短剣を持ち、形見の簪を刺して家を出た
「当主様、またお仕事を多くしたの。名門校のお受験が控えているというのに…」
家主が居なくなった家で心配そうに話す声が聞こえてくる。
「やっぱり必死なのかしらね…あんなに凄いご両親が居て、期待されていたものね…」
「ただでさえ、当主の実子で期待されていたのに女で術も使えないなんて…」
「なんて嘆かわしい」
「あの刀だって使わずにご自身の短刀を使われているのでしょう?」
あの刀、というのは特別な力が込められた氷華のために両親が残した刀。
だが氷華はその刀使わず、同じく両親が健在していた時にプレゼントとして貰った短刀を使っている。
「年々強さを増している影に対して短刀は分が悪いわ…」
心配と呆れが入り交じった顔をしてそう言う。
「所詮落ちこぼれよ。時期に亡くなるわ」
「でも、弟の冬夜様がいらっしゃるから大丈夫よ」
「あの方の術はご両親亡き今、最強よ」
一方その頃、氷華は仕事場へと走って向かっていた。
まだ冬の寒さが残っている街を通り抜け、林へと入り少し進むと、人型で黒い影が、氷華の目に映った。
「あと1時間ってとこね…危なかった」
そう呟き、影の赤く光る心臓に短刀を突き刺した。
影は完全な人型に至るまで3時間程必要とする。
最近は完全体の影ができる前に政府機関の者や、ボランティア団体が影を見つけ、私たち影祓いに報告してくれる。
報告が入った場所に影祓いが向い、完全体となる前に殺すのが仕事だ。
(今日も"赤"…最近は怒ってる人が多いのね)
影は自身の持つ感情を求め、暴れる。
喜怒哀楽の見分け方は影の生命維持に関わる心臓にあり、それぞれ感情にあった色をしている。
今回の場合は怒。色が濃いほど影は強くなり、その分凶暴になる。
(最近、"楽"の影を見ない…その分"怒"や"哀"が多く感じる…)
「…こんな事で人々の大まかな感情を知れるのは、なんだか悲しいわね……」
短刀を懐に戻し、次の場所へと向かって走り出す。
(術持ってる人が殺せばいいのに…落ちこぼれなんかにやらすよりよっぽど効率いい)
「お帰りなさいませ、当主様」
朝、朝食ができたと知らせてくれた使用人が出迎えてくれる。
「うん、ただいま」
あれから数十件の仕事を終わらせ帰宅した。
だがまだ仕事は終わっていない。
夕食を食べ終わったら次は書類仕事だ。
忙しいなと思いながら茶の間に向かおうとすると、当主様、と声をかけられた。
「有馬コーポレーションから依頼が来ております」
「今年も贔屓してくれるのね。嬉しい限りだわ」
「後で返事をしておくわ。書類、貰うわね」
そうして夕食をとりに茶の間へと向かった。
「ご馳走様。今日も美味しい食事をありがとう」
素直な感謝を伝える事はとても大事だと教わってから、私ら毎日感謝を伝えるようにしてる。
「恐縮でございます」
「この後はどうなさいますか?」
書類仕事をするなら部屋に書類を運びますよ?と言われる。
「そうね…親戚達が結界結界うるさいから張り直してくるわ」
「承知いたしました。冬夜様の御札を用意しておきます」
「お願いね」
そう言って1度部屋に戻る。
「…」
私に術はない。だから影を祓う時は特別な短刀で影を祓っている。
結界は結界を張れる術を持った者だけが張れる。
そもそも術を持って生まれてくる人が少ない。
だからこそ、冬夜の術は貴重で民間人のために使うべき力。
なのだが…
(家、出てっちゃったのよね…)
数年前から冬夜は身の回りの事を自分でできるようにしてから遠い所にある別荘へと引きこもってしまった。
(お父様とお母様は事情を聞いて別荘に住むことを許可していたけれど…私は事情を知らないのよね…)
使用人も事情を知らないからお父様とお母様亡き今、冬夜の引きこもった理由は誰も知らない。
(19代前の当主が転送術を残してくれたお陰で行くのは楽だけど…あの子私の事嫌いだしな…)
私は何故か弟から嫌われている。
切実に理由を知りたい。
(久しぶりに会いに行こうかな)
そう考えながら部屋で準備をし、使用人から札を貰って結界を張りに向かった。
(もう5年以上使っているのに結界はほぼ無傷…まだ持ちそうなのに…勿体ない)
そう思いながら札を東西南北すべてに貼り付け、今まで使ってた御札はなにかに使えそうだからと机の引き出しに入れて置いた。
(…受験、か…)
(高校は行けるのいいな)
金欠