番外編5 園田に放たれた虎(エネルタイガー前編)
皆様へ
バレンタインチョコならぬ番外編をお届けいたします。
北海道の新冠にある川中牧場。
ここは個人経営ながら毎年50頭を超える競走馬を輩出するそれなりの規模の牧場。
G1馬こそ滅多には出ないが重賞や地方交流重賞を勝った馬を定期的に輩出する有力牧場であった。
ある年、たくさんの仔馬が生まれた中にヒガシノフラウを母馬とする仔馬が生まれた。
幼名はトラ。よく吠えるその姿から命名された。血統は地味ながらトラの名に恥じることなく大きな馬体へと成長していった。
『ふむ、…同い年の奴相手なら俺様の方が速く走れるな。奴隷どもはいつも俺様たちの世話をするから生活する分には困らないし。そういえば最近見慣れない人間どもが来て購入したらしいが一体何の話だろ?…ん、あれは人間?見たことない野郎が来たな。ん?俺様たちの方を見てるが一体なんだろ?』
「…ここにいるのが当歳馬達です。」
「…うーん、皆元気そうですね。」
「黒っぽいのがブル、こちらは既に売約済みです。走り回ってるのはナナ、こちらも…あそこにいるのはトラ、この子は…今年の仔馬は以上です。いかがでしょうか?」
「そうですね、…一番気になるのはトラと呼ばれるあの子ですかねぇ。」
「トラですね。トラの血統についてですが父はあの有名なドバイプレミアを父父にもつ安田記念馬サドノプレミア、母は当牧場のヒガシノフラウ、母父はブライアンズデインになります。詳しくはこの血統書をご覧ください。」
「…なるほど、ありがとうございます。…ではこのトラと呼ばれる馬をお願いします。」
・・・
俺の名は亀田努。元プロ野球選手で現在は大阪を拠点にアマ野球の指導員やプロ野球の解説業をしている。趣味は競馬。最初は馬券購入だけだが最近は地方競馬の馬主やったり、一口馬主をやったりしている。この日は久々に競走馬を購入するため前回と同様、川中牧場に行きトラと呼ばれる馬を250万円で購入するに至った。
トラと呼ばれる馬はここ最近、世界の競馬界で有名になっているドバイプレミアの血が入っていて、その割にかなりお手頃の値段だったので購入した。
それ以外のポイントは特になく、特別走りそうとか凄そうな馬には思えなかったが、相馬眼があるわけでもないのでなんとなくの即決で決めたのであった。
1歳馬だったので育成牧場に送り、デビューをどうするか思案した。
地方競馬のみの馬主の資格を持っていたので地方競馬一択だったがどこの調教師に託すのか、そこが問題であった。この時は運悪く廃業だったり受け入れ上限のため断られたりが続いたので結局は園田の河東調教師の厩舎に行く事になった。こてこての大阪人であり、競馬に関しては熱い心を持つ愛嬌のあるおっさんであったが、時代おくれ、現代の価値観に合わない言動が多いのが少し心配であった。
さて、そろそろ競走馬として名前を登録するときが来たようだ。
既に名前は決めていた。幼名トラと母父のデインから「エネルタイガー」と名付ける事にした。
・・・
夏になりエネルタイガーのデビュー戦、2歳初出走。
鞍上は山村騎手。園田の河東に所属するお気に入りの中堅の騎手。
逃げを打ち見せ場もなくそのままゴール。見事デビュー戦を勝利した。
『ふん、どいつもこいつも大したことないな。ここでも奴隷どもは俺様たちに世話を焼くし一つ年上の野郎と併せ馬っていう競争やっても俺様のスピードについてこなれなかったし、俺様のデビュー戦でも俺様について来れる奴はいなかった。おそらく俺様にかなう野郎はそうはいないんだろな。はぁ、つまらんなぁ。…そういえば次戦は俺様の馬主の知り合いの馬と同じレースを走るらしいが、どうやら足の遅い栄養失調のチビらしいなぁ。次も俺様が先頭のままだな。』
8月終りの某日、午前の最終レース、JRA認定アッパード。
トラの2戦目である。
『さて、今日もぱっと見では俺様の敵はいなさそうな。ん?なんか小さな馬がいるな。1歳馬が紛れてる?いや、あれはあいつか。ま、ガキみたいなやつには用はないし、ささっと走って今日も勝つか。』
