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6.酸辣湯麺

 スープの湯気が立ち上り、酸味と辛味の香りが鼻をくすぐる。美咲は目の前に運ばれてきた酸辣湯麺をじっと見つめた。


(はぁ〜、うまそ……)


 レンゲを手に取り、さっそく一口。とろみのあるスープが舌を包み、黒酢の酸味とラー油の辛さがじわりと広がる。


「し、幸せ〜〜〜〜!!!!」


 すっごい、何これめっちゃうまい!スープだけなのに声出たわ!

 テンション爆上げで目を見開いた私が、スープでこれなら麺と合わせて食べたらどうなるのかと期待に胸を膨らませて麺を啜ろうとした、その時。


「おねーさん、何やってるの……」


 卓にやってきたショウが、呆れたように呟いた。



 ◆


「迎春!中華の殿堂・神凪シェフが作る酸辣湯麺が食べられるイベントが Club GOURMET で開催!!」


 年末年始休みもそろそろ終わるかと言う頃、ネットサーフィンをしていたら、そんな広告が流れてきたのだ。

 神凪シェフの酸辣湯麺と言えば、各所のイベントでしか出されない超幻の人気メニュー!!そんなん行くに決まってるじゃん!!


 最高に美味しい酸辣湯麺を啜ってご機嫌な私に対し、隣でそれを眺めるショウはなぜか不服そうだ。


「俺が誘う時は高いって言って絶対来ないのに、なんでこんなにあっさりくるのさ」

「神凪シェフの酸辣湯麺だからねぇ」

「……おねーさんわかってるの?今日はイベントなんだよ?ボトル一本必須だよ??高いんだよ!?」

「幻の酸辣湯麺だもん、妥当妥当」


 ずるる、っと啜れば辛さと旨みと酸っぱさがちょうどいい配合でまさに幸せの味。これが食べれるのなら多少高くても来るってものだ。


「あー、もう。おねーさんが指名してくれたって言うから、ちゃんとしなきゃって準備してきた俺可哀想じゃん!?酸辣湯麺目当てって…….そうか、そうだよな。美咲さんを呼ぶにはラーメン作るしかないよな……」


 酸辣湯麺に夢中な私の隣でショウが何かぶつぶつ言っている。

 確かに今日のショウの格好はいつもと違う。

 ラフな普段着ではなく、襟付きのシャツにスラックス、アルマーニのベルトになんかのブレスレットをつけている。ビジネスライクなその格好は普段よりぐっと大人びて見え、少しだけ、シオンの姿に重なった。


(……そりゃ似てるか、兄弟だしな)


 こちらの心を見透かすようなシオンの発言と態度は、今思い出しても心がくすぐられる。少しのスリルと何もかも包み込んでくれそうな、あの、笑顔。

 今思えば、あの時私がおかしかったのは血の二日酔いのせいだと分かるけれど、血の二日酔いでなかったとしても、きっと私は、シオンに惹かれていただろう。


(まあ、笑顔だけなら、ショウもいい線はいってるんだけど…)


 盗み見ていた私の視線に、ショウが気がついた。私は慌てて酸辣湯麺に視線を戻すが、ショウは、「えっ」と言って怪訝な顔をした。


「おねーさん、まさか足りないの?2杯目はないよ??」

「……」


 ショウのアホな発言に、私は無言で麺を啜った。



 ◆


「ーーそれで、うちの店、年末の売り上げがちょっとアレだったから、こういうコラボを急遽やることになったわけ」

「へぇ〜、大変なんだ」


 美咲は適当に相槌を打ちつつ、デザートとして付いてきた檸檬愛玉(レモンアイユー)を口に運ぶ。つるりとした喉越しに、レモンシロップの甘酸っぱさが絶妙だ。思わず感嘆の声を漏らしていると、案の定ショウがジト目でこちらを見ていた。


「……おねーさん、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。他店の売り上げがすごく良かったんでしょ?」


 食べていても耳は聞こえるのだ。私はショウににっこり笑って檸檬愛玉をまた一口頬張った。


「……そう。Re:Vampリヴァンプのヒカルってホストが急に売り上げを上げてきてるみたいで、同じ時期にデビューした俺としても気になる……って、大丈夫?」


 ゲホッ。

 え、今なんて?あまりにも聞き覚えのある名前に、思い切り咽せた。


 え、ヒカル、そんな売れてんの???まじで? 私の吸血で?


