9.つけ麺(1)
すみません、8話のラスト改稿してますので、まだの方はそちらからどうぞ。
2月になった。
テレビは板チョコのCMで染まり、駅ナカには赤とピンクの特設コーナーが出現。
もうすぐ、恋人たちの冬の一大イベント、バレンタインデーがやってくる。
(お、高田くん有給はいってるじゃん)
部署の共有カレンダーで後輩のスケジュールに有給と入っているのを見つけた。濃いピンク色にしているところが彼らしい。
最近彼女できたって言ってたもんね。いやー、いいね、いいね!ウキウキするね!
私も高田に続けとばかりにポチッと有給を申請した。スケジュール表示に選んだ色は、もちろん、チョコレート色だ。
◆◆◆
さあ、今年も来ました、サロン・ドゥ・ショコラ!!
チョコレートの祭典サロン・ドゥ・ショコラは、新宿の百貨店で開催される一大イベント。休日やバレンタインデー当日は戦場と化すので、私は毎年こうして平日に有給を取って遊びに来ている。
とか言いつつ、実は先週の休日も来てるんだけどね。 だって、ほら、買いそびれがあったら困るじゃん?
サロンドゥショコラの開催期間中、一部のお店は時期ごとに販売商品を変えてくる。きっと何度も足を運ばせる戦略なんだろうけど、私はそれにまんまと乗せられている。
チョコに踊らされる女、それが私。
流石に平日ど真ん中の水曜日、人はそこまで多くない。休日に比べて年齢層が高めなせいか、それが一層彼らを目立たせていたーー。
「流生にはどれがいいかな〜。あ、さっきの高いやつ、とか言わないでよ? 流石にチョコにそんなに出せないんだから」
少し気の強そうな赤リップの女が、黒のチェスターコートを着た整った顔立ちの男を連れてチョコを物色している。
「言わないよ。……あ、モモ、これ、見て。ルビーチョコレートだって」
「何それ」
「さあ。でも、これがいいかも。モモの名前にピッタリだし、モモにチョコ貰えたんだって、実感できる」
男がナチュラルな笑顔でそう言うと、モモと呼ばれた女は満足げに体をくねらせ、「じゃあ、これにしよっか」と即決。
ーーー間違いない、ホストだ!!
私の脳内アラートが鳴り響く。
いやいやいや、モモさん!? ルビーチョコって特別なカカオで作ってるから、それなりに高いよ!?ここ、サロン・ドゥ・ショコラだよ!? そこ、世界的に有名なパティシエールのお店だよ!?!?
隣の店でチョコを選んでいた私は、思わず耳をそばだててしまった。
ここ最近ホストとの遭遇率が異常に高いせいか、私のホストレーダーがビビビッと反応してしまうのだ。いや、こんなレーダー、欲しくないんですけどね!?
(新宿だからなの? ほんとホストってどこにでもいるなぁ……)
そういえば、先週ここに来たときも、ショウがいたっけ。
休日の催事場で、ショウは別の女性と一緒にチョコを選んでいた。その女性はモモとは違い、チョコに熱心な様子で、ショウも必死に自分の好みを伝えていた。
(客とチョコ買いにくるのって結構普通なのかな?)
ショウが女性と歩いていたものだから驚いて隠れてしまったけれど、よく考えたらあの人もお客さんだったのかもしれない。
(ショウ、今ごろチョコ三昧なんだろうなぁ……)
売れないホストとか自分では言ってるけど、別に顔もスタイルも悪くないし、それなりにお客さんはついてるはずだ。
チョコに囲まれるなんて幸せ者めっ!!
「流生、どうしたの?」
「いや……隣の人……」
「え、そうなの?」
突然、隣のホストたちがヒソヒソし始めた。
え、隣の人って、私!?
堪らずそちらを向くと、流生と呼ばれたホストが軽く会釈してくる。
「あの、あなた、ショウの……」
そこまで言われれば、何を訊かれたのか察する。
(ショウの客か? ってことだよね?)
いや、その質問、返答が難しすぎるなぁ?
一応客としてお店に行ってはいるけれど、私は吸血のために通っているだけで、ホストとしてのショウには全く貢いでいない。
……うーん、これ、客って言っていいのか??
私は考えるのが面倒になり、曖昧に相槌を打った。
「えぇ…まぁ?」
「ああ、やっぱり。すごい量のチョコですね。ショウも喜ぶと思います」
流生が羨ましそうに両手に下げたチョコの袋を見つめる。
ごめん、これ、全部自宅消費用なんだ!