結果はこのレースも1着であった。
『ふん、やはり俺様が1着か。しかし、2着はあのチビだったのか?どうやら半馬身差のようだ。…あそこまでの圧と俺様があそこまで迫られたのは初めてだな。あと、無言であの目つき。俺様を親の仇かなにかと間違えてるとかか?変な奴だったな。』
・・・
「あ、もしもし河東さん?亀田です、トラの馬主の。ええ、今東京からかけてます。トラの勝利ありがとうございました。仕事がなければ見に行きたかったのですが…え?次走は兵庫ジュベナイルカップ、ですか?前に話ししたときはネクストスター園田の予定でしたよね?次走まで間隔がなさそうですが。…トラにとってそれがベストでしたら仕方ないですが。ええ、よろしくお願いします。」
・・・
兵庫ジュベナイルカップ、園田の重賞レースであるが俺様にとってはどうでもいい事であった。
案の定の逃げ切り勝ち。それ以上でもそれ以下でもなかったつまらないレース。
どうやら次は交流重賞の兵庫ジュニアグランプリに出走するらしい。さすがに疲労がでたのでネクストスター園田は回避し短期放牧。
短期放牧先でも次のレースの対策をしていた。どうやら次のレースは面白くなりそうだな。中央からくるエリートどもも参戦するレースであり、第1回からなんと未だに園田の馬が勝ててないという恐ろしいレースでもある。
俺様にとっては俺様以外はすべて下郎、そう思っていた時期がありました。
逃げきったと思ったところを差し切られハナ差の2着、と思ってたが同着で1着でした。
同じ1着はショウメイムネリンという中央馬か。ソノツラオボエタカラナ。
負けてはないが競走馬として初敗北を喫した気分であった。
そしてその精神的ダメージが言えぬ間もなく年末の園田ジュニアカップに出走。
またあのチビを見かけた。
結果は差し切りで負けた。しかもハナ差。俺様の初敗北となった。
まぁあれだ、今回は逃げるにしては1700と長距離のレースだったし、俺様のメンタルも良くなかったし、あの野郎の気迫もすごかった。それが原因だろう。俺様はやはり1400までがベストだと思うし奴隷どもの会話から今後も短距離でいくだろう。あと、一番良かったのは腹いせにあいつを蹴りにいかなかったことだろう。後に同じ牧場で過ごして初めて分かったあいつの本当のやばさを。あの時の俺よ、喧嘩売らなくてありがとう。
どうやら馬だけでなく奴隷も狂気を秘めていたようだ。
あの河東ってやつ、あいつに乗ってたあの女性に頻繁にべたべた触りまくってたが、あのレースでちょっとしたトラブルになったらしいな。
その影響か、来年は姫路、佐賀と園田を一時的に離れるようになったらしい。
亀田ってよく見かけるがよく分からん奴に『次の大目標は5月の兵庫チャンピオンシップだけど先生はちょっと大変なことになりそうだからしばらくは短期放牧と遠征が続くと思う。その間は先生以外が世話をすると思う。だから頼むぞ。』って俺様に言われてもなぁ。亀田って俺様のファンか何かか?
さて、俺様は気付けば3歳になったらしい。
今は姫路の近くで短期放牧、そして姫路に直行。
次のレースは1月の終り、3歳AB。7頭立てと最小だったけど1500と少し長め。めぼしい奴はいないせいか圧倒的1番人気。結果は1着。後続とは11馬身差と大差で勝ったらしいが今回は初めて俺様より前で逃げていたなんとかターボって馬鹿そうな馬がハイペースで走ってたが後半でかわしてそれからは見てない。
しかし、あんなめちゃくちゃな逃げは初めて見たぞ。レース前半は焦ったが上に乗ってる山村がGOサイン出さないからいつも通りのペースで走る事にしたのが良かったのか?もし、あのペースが後半まで続いたら…今回は運が良かっただけかもな。今後のためにもああいう馬もいることは覚えておくとしよう。
あと、なんとかターボ君、息を整えるか俺に向かって吠えるのか、どっちかにしたほうがいいんじゃね?
