3話目 コロと馬主?
よろしくお願いします。
新しい春が訪れたばかりの牧場には、まだ雪解け水が所々に残っていた。空は高く澄み、仔馬たちがじゃれ合う声が広がる。俺――今は「コロ」と呼ばれている――は、相変わらずひとりで黙々と体を鍛えていた。
牧場主の野村勝也さんは、今日誰かが「馬を見に来る」と言っていた。それが誰だろうと、俺には関係ない。……そう、思っていた。
「おーい、来たぞー!」
派手な声が牧場に響き渡った。俺は耳をピクピク動かす。何だ、この軽薄な声は。
柵の向こうに立っていたのは、サングラスに派手なジャケット、満面の笑みを浮かべた中年男だった。牧場主とがっちり握手を交わしながら、少年のような笑顔を見せる。
「新城さん、ようこそ! いやぁ、こんな遠いところまで!」
「いいの、いいの! 俺、北海道大好きだから!」
……ああ、こいつか。
俺は前脚を地面に叩きつけた。
前世の記憶がはっきり蘇る。
こいつは、プロ野球の元阪神の選手――あのふざけたパフォーマンスで有名だった四番バッター、新城高志。しかも引退後は日本ハムの監督になり、今ではテレビに出まくっているらしい。こいつのふざけたプレーに、何度俺がテレビの前でイライラしたことか!
「よぉ〜、仔馬たち、元気だなぁ! コイツら、みんな未来のスターだろ?」
軽い。軽すぎる。
俺はイラつき、耳を伏せた。
そして――新城が柵越しに手を伸ばしてきた瞬間だった。
俺は迷わず、噛みつきにいった。
「うわっ!」
「コロ、ダメだっ!!」
慌てる牧場の達也さんとさちよさん。新城も驚き、ひらりと身をかわした。だが、彼は笑っていた。
「うわ、めっちゃ気が強いな! いいね、いいね〜!」
なんだこの男は……。
普通、仔馬に噛まれそうになったら怒るか、引くかするだろう? なのに、こいつはまるで嬉しそうに俺を見つめている。
「コイツ、俺に似てるな……。負けず嫌いで、根性ある。目がいい。体は小さいけど、バネがある。」
新城は俺をじっと観察しながら、静かに言った。その顔は、さっきまでの軽薄な笑顔とは違う。鋭い、プロの目だった。
「この仔、俺が買うわ。」
一瞬、空気が止まった。
「えっ、本当に?」と達也さんが聞き返す。
「この馬、ちょっと小さいですよ? 父ちゃん(種牡馬)の成績も……」
「いいのいいの! デカいやつが勝つばっかじゃないんだよ。大事なのは、目の強さと、走りのバランス。 コイツ、絶対やれる。」
新城は自信たっぷりに言い切った。
……はぁ? 俺は心の中で鼻を鳴らす。
ふざけた野郎に見抜かれた気分なんて、最悪だ。
しかし、現実は無情だ。
正式な手続きが行われ、俺は新城高志の持ち馬となった。
「よーし、お前の名前はな……リトルボスだ!」
唐突に重要なことをいうと新城はにやりと笑った。
「ビッグボスは俺だからな? お前はリトルボス。俺たち、最高のコンビになるぜ!」
ふざけるな。俺は心の中でそう叫びながら、柵の向こうの新城を睨みつけた。
だけど、どこか、ほんの少しだけ胸の奥がざわついた。
この男の言葉には、妙な説得力があった。
……だがこんなふざけた奴に、俺の未来を任せるなんて、冗談じゃない。
だけど、どうやら運命は、そんなことお構いなしに動き出しているらしい――。