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5.背脂たっぷり豚骨ラーメン

 12月29日ーー。

 年内最後の仕事を終えて、国立にある実家に帰ると、同じく吸血鬼である父親に開口一番、こう言われた。


「不摂生。」


「あー…まあ、ほら、12月だし。忘年会も多いし仕事も忙しかったからさ」


 適当に流そうとしたが、父は私の顔をじっと見つめたまま、ため息をつく。


「違う、美咲。お前血を飲んでるだろう。それも頻繁に」


 ギクリとする。

 くっ…やっぱりだめか。お父さんの鼻は誤魔化せない。


 お酒を嗜む吸血鬼らしく、父の鼻はとても良い。私は基本、生血でなければ分からないけれど、父は血が出ていなくてもその人が持つ血の匂いを嗅ぎ分けられる。


 母と共に夕食の準備をしていた父が手を止めて、私の周りを匂いを嗅ぎながらくるりと一周する。


「お酒も相当飲んでるようだが……なんだこのニンニクと唐辛子とネギの匂いは…混ぜそばでも食べたのか?」


 混ぜそば?はて。

 ニンニクと唐辛子は分かる。偶々出会った背脂たっぷり豚骨ラーメンのヒカルとThe Spiceの辛の血のこと言っているのだろう。あれは確かに美味かった。

 でも、ネギというのがわからない


(ショウは臭みのない味だし……ねぎ、入ってたっけ?)


 首をひねっていると、母が呆れたように言う。


「もー、いつも飲み過ぎには注意って言ってるのに。血やお酒よりも美味しいものを、お母さんたくさん教えて来たでしょ?」

「そうそう。お母さんが教えてくれた、マサハル・ホンダのシュトーレン、あれめっちゃ美味しかった」

「そういう事じゃないの」


 ベビーリーフやケールが混ざったサラダの大皿を母が食卓に並べながら話を逸らそうとした私をじろりと睨む。


「お父さんが前に言ってたでしょ。血を飲み過ぎると情緒が不安定になるって。お酒に酔ってたら尚更、理性失って人に迷惑でもかけたらどうするの」

「うっ……それは、覚えてるけど……飲んだ締めにちょこっと一杯って感じだし、ほら、忘年会シーズンだし?今だけだよ」


 純人間の母は吸血に特に厳しい。

 流石にもうすぐ30歳の娘の交友関係に口出ししてくる事も聞いてくる事も無いけれど、人に迷惑をかける可能性のある吸血にはすごく目を光らせている。


「美咲、年末年始はうちにいるのよね。だったらその間だけでも、休肝日……いえ、吸肝日になさい」


 吸肝日!?!?

 なんだその吸血鬼限定の内臓の休め方は!

 いやいや、明日も友達と飲み会なんだけど!? 


 狼狽える私を無視して母が続ける。


「お父さん、美咲が血を飲んで帰ってきたら分かるわよね?」

「そうだな…少量だと分からないかもしれないが、癖があるような血ならすぐ分かるだろう」

「あらそうなの?まあ、少なくとも血の二日酔いを防げれば良いでしょう」


『血の二日酔い』ってなに!?

 意味は分かるけど、物騒すぎない?お母さま。


「いい?美咲。明日以降、血を吸ったことが分かったら、お父さんに吸って抜いてもらうからね」

「最悪!」

「父さんはいつでも大丈夫だぞ〜」


 母の言葉にゾワゾワっと鳥肌が立つ。

 通常、吸血鬼に吸われると魅力の力が発動して、大抵は痛くない。同じように吸血鬼が吸血鬼を吸っても別に痛みは感じないけれど……吸われる方は、詰まった鼻水を啜られるような感覚がある。つまり、超絶不快。


(あと、シンプルに父親に吸われるとか気持ち悪過ぎる!!)


 帰宅早々、母から恐怖の宣告を受け、私の苦難の年末年始が始まったーー。



 ◆◆◆



 今日の飲み会は、子供がいる人もいるので昼飲みだった。


「それじゃ、良いお年を〜〜」

「来年もよろしくね!」


 ひさびさに集まった大学時代のゼミの仲間達に手を振って、私はいつもより重い足取りでラーメンストリートへ向かう。


「そりゃ別に血なんて吸わなくても死なないけどさ。……せっかく名前と血の味の相関性を発見したんだから色々試してみたかったのに」


 両手をコートのポケットに突っ込んで、マフラーに埋まってボソボソと文句を垂れる。

 ただ、そんなことを言っても父による吸血はなんとしてでも避けたいので、私はラーメンストリートの案内板の前で、吸血の代わりになりそうなラーメンを探した。


「あれ、お姉さん!」


 私に声をかけて来たのは、この間誘われて初回に行った背脂たっぷり豚骨ラーメン味のホスト、ヒカルだった。

 相変わらず童顔に似合ってないメイクをしているが、前と違って青髭は見えない。


(あれ、なんだかこないだも同じようなシチュエーションがあったような)


「いやー、お姉さん、よかった。また会いたいなってずっと思ってたんだよ!!」


 ニコニコ笑う彼に、私は愛想笑いを返す。

 飲んだ後に豚骨ラーメン。普段だったらアリだけど、今回ばかりはだめだ。私は適当に理由をつけてその場を離れようとした。


「あー…お兄さんも元気そうでよかった!じゃ、私ラーメン食べに行くから」

「え、吸血鬼ってラーメン食べるの?」


「……はい?」


 聞き間違いか?


「いや、だから、吸血鬼ってラーメン食べるのか、って」


 聞き間違いじゃない!!

