49話 帝王は俺だ!
よろしくお願いします。
GWが明けた頃、実家の牧場で寛いでいたリトルボスは調整のため近日中に園田へ、またヴィルグレイスは美浦へ向かうこととなった。
『…どうやら俺達の次走も近づいてきたようだな。』
『ん?リト兄さんも次のレース近いの?私も近いうちに美浦に行くよ?安田記念っていうレースを走るみたい。』
『俺は園田に行ってから大井に行くようだ。』
『また離れ離れかぁ~…』
『そう落ち込むなって。少なくても俺たちは怪我さえせず元気にレースを走ればいい身分になってるはずだ。またどこかで会えるだろうさ。(俺の場合はここに戻れるかどうかは分からんが。)』
『そっかぁ、今回みたいにまた会えるよね。』
『そういう事だ。…おっと、そろそろ見学者共がやってきそうだな。ヒメ、俺達も向こう側へ行こうか。』
『うん。』
「…え~皆様。右側にいるのがダート最強王者のリトルボス、柵を挟んで左側にいるのが2400の女王ヴィルグレイス。どちらも母が同じ兄妹でご覧の通り仲睦まじく…」
(スタッフも見学者の団体に苦労してるな…)
「…では皆様、柵越しではありますがリトルボスとヴィルグレイスの見学を楽しんでください。」
「…そろそろ時間になりました。最後にですが集合写真の撮影をしますので皆様はこちらで並んでください。」
(…今日も多いなぁ。後何組がくるんだ、これ?…え?次はまた取材?気が休まらないんですが…)
そして数日後、リトルボスとヴィルグレイスはそれぞれの厩舎へ。
次なるレースに向けてそれぞれ調教を受けるのであった。
気が付けば夏のような暑さからじめじめの梅雨の時期へ。
時はあっという間に過ぎ6月24日、水曜日。
東京シティ競馬・大井競馬場は、昼過ぎからぽつぽつと降り出した雨で濡れ、やがてその雨は止むことなく、夜になってもなおしとしとと降り続いていた。
20時10分。
ナイターの光がぼんやりと滲む重馬場のダート。
第46回帝王賞。地方と中央の精鋭がぶつかるこの一戦は、リトルボスにとって日本国内での再始動だった。
ドバイワールドカップを制したことで、当たり前のようにリトルボスの名は世界へと広がった。
その圧倒的な戦績を背に、日本のダート中距離戦線の頂点の一つ、帝王賞に乗り込んだ。
リトルボスのライバル候補は共にドバイで走ったオオミカド、トウキョウジャイアン(川崎記念1着)、ネクステリア(休養明け)、ドゥノイジー(かしわ記念1着)などが揃う。
だが、それでもリトルボスの単勝1.1倍。
圧倒的な一番人気はリトルボスだった。
「伊藤ひろみがドバイで勝った馬やろ?」
「負ける理由ある?」
観客たちの会話も、ネットの掲示板も、彼の名前一色だった。
この日、地上波のスポーツニュースでも帝王賞が大きく取り上げられ、
リトルボス陣営へのインタビューが放送された。
「意外と気難しいところはありますが……どんな馬場でも走れるよう、万全の状態にしてきました」(鈴木調教師)
「リトルボスと一緒にここまで来れたことが、本当に誇りです。重馬場?問題ないです。彼はそういう馬です」(伊藤騎手)
ドバイを制した最強コンビへの信頼は、ファンだけでなくメディアからも確固たるものになっていた。
雨は本降りへ。強くなった雨のせいか今日は馬同士で会話もままならなかった。
(大井競馬場に葦毛の爺さんを見かけたという情報があったがホントだったようだな。挨拶したかったが、爺さんの近くに行く事は難しそうだし雨が好きな馬でもこれじゃぁお外で会話とはならないよな。ひろみのやつもぶつぶつ言ってるがよく聞き取れんし。仕方ないからレースに向けて集中するか。)
今日の雨のためダートの表面は水を含んで滑らかで、時計が出やすい。
(今回はタイムは早くなると読む向きはあるがこの雨とダートの状況、帝王賞の距離だとむしろ……)
リトルボスのゲートは14番。
ゲート入りし、スタート。スタートは悪くなかったが、道中はじっと中団やや後方待機。前にはオオミカド、外からドゥノイジーが飛ばす。
伊藤は、焦らない。
ドバイでの冷静な騎乗を思い返し、呼吸を合わせていく。
──三角、四角。
一瞬の隙をつく。
馬場の内側が緩くなっていたことを察知し、外へ誘導。
「いける……!」
最終直線。
ズブズブと沈んでいく他馬たちを尻目に、リトルボスは軽やかに浮かび上がる。
残り200mで先頭に立ち、そのまま差を広げてゴール板を駆け抜けた。
1着、リトルボス!
タイムは2分3秒9、雨の中の見事な差し切りだった。
2着は地方馬のデルタスコール、3着以下はドゥノイジー、バックドア、トウキョウジャイアンと続いた。
レース直後、日本各地の競馬掲示板は騒然となった。
「ボス、またやりやがった……!」
「荒れた展開なのに、ドバイWC馬がガチで強すぎる。」
「伊藤ひろみもう伝説やろこれ。」
「園田が生んだ最強の馬、マジで世界最強レベル。」
園田競馬民たちも、ドバイから続く快進撃に沸き立っていた。
レースから数日後、リトルボス陣営にJRAを通じて連絡が届いた。
「アメリカより、ブリーダーズカップ・クラシック(BCクラシック)への招待が来ています。」
JRAの担当者は緊張しつつ話す。
「ドバイWCの勝利を受けて、アメリカ側が“世界最強ダート馬決定戦”に招きたいとの意向です。」
しかし条件は甘くなかった。
・遠征費の一部負担
・9月の前哨戦(Jockey Club Gold Cup)にも出走要請
・BCクラシックまでアメリカ長期滞在(2ヶ月以上)
というハードスケジュール。
アメリカ側は「勝てるはずがない」とたかを括っていた。だが日本にとってはまたとない挑戦の場であった。
数日後、リトルボスの馬主・新城高志は、自身のYouTubeチャンネルを更新した。
「皆さん、帝王賞、ありがとうございました!」
いつもよりやや硬い表情で画面に映る新城。
リトルボスの今年上半期を振り返る動画は、冒頭から再生回数が爆伸びしていた。
2月:フェブラリーS圧勝
3月:ドバイWC制覇
6月:帝王賞制覇
もう1頭の所有馬グランボスがのじぎく賞勝利
「正直……6歳でここまでやってくれるとは思ってなかった。すごい馬です」
そして、動画の最後に新城は告げる。
「僕たちは、行きます。アメリカ。BCクラシック、勝ちに行きます」
視聴者のコメント欄は、応援と驚きで埋め尽くされた。
帝王賞後、伊藤ひろみ騎手の露出はさらに増していた。
JRAの新CMキャラクターに抜擢
スポーツニュース特集で“令和の天才騎手”と紹介
ドバイWCで女性騎手として初勝利した快挙が歴史的評価
どの番組も「女性騎手として」だけではなく、ひとりの「日本競馬の代表」として彼女を取り上げていた。
「私は、馬が好きで、ただ勝ちたくて、ここまで来ました。」
彼女の素朴な言葉は、子どもたちや若い女性たちにとって新たな希望の光となっていた。