「だからさ、俺としては、おねーさんが今後もちょいちょい来てくれると助かるんだよね。今後もグルメ系のイベントちょいちょいやるって言うし、ね!」

「うーん……どうだろ?」


 私は正直に首を捻った。

 ホストクラブに来ているのは、初回料金で安く締めの吸血ができるからであって、ショウを援助するつもりはない。ただ、うまいものがあるなら話は別だ。イベントの時だけなら、来てもいいかもしれない。


 その時、スマホが震えた。

 LINEの通知だ。

 私は画面を覗き込む。


「ん?」


 それはヒカルからのメッセージだった。


 《お姉さん、今日ラーメンストリートにいます?俺も後で行こうかな》


 ……完全に行動パターンが読まれてる……。

 まあ、こんなに頻繁に来てたら当然か。

 ただ、今日はもう美味しい酸辣湯麺を食べている。さすがにこれ以上は無理だ。

 残念だけど、と断りの返信を打とうとした瞬間ーー


「……え、ヒカル?Re:Vampの?」


 ショウが画面を覗き込み、目を見開いた。


「あー、うん。ちょっと前に連絡先交換したんだよ」

「……」


 暇な時、ホストクラブに来なくてもいいから血を吸ってくれって言われて、私、断る理由ないじゃん?


 ショウは固まったまま、驚いた顔で美咲を見つめる。


「美咲さん、他のホストと連絡取ってるんだ」

「まあね。便利だし」


 無料吸いしたい時にはとくに。


 ショウが急に静かになった。

 他店のホストのことなんてもちろん話すつもりはなかったけれど、これは不可抗力だ。

 …ていうか、ヒカルの所属がここの競合店だなんてことも知らなかったし。


 今更隠しても仕方がないと、私は気にせずその場でサクッと返信を返した。


 そのスマホ画面に、ショウが手をかけた。


「じゃあ俺ともLINE交換しませんか?」

「え?」


 いつになく丁寧な口調に、思わずショウの顔を見た。


 いつもなら軽口混じりに「交換しようよ〜」とか「教えてよ、おねーさん!」とか言いそうな彼が、妙に真剣な顔をしている。


(……え、こんな真面目な顔することある?)


 なんだろう、この雰囲気。ふざけて流せない空気を、無意識に感じ取ってしまった。


「……別に、良いけど」

「ほんと!? いやー、おねーさんのことだから拒否られると思った……あ、消さないでね?」


 ショウは私が承諾した途端、いつもの調子でQRコードを見せてきた。


(なんだよ、それ。

 さっきの空気、何だったんだ)


 ショウの態度の変わりようが、なんとも上手く嵌められたようでーー。


「消さないけど、通知は切るかな」

「えっ」


 ーー私は、せめてもの抵抗としてショウの名前を『鶏がら醤油』で登録した。

 うん、いい感じに美味しそうだ。



 ◆◆◆



 年末年始休みの最終日。

 快適な実家でソファでゴロゴロとしていると、父が珍しく隣に座ってきた。

 ん?なんだ?


 何となく、父が何かを話したそうにしているのを感じて私はソファに座り直した。


「えっと……なんか、用、ですか?」


 まさか、吸血がばれたとか!?

 一瞬焦るも、今更それはないか、と思い直す。ヒカルの血を吸った日にはちゃんと献血へ行って、それで父に何か言われたことはなかった。


「美咲……付き合っている人がいるなら、今度連れてきなさい」

「え?」


 付き合ってる人?

 父が発した思わぬ言葉に私は目が点になる。

 ちなみに、当然だけど付き合ってる人なんぞはいない。


「その、なんだ。正直、父さんはあまりニンニクの匂いは好きじゃないが、美咲の選んだ人なら、きっと良い人なんだろう」


 まっっっって!

 やめて!違う違う違うから!!


 父が何を言わんとしてるのか、分かってしまった私は、慌てて手を振った。


「お父さん、違う!それ、勘違い!!!」

「……だが、吸血を禁止されても吸いたくなるような人なんだろう?頻度も多いようだし…」

「ちょっ、気がついてたの!?」


 父が当たり前だと言う顔で頷く。

 献血すれば大丈夫、じゃなかったのか!


「母さんはああ言ってたけど、複数の血を飲まなきゃ血の二日酔いにはならないし、父さんも吸血できない辛さは知ってるからなぁ」


 ぽろっと、重要なことを言う父に私は、はあああとため息をついた。血の二日酔いの原因は複数人からの吸血であるなら、私の献血作戦は何の役にも立っていなかったと言うことになる。


「まあ、美咲のタイミングで良いから……。父さんは準備できてるからな」


 そう言って去って行った父の背中は何だか寂しそうで、それがますます私の頭を痛ませた。


 ソファに置いたままだったスマホの通知が光っている。画面を覗くと、献血後のありがとうメールが届いていた。


(……まあ、でも、医療貢献にはなったよね)


 そう思わないとやってられない。

 現実から目を逸らすように、私は深くソファに沈み込んだ。


注)実際には献血後は一定の期間を空ける必要があります。

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