それ以外はいままで実力、気迫ともにすさまじい奴らを相手にしてきただけあってヌルいレースであった。
さて、次走は3月下旬に開催されるネクストスター西日本。距離は1400、今年は佐賀で開催される。
このレースは兵庫チャンピオンシップのトライアルレースらしいので高知や佐賀の実力馬も出てくるらしい。だがこのレースは負ける訳にはいかないな。
レース当日。俺様は既に現地入りしていて調整はばっちりだ。
どうやら俺様は地元馬や他の有力馬の影響で5番人気らしい。
俺様より上位人気には人気順で牝馬ながら地元佐賀で人気を誇るブルースカイムーン、佐賀で3戦3勝のカーネルフラッグ、大井からの刺客スマートエレファント、高知から西日本王者を狙うバズーカビートがいたが、そこまで大した相手ではなさそうだ。
結局、俺様の逃げ切り勝ち。
2着馬の存在すら感じなかったのでやはり俺様の逃げに勝てる野郎はそうそういないのだろう。
これで次戦は兵庫チャンピオンシップ。俺様はまた姫路の近郊に短期放牧された。
放牧先では俺様の相手などいない。俺様はひたすらあのチビや中央の馬を想定した逃げの研究に明け暮れていた。これで俺様の逃げが追いつかれる事はないだろう、その自信を深めながら。
そして5月兵庫チャンピオンシップ、見慣れない中央馬、前走のやつらは別レースに逃げたため見知った野郎がいるのは同じ園田の馬だけ、いや、あのショウメイムネリンもいたな。そういえばあのチビは見ないなぁ。まとめて借りを返そうと思ったが今回は中央馬どもを蹴散らすことに専念しよう。
『…あ、てめぇ。お前もこのレースに出るのか?姫路の借り、ここで返してやるわ~!』
『おい、こっち向けよ。そんなに俺が怖いのか?』
『無視するとはいい度胸だ!レースでは逆に俺の尻でも拝んでな!』
パドックで俺様の後ろがうるさい。いったい誰だろ?それに誰に言ってんだろ?
後ろでうるさかったのが何とかターボだと分かったのはゲート入りの時であった。
1月の姫路の借りの事でうるさかったようだ。
俺様にとってどうでも良かったが、あいつのおかげでレースにいい集中力を持続できそうだ。
全頭ゲート入りし、ゲートが開いた。俺様のスタートは抜群に良かったが俺の真後ろに1頭、あの何とかターボだった。仕方なくハイペースで逃げることにしたがついてきやがる。
終盤で後ろに迫られた経験はあるが初っ端からその経験はこれが初めてか。とりあえず気にせずこのまま逃げることにした。
結局俺様は大逃げからの逃げ切りで勝利した。あいつも結構粘ってたが俺様とは鍛え方が違ったようだな。
ともかくこれでショウメイムネリンをはじめとする中央馬共を蹴散らしたし逃げ馬として最強と改めて示せた。あとはあのチビだけか。
レース後は見知っている人間どもが喜んでくれたがあの河東っていう奴の姿は無いな。
いつも俺様の世話をする爺さんは泣いてるし、そこまでの事だったのかな?
そんな事より、次走以降はどうなってるんだろ?
怪我とかはしてないと思うから引退とかはないだろうし。
それに年末当たりにあのチビとの再戦もあるだろうから俺様はそれまでは誰にも負けんさ。
…この時の俺は知らなかった。
俺が園田から離れて中央に移籍する事も、中央馬どもの本当の脅威も、そしてあのチビとの再戦があんなに先であんな形になる事も。
ホワイトデーにも投稿予定。