 私が相当驚いた顔をしていたのだろう。

 ヒカルは「あっ」と声のトーンを落とし、周囲を気にする素振りを見せる。


「ごめんごめん、秘密だよね。いやー、こないだはびっくりしたよ。突然牙剥き出してがぶりだもんな。やっぱ東京ってすごいわ」


 はー、と感嘆の声を上げるヒカルだが……感想はそれであってるのだろうか?

 とは言え、吸血鬼は東京には当たり前にいるものだと思っているのなら、変に誤魔化すよりも乗ってしまったほうが楽だ。


「えっ…あの、もしかして、痛かった?」

「いや、全然!!むしろ良い感じだった。こう、バーーーっと流れて、ヒュッとくる感じ?俺としてもこうモヤモヤっとしてたのが、ちゃんとできるから有り難かったんよ」

「いや、ごめん全然分かんない」


 ヒカルの抽象的な例えに私は眉を寄せる。前の時も思ったが、このホストは表現が大雑把すぎる。


 ヒカルはなおも説明しようとしたが、少し考えて、自分の首筋を私に見せるようにして言った。


「まあ、ちょっと一回吸ってみて。そっちの方がすぐ変化がわかるし早いから」

「いやいや、無理」

「あ、場所?じゃああっちの陰ならーー」


 違う、そうじゃない!あんたの血はニンニクマシマシだから一発アウトなんだって!!

 そう言う前にヒカルが私の腕を掴んで、建物の影に連れていく。


「私、今吸血禁止なの!」

「え、なんで、辛くない?」


 辛いです。

 そんな風に首元見せられてると余計にね!!!

 しかも、美味しいと分かってる血だ。

 締めの一杯が欲しいこのタイミングで飲みたくない わけがない……!!


「大丈夫。全然痛くなかったし。ちょこっと吸ってくれればいんだって」

「うううっ……」


(吸う?吸わない?一回くらいならお母さんも見逃してくれる?昨日の今日で?…見逃してくれないって!ああ、お父さんに啜られるのは絶対イヤ!!でも、すごく美味しそうっ……!)


 そんな葛藤が繰り広げられる私の脳内なんてお構いなしに、ヒカルがずいずいと寄ってくる。


「吸われると、体が軽くなるんだよね。ほら、献血した後みたいに。それで良い感じになって面白いからちょっとみて欲しいんだってば」


 ーー献血??

 ヒカルの言葉にピクリと反応する。

 献血行ったらすっきり。確かにそんなことを他の人からも聞いたことがある。ドロドロの血が抜けるからってーー


(……抜ける?普通の二日酔いはお酒が抜けると良くなるよね。ってことは、血の二日酔いも、飲んだ分血を抜けば良いんじゃ!?)


 仮説ではあるが、可能性はある。血を抜いたところで多少ニンニク臭は残るだろうけれど、母が一番心配してるのは、『血の二日酔いになって人に迷惑をかけること』だから、それさえ守れば、多少の吸血は許してくれるかもしれない!!失敗すれば父に血を吸われることになるけど、もうそこは頑張って説得するしかない!!


「……お姉さん?」

「ふっふっふっ……いいよ。たんまり吸ってあげよう!!」


 フィクションに出てくる吸血鬼よろしく、私は大きく八重歯を見せつけてヒカルのちょっと太やかな首筋に噛みついた。


(ああ……ニンニクマシマシでうまぁ〜〜〜〜!!!)


 ◆


「お姉さんに吸われた時、『ああ、もうだめだ。』と思ったんです。だから俺は、『友よ、どうかこれから先も、俺の代わりにナンバーへの道を突き進んでくれ』と強く願って目を閉じました。でも痛みはないし、次第に気分が高揚してくる。そして、はっと気がついた時にはもう、世界が変わっていたんですーーー」


 建物の陰の室外機の隣で、舞台役者のような台詞回しをするヒカルは確かに前とは全然違う。

 彼が言うには、「プライドを捨て、ただひたすらに道化になれるようになった」ことが、すごいことなのだそうだけれど、正直、これがなぜウケるのかは甚だ疑問である。


(ま、お客と雰囲気によってそこは上手く演じ分けられてるってことかな)


 ヒカルの熱弁が終わったところで私はパチパチと手を打って、そそくさと帰り支度を始める。


「あれ、お姉さん、ラーメンは?」

「あーいいのいいの。もうお腹いっぱい。じゃあ、その、上手くいってるのかはよく分からないけど……有意義な効果が出てるならよかった!それじゃ」


 ヒカルと別れを告げて私は小走りで都庁へと向かった。

 急げ急げ、献血センターが閉じる前に!!



 ◆◆


「……ただいま〜〜」


 実家の扉を開けると、待っていましたと言わんばかりに父と母が現れる。


「お父さん、嗅いで!!」

「承った」


 警察犬よろしく、母の号令で私の周りを嗅いで回った父は、微妙に顔をしかめたが、すぐに何事もなかったように頷き、『問題なし』と判定を下した。


「あら、意外。1日も我慢できないと思ってたのに……そう、いいわ。じゃあ夕飯にしましょうか〜」


 母はそう言ってキッチンへ戻って行った。

 どうやら母は全く持って私を信用していなかったらしい。いや、まあ事実吸ってきてるからその通りなんだけどもさ!


(……にしても、血の二日酔いはともかく、流石にニンニクの匂いはバレると思ったんだけど)


 ちらりと隣の父を見ると何やら考え込んでいるように見える。


(もしかして……黙ってくれてる???)


 献血作戦が成功しているのか分からないが、とりあえず、父の判定はクリアだった。であれば余計なことを聞いてわざわざ自分で墓穴を掘ることもない。


(しばらく様子を見てみるかな…)


 この年末年始、どうやらもう少し腕に注射の跡が増えそうだ。

 でもまあ、実家で母の美味しい料理を食べるためなら仕方がない。私は料理を始めた母の後を追って、キッチンへと向かった。


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