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小さき蹄、大きな約束  作者: sakura540
第1章 転生の蹄音
4/56

4話目 地方競馬へ

よろしくお願いします。


「コロ」が育った北海道の野村牧場には、春の空気が流れ込んでいた。幼き日々を過ごした放牧地を離れ、「育成場」へと移動する季節。まだ朝露の残る朝、トラックの荷台に乗せられたコロは、小さくいななきながらもどこか達観した目をしていた。


(ここからが、競走馬としての本当の始まりか)



馬体は小柄。成長してもおそらく450キロにも届かないかもしれない。その体でダートを走るなど、正直、不利すぎる。だが、それでもこの世界で生きていくと決めた以上、やるしかない。


移送先は、北海道の育成牧場「坂東トレーニングファーム」。育成施設では、装鞍、騎乗馴致、ゲート練習、調教と段階的な育成が行われていた。コロもまた他の若駒たちと同じく、軽い乗り運動からスタートした。


(鞍なんて何度も見た。どうせまた乗るんだろ?)


前世の経験がある分、コロは人が驚くほど馴致をスムーズに受け入れていった。時に器用すぎて、「利口すぎる」とスタッフが笑うほどだった。



「この馬、あの馬の子なのに大人しいなあ。これなら早くデビューは出来そうだな。」


そう呟くのは育成場のリーダー格である厩務員・佐藤。彼もまたコロの父、「ルミナフェーブル」――かつて大舞台で奇跡のような走りを見せた栗毛の名馬を知っていた。


「脚さばきも軽い。あいつに似てるな。あの”金色の暴君”によ」



佐藤がそう言うたび、コロの耳はピクリと動いた。自分が聞いた牧場主・野村勝也の口癖。「お前の父、ルミナフェーブルのように、舞台を駆け上がれ」が胸によみがえる。



一方、馬主・新城高志も動き出していた。


普段はおちゃらけてバラエティ番組に出たり、割と普通にテレビで解説することが多い新城だが、馬を見るときの目は鋭い。彼には地方競馬の馬主仲間であり、同じく元プロ野球選手の友人がいた。新城がかつて阪神タイガースの選手だった頃からの友人だった。


「なあ、新ちゃん。お前の馬、次こそは園田で勝負させてみないか? あそこにちょうどいい調教師がいる。鈴木次郎。ちょっと頑固だが、面倒見はいい。元は騎手だった男だ」


紹介された調教師の名前を聞いた時、新城は眉を上げた。


「鈴木次郎……知らない名だな。とりあえず会ってみるか。」


新城の友人はすぐに連絡をとり、数日後には園田競馬場近くの調教師会事務所で新城と鈴木が対面することになった。


「どうも。鈴木です」


「新城っス! よろしく!」



握手を交わした瞬間、新城は何かを感じ取った。かつて同じ勝負の世界に身を置いた者同士にだけ流れる空気。軽い挨拶のあと、新城は馬の情報を鈴木に渡した。


「で、実はね。今育成中の馬がいて……正直、ちょっと体小さいんだよ。でも、こいつ目つきが違う。どこかで火を噴きそうな予感があってな」


「そういう馬のほうが、ハマると面白いもんですよ」


馬主と調教師――リトルボスをめぐる縁は、ここで静かに結ばれた。


このときまだ、リトルボスと名乗ることになる馬は育成の真っ只中。だが、間もなく始まる本州への移送と、調教師・鈴木次郎との再会が、彼の記憶を強く揺さぶることになる。



馬運車が止まり、知らない匂いと空気が鼻を刺した。


――ここが……園田。


「ほら、降りるぞ」


声がかかったが、コロ――いや、リトルボスはすぐには動かず耳だけを動かす。鞭ではなく、軽く引かれるだけの優しい引き手だった。


その先にいたのが――鈴木次郎。前世で喧嘩仲間であり、ライバルであり、飲み仲間だった男。


(……おい、マジか……)


声には出せないが、その顔は間違いない。


だが、当然向こうはこちらの正体を知るはずもない。



「はは、気が強いな……。なんだか妙に睨まれてる気がするな。まあ、慣れてくれば変わるだろ」


そう言って、苦笑いを浮かべながら手綱を引いた。



――思い出した、こいつはあの時の……


リトルボスの心に怒りとも驚きともつかない感情が渦巻く。かつての因縁を思い出して、思わず足を止めると、


「おいおい、さっそく反抗期か?」


鈴木の軽口が飛んだ。


(……反抗期どころか、てめぇにだけは尻なんか見せたくねぇんだよ)


反発心を抱きつつも、仕方なく厩舎へと足を進めた。


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