番外編3 樫の女王ヴィルグレイス(前編)
メリークリスマス。久しぶりの投稿です。
サンタの代わりと言っては何ですが、私からはこの話をクリスマスプレゼントします。
その年の春、野村牧場にとある一頭の仔馬が生まれた。母はアツノメモリー。兄や姉がたくさんいるが園田でデビューを控えているリトルボスの半妹の牝馬でもある。栗毛に白い流星が走る顔立ちから、牧場の人々は「ヒメ」と呼んだ。
ヒメは愛らしったくも手のかかる子だった。乳離れも親離れも遅く、甘えた声を上げては母の影を追いかけ回し、世話をする人々を困らせた。気分屋で、気に入らないと耳を伏せ、機嫌が良ければ尻尾を振ってはしゃぐ。そんなおてんば娘であった。
そんな元気な仔馬であったが血統表の見栄えは決して華やかではなく、今現在の母の産駒成績も振るわない。牧場主は「なかなか買い手がつかないな」とため息を漏らしていた。
買い手がつかないままヒメが一歳を迎えた春の日、牧場に二人の男が姿を現した。ひとりはたまに牧場に来ていたので見覚えのある顔――元プロ野球選手であり、今は馬主の新城。そしてもうひとりは初めて見る人物、笹木と名乗る男性。こちらも元プロ野球選手で、新城とは馬主仲間でもあるらしい。
遠くから耳を澄ませていたヒメの耳に、新城の声が届く。
「しかし、お前とこうして牧場で馬を見に行く日が来るとはなぁ。」
「ははは、お互い仕事場からそこまで遠くなかったからな。」
「で、ここはそこまで大きくない牧場のようだが、…野村牧場か、聞かない所だな。あ、リトルボスの生産牧場か?」
「そうそう、リトルボスはまだこっちに戻ってないけど、牧場長には挨拶をと思って。…せっかくだし、ここの馬たちも見てみようと思って…」
「ふ~ん、まぁ見るだけ見てみるか。」
「…まだ牧場長は来ないなぁ。」
「で、お前はお目当ての馬がいるの?」
「いるにはいるんだけど、…あ、野村さん。ご無沙汰してます。」
牧場長と合流し、雑談後ヒメ達がいる所へ。
「で、当歳以外で売れていないのはこのヒメっていう牝馬のみ、か。」
「そうそう。俺のリトルボスの妹、父は違うから半妹。」
「ふ~ん、野村さん、少し質問したいんだが…、なるほど、そういうことでしたか。…あ、すいません、まだもう少し見ておきたいので終わりましたら呼びます。…で、新城。お前はこの馬を買わないの?お前の馬の半妹だろ?」
「買ってもいいんだけど、この子は何となくだけど中央の芝で走った方がいい気がするのよね~。俺はまだ地方の馬主しか資格がないし、地方は芝のレース少ないし。」
「まぁ父は芝向きの種牡馬みたいだからその考えは合ってると思うが、しかしなぁ…」
「まさか買わないとはいわないよな?この子の父は笹木の馬だから笹木が買えば絶対走る。だから買ってよ~。」
「お前という奴は…で、お前は買う馬は決めてるの?」
「うん、まだ生まれてないから買えないけど、一応約束はしてる。」
「そうか。…ここでもう少し見たいからしばらく後で牧場長の所に行くわ。」
二人は柵越しにヒメをしばらく眺め、牧場長とやがて事務所へと姿を消した。
数日後、ヒメが笹木の所有となることが決まり、「ヴィルグレイス」と名付ける事を告げられた。
夏の陽射しが強まる頃、一頭の馬が隣の区画に入ってきた。小柄でヒメと同じ栗毛、しかし瞳は鋭く、全身から謎の威圧感を放つ。――リトルボス。ヴィルグレイスの半兄である。
ヒメは柵越しながらそのリトルボスの近くに行き、仲良くコミュニケーションをとってる様を周囲の人は見守っていた。『リト兄』と呼ぶようになったその存在から、彼女は多くを学んだ。
やがて自分も兄のように人を背に乗せ、競馬場で走るのだと知った時、ヴィルグレイスは小さな胸を高鳴らせた。
リト兄が再び厩舎へ戻ると、季節は秋。ヴィルグレイスも育成牧場へ送り出される。そこで初めて馬主の笹木と、彼女を預かる調教師・大塚に出会った。ヒメの父馬が管理していた調教師とも懇意にしている栗東所属の若き調教師である。
気性はともかく健康面では特に問題もなく2歳を迎えたヴィルグレイスは、兄と違って中央競馬でデビューすることが決まっていた。
「先生、いよいよヒメもメイクデビューですね。」
「ええ、なんとかここまで調教できました。気性面は課題有りますが持っている素質はそれなりですので善戦は出来るかと。」
「距離は1600、牝馬としては順当なところ、か。騎手は…先生、この騎手でヒメは厳しくないですか?」
「懇意にしている有名騎手に当たってみたのですが予定が合わなくて…。確かに彼も若いですがヒメとの調教もやってますので問題はないかと…」
「(あれで問題はないといえるのか?嚙まれたり調教中に振り落とされて打撲したと聞いたが。)まぁ、先生が問題ないというのであればそれでいいです。どんなレースになるか期待してますよ?」
夏を過ぎ、迎えた初陣。9月7日、中京5R。1600メートルの舞台。
鞍上は栗東の若手、岩村騎手。
人気は4番目。だが、いざゲートが開くとヴィルグレイスは出遅れ、後方のまま伸びを欠き、8頭立て6着。見せ場のない散々なデビュー戦であった。
関係者は相談の末、次走は輸送の負担の少ない京都の10月の未勝利戦で使うことを決めた。ただし騎手は変更。調教師の進言で短期免許で来日中の外国人で欧州では数々のG1を勝利に導いたシュナイザーに託すこととなった。
10月19日、京都2R。小雨の中、1600メートル。この日はメインレースの秋華賞の日であったので悪天候ながらも観客は多かった。
人気は3番人気、パドックで獅子舞のような立ち振る舞いを披露、レースではまたもやゲートを出遅れ、最後方から脚を伸ばすも前との差は詰まらず10頭立て7着。
レース後、厩舎近くの打ち合わせ室。苛立つ笹木、肩を落とす大塚調教師、そして飄々とした表情の外国人騎手。
そのやりとりを耳にしながら、ヴィルグレイスはただ首を振り、鼻を鳴らした。
今年はこれで投稿は終わります。
来年もよろしくお願い致します。