勘違いされたくないと思って訂正しようとしたが、流生の方が早かった。
「ショウ、最近頑張ってますもんね。そのチョコ、あっちのプレミアムのやつでしょう?あなたみたいに惜しみなく支えてくれる人がいるなんて、羨ましくなっちゃうな」
ちょっと待て、私はショウを支えてなどいない!!!!
流生の声には、ほんの少し悔しさが滲んでいた。それがモモの心を刺激したらしい。
「……私だって、あれ、流生にいいなって思ってたし。待ってて、今買ってくるから」
モモは私をギロリと睨みつけると、プレミアムチョコを求めて走り去った。
…ちょっ、私をダシにしないでくれますか!?
「いや、あの!これ、全部自分用なので!」
今更かもしれないが、このチョコ達はショウとは何の関係もないことを説明すると、流生はちょっと驚いた顔をしてから、突然笑い出した。
「嘘でしょ?全部1人で食べるの?ははっ、なんだそれ、すごい食いしん坊じゃん!さすが噂の美咲ちゃん」
ーーえ?
急に変わった流生の雰囲気に驚いていると、彼は片手を差し出した。
「急にごめんね?Club GOURMET の流生です。ショウの先輩ってとこだね」
「……キャラ変わりすぎじゃない?」
「そう?ホストってこういうもんでしょ。美咲ちゃんだって、ほら、敬語取れてる」
流生が軽く眉を動かした。
……なんだこいつ。距離の詰め方がおかしいぞ?
気乗りしないとはいえ、差し出された手を無視することもできず、私は軽く握って挨拶をした。
「いやでも助かったよ。あの子自分がなんでも上じゃないと嫌なくせに結構出し渋るからさ。俺のためにチョコ、ありがとうね?」
「いやいや、あんたが勝手にやったことだからね?」
これは今までに会ったことのないタイプのホストだ。ジュノに痛い目を見せられてる私は軽く警戒する。
「……面白いね、美咲ちゃん。ショウが言ってたとおりだ」
「ショウが?」
そういえば、さっきも「噂の」とか言ってたな….。
こないだショウに私が吸血鬼だとバレてから鬼のようにLINEが来ていた。私は仕事の合間に適当に返してたけれど、もしかしてそれがホストクラブで騒ぎになってたりーー。
「そう。ホストクラブを中華料理屋だと思ってる子だって」
「……」
否定できないのが哀しいかな。
一瞬焦った私の気持ちを返せ!
ムッとして流生を睨みつけるが、彼は全く気にしてない様子で続けた。
「でも本当、ホストクラブに来てるのにこんなにドライな子は中々いないよ。ショウもオーナーにいっつも言われてるしね。……考えてあげた事ないの?ショウの売り上げのこと」
流生はいくらか声のトーンを落として神妙そうな顔をした。ショウがオーナーに売り上げのことでつつかれているというのは私も聞いている。でも、だからってただのOLの私に出来ることなんてない。それにーー
「それとも……お金使ったらショウとの関係が崩れると思ってる?」
周囲を気にしてか、流生が私の耳元でボソリとそう言った。
「……崩れるというか、そもそも、そんな関係なんてないから」
「でも気にしてる」
「いや、別に、そんなこと」
「気にしてるよ、美咲ちゃん。じゃなきゃ、俺とこんな話をしない」
言葉に詰まる。
確かに、どうでもいいホストだったら適当に流してる。流生がショウの先輩だって言ったから、つい話を聞いてしまった。
でも、それはーー……
「……私は、締めの一杯を楽しみたいだけ。ショウが売れようが売れまいが、私には関係ない」
ーーちょっと情が移ってるだけだ。こないだショウから売り上げの話を聞いたから特に。
サクッと吸って即帰宅。私の信条は変わらない。
きっぱり言い切れば、流生は興味深そうにこちらを見つめ、ポケットから名刺を取り出した。
「じゃあこれ、渡しとくよ。ショウである必要ないなら、俺のとこ来れるでしょ?」
「は?いや、行かなーー」
「Club GOURMET と有名店とのコラボ第四弾、マサハル・ホンダのガトーショコラ。食べ損ねるわけにはいかない、でしょ?」
くっ……!こいつ、分かってる!!
ピッと差し出された名刺を渋々受け取れば、流生は満足そうに頷いた。
「それに、お金使わないなら、たまには他の人を指名した方がショウにとっても良いんじゃないかな。……オーナーからの圧が可哀想だからね」
「あっ……」
「じゃ、そういうことだから。いつでもご連絡ください。お待ちしております」
流生は最後に演技じみたセリフを残し、踵を翻した。
(……No.3)
残された名刺には、木付 流生の名が煌びやかな写真と共に記されていた。
更新した際はXでお知らせしてます。『ホストの血バカうまい』で検索したら作者の呟き出てきます!